見上げれば、4人はどういう訳か殺伐とした空気で。
「千早、どうする?」
「え?」
最初に口を開いた壱に続き、香住サンが言った。
「お好きなものを選んでください。」
ニコリと笑う香住サン。
梓月も、リョウも、笑顔だが……何だ?この真剣な雰囲気は??
俺は4つのケーキを見つめた。
いちごのケーキ、
シフォンケーキ、
チーズケーキ、
チョコレートケーキ。
何でコイツらがマジになってんのかは分かんねぇけど、俺は口を開いた。
「――全部!」
「………は?」
4人の声が同時に聞こえた。
「全部だよ!みんな美味いんだろ?選べるわけねぇじゃん!」
俺は、いちごのケーキからチョコレートケーキまで流れるようにフォークで掬って、一気に口に入れた。
我ながら贅沢な食い方だ、と思う。
口に広がる甘さ、
サイコーに美味い!!
全部のケーキを頬張る俺を囲んで、立ち尽くす4人。
クスクスと、リョウが笑いだした。
「千早は欲張りだなぁ♪
そこがまた、イイんだけどネ!」
梓月はポツリと零す。
「…ぜってぇ負けねぇからな。」
それに対して余裕の笑顔で香住サン。
「今回は引き分けですねぇ〜。
次は、勝たせていただきますよ。」
そして、壱が呟いた。
「させるかよ。全力で勝ってやる。」
でも、4人の会話は、ケーキに夢中の俺には届いていない。
どのケーキも、それぞれの甘さと美味さがある。
それぞれの個性がある。
だから、どれか一つなんて選べるわけねぇだろ?
いちごのケーキ。
シフォンケーキ。
チーズケーキ。
チョコレートケーキ。
――俺は、ぜ〜んぶ大好きだ!!
*ライブハウスのススメ*
― by 千早 ―
不思議なもんだと思う。
一人が立ち止まれば、また一人が立ち止まる。
また一人、また一人……。
そうやって音楽の輪は繋がっていくのかもしれない。
壱が掻き鳴らすアコースティックギターのメロディー、俺の声。
空は夕焼け。
燃えるように、赤く、赤く、染まっていく。
誰も立ち止まることのなかった駅の片隅、
今では人だかりが出来るようになっていた。
俺は音楽に包まれながら、壱と視線を絡める。
フッと笑う壱。
真夏の夕暮れ、共有する歌が俺たちを結んでいるんだ。
俺たちは確かにここで生きていて、
生まれた音楽があって――。
空を染める赤のように、どこまでも続いてゆける。
きっと。
「行きたい所がある。」、と壱が言った。
俺は、ギターを背負う壱の後ろをついていく。
それは、家とは逆方向だった。
いつか香住サンと行ったスーパーマーケットの前も通り過ぎて――たどり着いた場所。
「……ライブハウス?」
そう呟いた俺の隣で、壱は小さく微笑んだ。
「ついてこい。」
「え?」
狭い入り口、
壁には70年代、80年代のマニアックなバンドのポスター。
入り口の向こうは細い階段で、俺は壱の後について地下へと降りた。
すると、左側に重い扉。
壱は、それに手をかける。
扉が開くと、そこには広々とした客席があった。
客席と言っても座席はなくて、その真っ正面にはステージ。
暗がりの中で、ステージだけに白い光が落ちている。
人の気配はないと思っていたが、背後から声がした。
「よぉ、来たか。」
振り向くと、イカツイ長身の男が立っていた。
長い黒髪を後ろで一つに束ねている。
20代後半くらいか?
黒いタンクトップを着ていて、
ワイルドな小麦色の肌、その腕は筋肉質で血管が浮き出ていた。
見た目は、どっかの格闘家のように見える。
「久しぶりだな。」
壱はそう言って、二人は握手を交わした。
「3年ぶりか。哲也と組んでたバンド解散して以来だもんな。」
「あぁ。」
「よく戻ってきたよ。」
俺は呆然と二人の会話を聞いていた。
ふいに、男と目が合った。
男は物珍しそうに俺を見つめる。
「このコが?」
「あぁ。…千早、この人はここの店長でコウさん。
コウさん、こっちは千早。うちのボーカルだ。」
「どーも。」
いつもながら無愛想に挨拶をする。
コウさんは逞しい腕を組んで、ニカッと笑った。
豪快な笑顔だった。
「ウワサに聞く美少年だけはあるな。
3年前に、キミの話は壱から聞いたよ。“アイツは天才だ!”って騒いでたからな。」
「うるせぇよっ!」
壱は顔を赤くして、声を上げた。
コウさんは、またしても豪快に笑う。
「まぁ今度はフラれねぇようになっ!」
壱はバツが悪そうに頭を掻いた。
コウさんは、それから、
知り合いのライブの手伝いで出かける、と壱に鍵を渡した。
「戸締まり宜しく!」
その関係性から、二人が信頼し合ってることが窺えた。
俺は、ライブハウスの中を見渡して言った。
「何でライブハウスに?」
しかし、
壱は俺の問いには答えず、口を開いた。
「千早が歌手になる夢を持ったのは、母親を見返すためだけか?」
「…それもあるけど……一番は紅白かな。」
「紅白?」
「3年前、壱と初めて会った頃、俺すっげぇヤサぐれててさ。
あんな母親が心底嫌で、毎日が嫌で――。
だから、初めて壱と会った時も、真っすぐにテメェの夢語れる壱にムカついたんだ。
ムカついて、でも羨ましかった。……俺には何にもなかったからさ。」
「…………。」
「…シゲさんのこと覚えてるか?」
「え…。…あっ、あのホームレスの……?」
壱は少し考えてから、そう言った。
「シゲさんは、ラジオで紅白聞くことを毎年楽しみにしてんだ。
あの人も、若い頃は歌手になりてぇって夢を持ってたらしい。
俺は紅白なんて何が面白れぇのか分かんなかったけど、
3年前の大晦日、ラジオの紅白から流れる演歌聞きながら、シゲさんがビービービービー泣いてたんだよ。」
「…………。」
「あん時、シゲさんが言ったんだ。
昔、中途半端なまま夢を諦めたことを後悔してるって。
人生は、いくつもの後悔ばっかりだってさ。」
「…………。」
「シゲさんが泣いてるとこを初めて見たんだ。
泣きながらさ、一生懸命言うんだよ。
“千早はこんなとこで人生捨てんな!そんなの俺が許さねぇぞっ!”って。
何かさ、歌の力ってスゲェなって思った。
人を泣かせることも、人を奮い立たせることも出来るんだって。……俺は、あの日、漠然と。歌手になりてぇって思った。」
俺の話を黙って聞いていた壱は、俺の手をギュッと握った。
驚いて顔を上げるが、
壱は目を合わせないままステージを見据えていた。
「あのオッサン、良いオッサンだな。」
「あぁ。」
繋がれた手から伝わる温もりが、何だか胸を締めつける。