「ゴメン…。」
そう呟いた時、梓月は一瞬身を固くした。
「梓月の気持ちには答えられない。」
泣きたくなった。
辛くて、辛くて、
苦しかった。
出来るなら、梓月を傷つけたくなかった。
でも、それがズルいことだって分かってる。
「ゴメン。」
誰かに好きだなんて言われたことなかった。
梓月、テメェが初めてなんだよ。
謝ることしか出来ない俺を、どうか許してくれ。
――梓月は、静かに口を開いた。
「バーカ。」
「…………。」
「んな気にしてんじゃねぇよ。俺様はな、モテモテだから、このくらいどーってことねぇの。
むしろ、テメェは俺をフッたことを一生後悔すんだな。」
「…………。」
それは、梓月の精一杯の優しさと強がりで。
梓月の声が微かに震えていて――震えていて。
「…ゴメン。」
バカの一つ覚えみたいにそれしか言えない俺を、梓月はさらにギュッと抱きしめた。
「…ッ梓月…。」
「今だけだから。」
「…………。」
「…今だけ、このままでいてくれ。」
俺を、俺なんかを、
好きになってくれてありがとう。
その言葉を、俺は心の中で叫び続けた。
叫び続けていた。
「千早も変わったよな…。」
「…………。」
「ここに来た頃は尖ってたけど、今は…よく笑うようになった。」
それから、梓月は一言も話さなかった。
俺も、話さなかった。
ただ、藍色の夜の下で、
随分と長い間抱きしめられていた。
涼しい音が鳴っている。
ガラス細工の風鈴、
奔放な赤い金魚が戯れていた。
*美男子たち*
― by 千早 ―
「痛っ!」
指先から血が滲む。
俺は、深く長い溜め息を吐き出した。
19にもなって、包丁もまともに使えない自分に呆れる。
サンドイッチを作るだけで、このザマとは…。
「切ったの?」
そう言いながら飛んできたのは、リョウで。
日の光を受けて揺れる銀髪の髪。
リョウは、俺の手を取って傷口を見つめる。
「かすり傷だよ。」
その手を引こうとした。
が、しかし。
リョウは何食わぬ顔で、傷を作った指を口へ入れた。
「!!?」
あまりの衝撃に、声も出ない。
リョウは、そのままの状態で上目遣い。
すると、まるで挑発するように、指先をペロリと舐めた。
「ッ!」
ゾクリと、可笑しな感覚が背筋に走る。
俺は強引に手を引いて、リョウを突き飛ばした。
指先に残る熱、
舌の感触…。
ほんの少しばかり、俺とリョウの間に出来た距離をたった一歩で縮めてしまう。
反射的に俯くと、リョウは覗き込むようにして言った。
「もしかして感じちゃった?」
「ッ!テメっ!!」
振り上げた俺の拳を身軽に避けて――リョウは、俺の耳元に顔を寄せた。
「女の子、だもんね?問題ないよネ?」
耳に直接響く甘い声、吐息。
さすがはホストだ、と。
この危機的状況で、どうでもいいことが頭を過る。
完全にからかわれていると判断して、必殺キ○ケリをくれてやろうとした。
その時。
リョウの首をガシッと捉えて、俺から引き離したのは梓月だった。
「なぁにしてんだ、ゴラァ。」
首にギュウっと巻きつく梓月の腕、
リョウは「絞まるっ!絞まるっ!!」と涙目で足掻いた。
「腹黒でナルシストで変態?お前、それ逮捕もんじゃね?」
「コホッ!バカ梓月!!腹黒にも、ナルにも、人権はあるっ!!」
「変態にはねぇと俺は思うぞ。」
「ボクはっ!!ゴホッ!変、態じゃないーー!!」
リョウをズルズルと引き摺っていく梓月は、派手に笑っている。
俺は呆然と見つめながら、胸の奥の痛みに眉を寄せた。
梓月は、これまでのことがなかったみたいに俺と接してくれる。
マジで、イイ奴なんだと思い知らされる。
その度に、チクリと痛む俺の心。
自分の汚さを実感するからだ。
俺は、イイ奴に嘘を吐いている。
騙している……。
覆いかぶさる罪悪感と自己嫌悪に潰されそうになりながら、
出来上がったサンドイッチを手に階段を上った。
我ながら酷く歪な仕上がりになってしまったサンドイッチ。
俺は、壱の部屋のドアをノックしようとして、一瞬躊躇った。
壱の様子が可笑しくなったのは、つい最近。
バイトと金曜日の路上ライブ以外は、ほとんど部屋に閉じこもっている。
何をしているかというと、曲作り。
ライブハウスでのライブに備えてのことだ。
壱は寝食を忘れたみたいに、作業に没頭している。
真夜中でも隣の部屋から聞こえるギターの音色が、それを物語っていた。
俺は無力な自分に苛立つ。
見守ることしか、出来ねぇなんて。
また深く長い溜め息を吐き出す。
意を決して、ドアをノックした。
それから数秒後、
開かれたドアの向こうに壱が佇む。
俺は息を呑んだ。
壱は青白い顔をしている。
「…飯、作ったんだけど。」
壱のぼうっとした瞳は、不格好なサンドイッチを映す。
そうして、小さく笑った。
「ありがとう。」
「…あんま、無理すんなよ」
壱は、曖昧な笑顔を浮かべる。
「心配?」
「…べ、別に!」
俺はサンドイッチの載った皿を壱に押しつけた。
それを受け取って、壱は言った。
「それとも寂しいとか?」
「はっ!?」
コノヤロー…強気に出やがって!!
「俺に構ってもらえなくて寂しい?」
「っ!んなわけねぇだろっ!!」
「そう?」
「…………。」
なんだ、これ……。
俺、なんでこんなに焦ってんだよ!バカらしい!!
「俺は寂しいよ。」
「…………。」
心臓がうるせぇ。
俺と壱を包む、変な空気。
コイツ、こもり過ぎて頭イカれたんじゃ…。