― Baby Apartment ―――――




●●入居者募集●●
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夢を追いかける若者を
応援します!


仲間たちとのルームシェアを通して、
切磋琢磨しながら夢を追いかけてみませんか?







待遇/ 家賃・光熱費は、当社が全額負担致します。



資格/ ・夢への熱意がある方

・夢を叶えるための努力を惜しまないという方

・18歳〜30歳までの自他ともに認める美男子限定






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「すみません。」




雑踏の中で綺麗なお姉さんとぶつかってしまった。


軽く頭を下げる。



が、しかしお姉さんは不快そうに顔をしかめて立ち去っていった。






無理もねぇか。





フードを目深に被った俺は、埃と泥に塗れていて汚い。


両手いっぱいに持ったいくつかの紙袋でさえ薄汚れている。




擦れ違う奴らは、俺を見て見ぬふり。


金持ってそうなマダムの集団は、指をさして笑っている。








突き刺さる冷たい視線を気にするでもなく、
俺は自分のスニーカーを見つめた。




それは、別れ際にシゲさんがくれた物だ。


右と左でバラバラの色と形。
靴底は擦り切れてボロボロで、ぺったんこだ。




徹夜でゴミ捨て場を漁って、俺にくれたスニーカー。










同じ公園で生活をしていたホームレス仲間のシゲさんは、まるで親父のような人だった。
(俺は父親なんてもんに縁はねぇけど。)




毎年、ラジオで紅白を聞くことを楽しみにしている、
そして長年の不摂生で肝臓を悪くしている。



酒好きで、煙草好きで、でっぷりと太った気のいいおっさんだ。






「シゲさん。俺、この靴大事にするよ。……あんま飲み過ぎんなよ。」


「うるせぇ。ガキに言われる筋合いねぇや。」



シゲさんはそう言いながらも目に涙をためていた。





「千早(ちはや)はまだ若けぇから。俺にゃ、もう無理だけどな。
おめぇは頑張って、夢叶えんだぞ!」







腐りかけの弁当食って二人揃って腹を壊した事も、

ブルーシートで作った家を台風から守った事も、

今はすげぇ楽しかったって思うよ。













シゲさんとの別れは正直キツかったが、
俺はそれでも踏み出した。





あのババァに思い知らせてやるために。



俺は、俺の夢を叶えるために。








ネットカフェで見つけた可笑しな広告をメモした紙を見つめる。




アパートの入居者募集広告。


募集は、たった1名。





俺は当選したんだ、そのたった1名として。




家賃・光熱費は何とタダ。

このオイシイ話に俺は直ぐさま飛びついた。







ネットで見た画像では“アパート”と言いつつ、実際は一戸建てらしい。



アーチ型の窓、白亜の壁が眩しい二階建の豪邸。




画像で見るかぎり、物凄く洒落た家だった。







何年ぶりだろう。

しっかりした屋根のある家に住むのは。

腹いっぱい飯が食いたい。









期待に胸踊らせて、俺はまた雑踏の中へ踏み出した。




俺の頭上には、ただ雪みてぇに真っ白なだけの初夏の空が、
当たり前にそこにある。






































哲也(てつや)が辞めると言った。



高校時代に結成して、
哲也がボーカルで、俺がギターをやってきたバンドを「辞める」と言った。
























「はっ?お前、何言ってんの?」





それなりにファンもついて、順調に歩んできたってのに。





「悪ィ。」


「はっ?」


「……ミーコが妊娠した。」


「………は?」



哲也は筋肉質なガタイのいい身体を竦めて、俯いている。







ミーコというのは、哲也の女だ。


もともとは俺たちのファンで、
年上だがオレンジと緑に染めた髪をモヒカンにしているような、ファンキーな女。







「俺、結婚する。」


「だからって…。」


「…ミーコと赤ん坊を食わせてがなきゃなんねぇんだぜ。
いつまでも、壱(いち)と遊んでらんねぇよ。」




その時、俺は愕然とした。


哲也にとって、バンドは遊びだったのか?









17の時に結成してから6年、
俺の夢そのものだったバンドは呆気なく終わった。





その夜、俺は飲めない酒を
意識を飛ばすまで飲んだ。



翌日、
目を覚ました頃には、もう夕方。


酷い気分の悪さと吐き気で、トイレに駆け込んだ。






これから、深夜のカラオケ店でバイト。



今日は初出勤だってのに…。












声にならない声で、
押し寄せる胸焼けと共に何もかも吐き出してしまいたかった。







俺は音痴で、
だから哲也の歌声がなければ成立しない。




音楽でメシを食っていきてぇ、なんて
マジで思ってた俺がバカだったのか?























「梅田(うめだ)くん、コレ宜しく。」


「…はい。」





二日酔いで頭は痛ぇし、いまだに気分が悪い。




運ぶように言われたカルボナーラ、ミックスピザ、チョコレートパフェを見て、
さらに気分の悪さが増す。







「あっ、それ、ウチの住人の所だから。」


「はっ?」




ハニかんだように笑うバイトの先輩は苦笑しながら言った。


「あ〜、そっか。梅田くんは今日からだったな。
常連なんだけどさ、深夜によく来る変な客がいるんだ。」


「変な客?」


「あぁ。宿泊代わりみたいに利用してるから、俺らバイトは裏で“住人”って言ってんの。
中高生くらいの少年なんだけどね。」


「少年?こんな時間にいいんスか?」


「本当はダメ。けど、ウチはなんとなくユルい所あって。支配人があのコは特別だって。」


「特別?」





先輩は急に声を潜めながら、口を開く。



「支払いの時に、毎回実際の金額の倍は置いていくんだ。釣りもいらねぇって。
ココだけの話、支配人はそれを自分の懐に…ね。」







……そういうことか。


チェーン店でもねぇ、
場末のスナックみたいな雰囲気があるし、
胡散臭いカラオケ店だと思っていたが。









「まぁ、でも見れば分かるよ。マジで変な客だから。」