幸せならそれでいい



冬休み明けの始業式は

寒いしダルいし
制服もなにげきついし
体内時計をリセットするには時間がかかる

中3の冬。

受験生
世間的に
それは私達を指す。

それが何か?
なーんてね。

足元がスース―する寒い体育館に集合して、学年ごとの代表が何やら発表している。

こらえきれないあくびが出る
昨日までまだ寝てる時間だもん。
寝る子は育つって言うでしょ
育ちざかりだから許して欲しい。

先生の目を気にしながら、あくびを繰り返してると

「3月末のZepp行く?」
背中から親友みっちのヒソヒソ声。

「絶対行くよ」
ニヤリと笑って肩越しに返事。

ファンクラブ限定ライブ。
何があろうと絶対行く。

「うちのお姉ちゃんの部屋に泊まろう」

「すまんのぉ」
ふざけて返事をすると
うるさい先生の目が光る。

私は小さくなり
大好きなバンドCatch Looksの曲を脳内でリピートしながら、退屈な始業式もクリア。


友達とCatch Looksがあれば

参考書なんていらない。



学校が終わり
みっちと一緒に雪道を歩く。

舗装に入った除雪の跡が、ガタガタしていて歩きずらい。
今日は午後から吹雪になる予定だったけど
天気予報はハズれ。

かと言って
青空が見えるワケではない。

冬の天気は灰色。

はっきりしない色。

「zepp楽しみ」

「私も。てかファンクラブ限定だけど、当たるかな」
最近のCatch Looksの人気はヤバい。
倍率高いかも。

「気合で当たる」
みっちは『はっ!』とワケのわからない気合を入れ、すれ違うおばさんを驚かせる。

私達はゲラゲラ笑い
また歩き出す。

「zeppもいいけど、4月のスタジアム行きたいなー」

「札幌までも遠いのに、横浜なんて無理無理」

「でも行きたい」

田舎住みってハンデだ。

ライブにも行けない。


コンビニがたった1件
ピザハットもミスドもケンタもマックもモスもない

雪だけが沢山ある

そんな田舎なんて嫌い。

早く大人になりたい。


まっすぐ家に帰るつもりが
須田商店の前で同級生に会い
みんなであんまんを食べてたら暗くなってきた。

冬って嫌い。
田舎の冬はもっと嫌い。

そこから歩いて10分
私はやっと家に到着し
イヤホンを外し玄関に入ると

お客さん?
黒いヒールのあるブーツが揃えてあった。
この細いヒールで雪道を歩くか?
チャレンジャーだなぁ。
お母さんの友達?

とりま
顔だけ出して
すぐ部屋に行こう。

居間に入ると
綺麗なお姉さんがソファに座っている。

柔らかそうな艶のある茶色い髪は、緩やかに巻いてあり。
アイメイクが完璧。
彫の深い顔してるわ。
紺のニットワンピが似合ってる
ピアスは本物のダイヤかな?輝いてるし。

都会の匂いがするよ。
どっかの女子アナみたい。

「いらっしゃいませ」って挨拶して、とっとと自分の部屋に行こうとすると

「桔梗」って
そのお姉さんは私の名前を呼ぶ。

誰?
私はジッと綺麗なお姉さんの顔を見て
お姉さんも私の顔をジッと見る

すると
とっても言いずらそうに
お母さんは遠慮がちに私の顔を見て

「桔梗は……お姉さんが欲しいって……言ってたわよね」

そんな事を言う。

何だか
背中がぞわぞわしてきた。
「えっと……あの、ほら……」
お母さんの明るい声が妙に浮いてる。

どうか
私のこの考えが違いますように
私のカン違いでありますように

あぁ神様お願いです。

頭の中で
ガンガンと鐘が鳴り響き
それがクライマックスを迎えた瞬間


「ただいま桔梗」


綺麗なお姉さん

いや

お兄ちゃんが声を出した。






「誰?」
眉間にシワ寄せ
それが事実なら倒れる寸前の私。

女の人は優雅に立ち上がり、私に向かって優しく微笑む。

背の高い女の人。
その優しいまなざしは

大好きなお兄ちゃん。

嘘っ!

ショックで声も出ない。

だって
お兄ちゃんだよ。

私と10コ離れていて

優しくて大人で
イケメンで大企業に勤めていて
私の自慢のお兄ちゃんだったのに

大好きな
お兄ちゃんだったのに

なんで?

何でそんなになってるの?

悪い夢なら早く終わって欲しい。

胸が苦しくなり
お母さんが呼ぶ声にも返事せず

自分の部屋に逃げて
ベッドに沈み
ただ泣くばかり

涙しか出てこない。

大好きなお兄ちゃんが女の人になってしまった。


同じ想いをした人がいたら
どう対処したらいいか教えて欲しい。

私の心はズタズタです。


部屋の扉からトントンと音が鳴り
私はベッドの上
ビクっと身体を震わせる。

「入っていい?」

「ダメ!」

「話があるの」

「変態には話はない」
きつく大きな声を上げるけど

「入るから」って
お兄ちゃんは私の言葉をスルーして、静かに私の部屋に入る。

私は涙を拭いてベッドにうつぶせになり、意地でも顔を見るもんかって根性を座らせる。

お兄ちゃんは『Catch Looksが好きなんだ』って、楽しそうに壁のポスターを見ている様子。

「見ないで!」
私の宝物なんだから
汚らわしい目で見ないでよ。

それでも
お兄ちゃんは静かにベッドの横に座って、私の頭を撫でる。

「触らないで変態」
触んないでよ
私を見ないでよ。

こんなひどい言葉を私に言わせないでよ。

どうして
そんなんなったのよ。

返してよ
私の大好きなお兄ちゃんを返してよ。

涙がボロボロまた溢れてしまう。

「驚かせてごめんね」
謝りながら
お兄ちゃんは私の背中を撫でる。


風邪を引いた時
お兄ちゃんはずっと私の傍にいて
ずっと背中を撫でてくれた。

変わらない優しい手には
今は綺麗なネイルアートで彩られていた。