迎えた日曜日。




俺は、駅前で志木と待ち合わせた。



エリーを含めた3人は現地集合になっている。





しかし………
あのアホ、すでに20分遅刻だ。


志木は、確かに“学校の王子様”なんて言われるだけあって端正で整った、線の細い顔をしている。






だが、難点があるとすれば寝起きの悪さだ。





全身が睡眠欲で出来てんじゃねぇ?ってくらい、昔っから授業中も構わず寝てるような奴だった。




……そのくせ、頭は良いからムカつくんだよなぁ。



普段、ぼーっとしてて何考えてんのか、よく分かんねぇ奴だったりする。





………エリーは、やっぱ面食いなのか?






考え事をして、暇を潰す俺。




蝉の声はうるせぇし、


暑ちぃし、


エリーは志木のヤローが好きだっつうし。







さらにムカつく事に志木が現れたのは、その10分後だった。





「よぉ。」


涼しい顔をして、志木は言った。



「…テメェ………。」






怒りを通り越し、もう呆れるしかなかった。











二人とも大遅刻だよ、とミホちゃんが叫んだ。



その横で、大方の事に予想がついているタッチーは声を殺して笑っている。




エリーに、志木のせいで遅れた、とでも言ってやりたかったが、かろうじて思い止まった。




「ゴメン、ゴメン。」



代わりにそう言って、エリーに歩み寄る。







でも、俺は足を止めた。





ヒラヒラした水色のワンピース、踵の高いサンダル。


俺は、言葉を失う。




髪だって、頭の上で器用にまとめていて、普段隠されている細い首が露になっていた。






呆然としている俺に、エリーは小声で言った。



「変、かな……?」




心臓だか、心だかが揺れる。


俺は、ぎゅっと手に力を込めた。







全部、志木の為だと思うと悔しくて仕方がない。









「モモ?」


不安そうにエリーは、俺を見上げる。




きっと歩きにくいだろうな、そのサンダル。


そうだ……背が低い事も気にしてたからか………。




無理して、頑張って………。








「……ゴメン、分かんねぇわ。
エリーは、いつも可愛いから。」


そう言った自分が、うまく笑えていた自信はない。



冗談っぽく響いてほしかったのに、俺の声は擦れてしまった。




「な、なに言ってんの!?」



エリーは、そう言ったきり俯いていた。





俺は、もう色々と限界で、決まっていたセリフを口にする。




「ってか!みんな、マジごめん!!
俺、急用できたわ!」


「はぁ?なんだ、それ?」



何も知らねぇタッチーは、本気で表情に疑問を浮かべる。





ここで、うまい冗談の一つでも言えたらいいのに、今の俺にそんな余裕はない。


無理やりテンションを上げているだけで精一杯だった。





「悪ィな!4人で楽しんでこいよ!!じゃあな!!」


「オイ!モモっ!!」



タッチーがそう叫んだけど、俺はもう背を向けて駆け出していた。





その時、エリーとすれ違ったけど、俺はエリーを見る事ができなかった。



俯いて、エリーの横を走り抜ける。


瞬間、エリーが“モモ”と呟いた気がしたが、俺は立ち止まらなかった。





























7月の、夏の空は晴れ渡っている。

俺の心は、晴れない。




















― どうして、こんなに疲れるんだろう。


ずっと憧れていた人と一緒にいるのに…。 ―











踵の高い、慣れない靴は想像以上に歩きにくかった。


もう、とっくにあたしの足は悲鳴を上げている。





……絶対マメできるな…。







目の前を並んで歩く美帆と立花くんは肌が触れてしまうんじゃないか、というくらいに寄り添っている。




美帆の横顔は本当に楽しそうで、幸せそうで、あたしは素直に羨ましいと思った。






対して、その後ろを歩くあたしと志木くんはといえば、並んで歩いてこそいるものの何とも微妙な距離感だった。



しかも、緊張のしすぎで一度も志木くんの方を見れない。






盛り上がって会話に花を咲かせる美帆と立花くんの後ろで、未だ一言も話していない。




話していない上に、志木くんは歩くスピードというか、歩幅というかが、若干速くて合わせるように気を使うあたしがいた。








……足…痛い…。












モモなら、同じスピードで歩いてくれるんだろうなぁ………。





それに、暑いし……。




なんだか、次第に億劫になっている自分に気づいて慌てて言い聞かせる。






今日は、告白リベンジなんだから!



せっかく、モモが応援してくれてるんだから、頑張らないと!!






「ねぇ!
ジェットコースター行こう?」


振り返って美帆が言った。


「うん!」


あたしは、笑って返事をする。




頑張ろう、頑張ろう。









でも、心に小さなトゲが引っかかっていた。





さっき…モモの様子が可笑しかった気がする……。




気のせいだろうか……。







“ゴメン、分かんねぇわ。

エリーは、いつも可愛いから。”





うっわ!!?



モモの言った事を思い出して心臓が跳ねる。




思い出すなよ、自分!!


変な冗談言うから!モモのバカ!











「蒼井さん、大丈夫?」


「へっ!?」


横を歩く志木くんに、たぶん…初めて…話しかけられて、あたしは思わず上ずった声を出してしまった。





「さっきから、ずっと顔赤いけど。風邪?」


「あっ!いや!だ、大丈夫です!」


「そう、よかった。」






うわぁぁん!!


王子と話してしまった!!

話しかけられてしまった!!



快挙ーー!!!









…………ん?




さっきから、ずっと顔赤い?






あたしは、確かモモの事を考えてて………え?……は?……………はぁ!!?



いや!いや!いや!いや!

ないって!!


有り得ないって!!





“可愛い”とか言われ慣れてないから動揺しただけであって……そう!そうだ!!

志木くんの隣を歩いてるからだ!!





はははははぁ〜、なぁに考えてんだろ〜。







ひたすら、心の中で独り言。







有り得ないでしょ、モモの事が好きだ、とか。




うん、有り得ない!











新装オープンしたばかりの遊園地は、休日という事もあって家族連れやカップルばかりで混雑していた。



美帆が乗りたいと言った定番のジェットコースターも40分待ち。






アスファルトの地面に、ギラギラと照りつける太陽があたしの影を作る。





ぼんやりと自分の影を眺めていると、立花くんが言った。




「40分もあるんじゃ、アイスでも買ってきてやるよ。
美帆と蒼井は、場所取っといて。」


「あたし、バニラ。エリは?」


「え、あ、同じでいいよ。」



立花くんは、それを聞いて言った。


「了解〜。志木、行こうぜ。」



志木くんは黙って立花くんについていく。







……何ていうか…マイペースな人だなぁ、志木くんって。



学校でも、ああいう感じだったっけ?