君が好きだと知ってから、世界が少し騒がしい

「あら、王宮から注文が入ってるわよ。なんだか久しぶりねえ」
 店の前を掃いていたエイルは、リリアの声で店の中に飛び込んだ。

「えっ! 王宮から?」
 エイルのあまりにも素早い動きに、リリアは少し目を丸くした。
 
「あ、いや、確かに久しぶりだな~って思って」
「ふふ、そうね。エイル、明日の朝、配達お願いできる?」
「もちろん」
 食い気味に答えるエイルを見て、リリアはにこにこと楽しそうに笑う。そして、奥にいるダリオに注文内容を伝えに行った。
 
 王宮からの注文かあ。
 あの日以来、能力調査の予定も王宮からの注文もなかったので、エイルは王宮へ行っていなかった。
 五日ぶりくらいだろうか。久しぶりに、セフィルに会えるかもしれない。
 配達は明日のことなのに、なんだかそわそわして、自然と頬がゆるんでしまう。
 不思議とやる気も出てきたため、途中になっていた店前の掃除をテキパキとこなし、他の仕事もいつも以上に張り切って片づけた。

 ***
 
 次の日の朝。
 いつものようにパンを棚に並べていると、リリアが配達用のパン籠を抱えてやってきた。
「はい、これ。配達、気を付けて行ってきてね」
「はーい、いってきます」
 持っていたパンを棚に置いてパン籠を受け取り、リリアに手を振ると、エイルはいそいそと店を出た。
 セフィルに会ったら、まず何の話をしようかな。
 びっくりパンの開発状況とか、お客さんから聞いたおもしろい話とか……。
 色々話したいことがたまってるんだよなあ。
 そんなことを考えながら歩いていたら、あっという間に王宮の門に着いた。
 門兵に挨拶をして、厨房の納品場所へパンを届けた。

 パンを届け終えると、エイルは空になったパン籠を抱えなおし、いつもの庭に向かった。
 背の高い垣根の角を曲がると、長椅子が見えてくる。
 
 けれど、そこにセフィルはいなかった。

 エイルはゆっくりと長椅子に近づいた。少し眺めてから、いつも自分が座っている場所に腰を下ろす。
 改めて隣を見る。いつもそこにいるセフィルはいない。
 
 別に約束をしているわけじゃないんだから、いないこともあるよね。
 そうは思っても、いつもならここにいるセフィルがいないことに、思っていた以上にがっかりしている自分がいた。

 背もたれに寄りかかってぼんやり庭を眺めていると、不意に声をかけられた。

「あれ、エイルくんじゃないか」
 びっくりして顔を上げると、そこには顔見知りの警備兵が立っていた。
「あ、こんにちは」
 エイルは笑顔で挨拶を返す。

「今日は殿下と一緒じゃないんだな。ここでなにしてるんだい」
「いやあ、セフィル忙しいみたいだし。でもせっかく配達に来たから、ちょっと休憩していこうかなって思って」
「ああ、そういえば殿下は最近、政務でずいぶんお忙しいみたいだからなあ。宮殿の中でも、あちこち駆け回っておられるのをよく見るよ」
「あ……。そっか、やっぱり忙しいんですね」
「お体に障らないといいんだが。じゃあ私は仕事に戻るよ。ゆっくりしていって」
「はい、ありがとうございます。お仕事おつかれさまです」

 警備兵は軽く手をあげて歩いて行った。
 エイルも、振っていた手を下ろして、ふう、と息をはく。

 一人になった静かな庭で、エイルは改めて隣のぽっかり空いた空間を見た。
 警備兵から聞いたセフィルの様子を思い返す。
 本当に、走り回るくらい忙しくしてるんだなあ。
 セフィルが前に言っていた、『会える時間が減る』の意味が、ようやく実感として体に浸み込んでくる。

 話したいこと、いっぱいあるんだけどな。
 あの話したら、セフィルはどんな反応するだろう。たぶんめちゃくちゃ面白がってくれると思うけど。

「……会いたいなー」

 思わず小さくこぼれた言葉を、風が運んでいく。

 しばらく長椅子に座ったまま庭を眺めたあと、エイルはゆっくり立ち上がる。

「よし、帰るか」

 配達用のパン籠を抱えて、エイルは門に向かって歩き出した。