第二王子の秘密の親友

 秀瑛が片膝をついて学長の足元に跪き、多くの奇跡の御業を起こしてきた掌に額や目元を載せるしぐさを目にすると、ついにそこここで悲鳴が上がる。

「魔導師学長。私はここに、誓約を結びます。『雫は必ず、水の魔石と響きあう』」

 初めて会ったときから大好きだった、友のうちに情熱を秘めた深い紫色の瞳。飛びついてやめさせようとした雫を片手で制し、迷いなく秀瑛は言い切った。

「『私はこの両目の、光を捧げましょう』」
「秀瑛ぃぃ!!」

 大切な、かけがえのない、友の瞳。
 あまりにも尊い供物を捧げられた心は張り裂けんばかりで、血を吐くような絶叫で友の名を呼ぶ。

「その誓約、しかと聞き届けた」

 銀色の光が魔導師学長の掌から放たれ、秀瑛は満足げな微笑みを浮かべたままその瞳を固く閉じた。 
 嘆きの悲鳴が堂内に割れんばかりに響き渡る。雫は爪が掌に食い込むほど強く両手のこぶしを握り、叫びをあげそうになる唇を血がにじむほどに噛み締めると、足を踏ん張ってその衝撃に耐える。

「うわあああ! お前のせいで! 許さないぞ!」

 雫に飛びかかろうとした第二王子は魔導師たちに羽交い絞めにされ、あまりのことに耐えきれずに失神する子供も現れた。

 窓からの光を背にした司祭の影は濃く、雫を睥睨する目は心の中まで見透かしてくるようだ。しかしこの目には見おぼえがあった。森の隠者に師事した雫に怖れは浮かばなかった。むしろこの胸を切り裂き、胸に親友が灯した決意の炎を見せつけてやりたかった。

「俺を信じて」

 顔を上げた友の瞳はかつて雫が見惚れたその色彩を失い、白く濁っていた。しかし友の声に反応し向けた顔つきは晴れ晴れとしている。

「信じてるさ」

 友の自らを省みぬ献身に涙が止まらない。魔力を制し家族の元へと戻ったばかりの秀瑛。もう何の憂いもなく自由に生きられる身の上であるのに、誰の力も借りずに自分の誠心だけをもって友に報いようとしている。

 涙があとからあとから湧いてきて、苦しくて切なくて恐ろしくてたまらない。
 だが泣いている場合ではない。袖でぐいっと目元を拭った。

(俺のために、ここまでして……)

「ここに参れ」

 雫は跪いていた友の肩を抱き立ち上がらせると、もう視線の合わぬ花の美貌に向かっていつものように邪気なく微笑みかけた。

「また会えた。嬉しいよ」
「私もだ」

 友の吐息に笑顔の気配を感じて、秀瑛も微笑んだ。第三王子は兄のそんな穏やかな微笑みを信じられぬ心地で見上げていた。

「これからも、共に歩むんだ」
「ああ。秀瑛。少しだけ辛抱してくれ」

 秀瑛が雫の正面を外して差し出した手をぎゅっと握りしめる。

「今度は俺がお前を光の中に連れ戻す」

 雫は名残惜し気に手をはなすと魔導師学長に向き直り、眦を吊り上げて魔導師学長を睨みつける。ゆったりとした仕草で祭壇から持ち上げたクリスタルオーブを両手でしっかりと受け取った。

(森の木々よ。宿る聖霊よ。俺を本当に森の愛し子と思ってくれているならば、力を貸してください)