にわかごしらえの婚約者は冷徹公爵子息の溺愛を求めていない

「おかえりなさいませ、ステファン様」
 侍女たちが出迎えるその後ろの方で、私も頭を下げた。ステファンに嫌われるため、ステファンが嫌いそうな女性っぽく、を心がけて行動してみることにした。

「うむ」
 なにやら難しい顔をして頷くステファンが、ちらりと私を見遣る。その瞬間を逃すことなく、私は媚びを売るべくにっこりしてみた。すると、ステファンは私を憐れむように見つめる。は? なんで? 朝と態度違ってない? 酒乱令嬢だから? 酒を飲んで悪態をつく令嬢って憐れだな、って思った?

「今日は、なにをして過ごしていたんだ?」
 まるで夫婦の会話のように、そんなどうでもいい質問を投げるステファン。

 えええ? 今日したこと……なんだっけ? どうやって嫌われようかと考えてました、とは言えないし、部屋でゴロゴロしてました、とも言いづらい。ここはそれっぽく……
「庭の花を愛でたり、刺繡をしたり……しておりましたわ」
 などと答えてみた。嘘っぱちだけどね! 貴族の女性ってそんな感じでしょ?

「そうか……」
 ん? あんた、女らしい女が嫌いなんでしょうが? その優しそうな、同情的で可哀想なものを見る目は、なにっ? 冷徹公爵令息の肩書、どこに隠してんのよっ?

「ステファン様、お夕食はいつも通りお部屋でよろしいですか?」
 執事長のプレストが訊ねると、ステファンは私から目を逸らすことなく、
「オリヴィアと一緒に。父は呼ばなくていい」
 と言った。
 あっれぇ? 聞いてた話と違うなぁ~? 夕飯は自室で、一人で摂ることが多いって聞いたけど?

 チラ、と見ればプレストが半眼で私を見ている。ああ、これはいい機会だから頑張って嫌われてくるように、ということね。うん、わかってる! 私は小さく頷く。
「では、オリヴィア様、お支度を」
 プレストに促され、頷く。

 貴族ってホント、こういう無駄が多いわよね。夕飯食べるのに着替えるとか、意味が分からない。別にこのままだっていいのにねぇ。だけどそれがこの世界での正解なんだから、従うわ。ご飯の前には手を洗いましょう、ってのと同じくらいの意味合いよ、うん。
 私は軽くお辞儀をし、その場を去ろうとした……のだけど、
「え?」
 背を向けた私の手を、何故かステファンが握った。

「着替えなどしなくていい。オリヴィアはそのままで……その、十分に美しいから」
 最後、ちょっとごにょごにょしましたね。嘘つくの、下手ですか?
「ステファン様、そういうわけにはまいりませんわ。きちんと着替えを済ませてから」
「いいから、一緒に来いっ」
 私の言葉を遮り、手を繋いだままずんずん進んでいくステファン。侍女もプレストも、なにが起きたのかわからないとばかり、私たちの後姿を見ている。ちょっと、プレスト! あんたは止める係じゃないのっ?

「あのっ、ステファン様っ?」
 手を引かれ廊下を進むと、通されたのは昨日食事を摂った広間だ。椅子を引かれ、座るよう促される。断れるわけもない……私はおとなしく腰かけた。
「どうかなさいましたか?」
 あまりにも昨日と違うその態度に、頭でも打ったんじゃないかと心配になる。彼の仕事はデスクワークのはずなので、頭を打つような事態には陥らないはずだけど。

「どうもしてないっ。ただ……話をしたかったから」
 ちょ、また語尾がごにょごにょしたんだけど? なんなの、それは?

「話……ですか」
 まぁ、話したいことがあるなら聞きますけどね。……あ、もしかして昨日のこと咎められる感じ? そうよね、あんな失態、有り得ないもんね。時間が経つにつれ、怒りが湧いてきたって感じかしら? あるある、そういうこと!

 ……と思って、怒られるのを待ってた私なんだけど、ステファンは一向に話そうとしない。そっぽを向いて、黙りこくっているのだ。

「ステファン様、お話は?」
 私が促すと、何故かびくっと肩を震わせ、私を見る。そしてまた、目を逸らす。
「話は……まずはオリヴィアがするんだ」
 なんじゃそりゃ。誘ったのはそっちなのに。
 思わず心の中で突っ込みを入れる。昨日のぞんざいな態度が懐かしい。今、目の前にいるステファンは、昨日と違うステファンなんだろうか。

「では、私からお話します。まず、昨夜は大変ご無礼をいたしましたこと、深くお詫び申し上げます」
 立ち上がり、頭を下げる。と、慌てたようにステファンも立ち上がった。
「謝る必要などない! 俺の方こそ、あのような態度……申し訳なかった」
 ええええ、謝ってくれちゃうのぉ? 意外! てか、それじゃ困る! ここは怒るとこでしょ!

「いえ、私のあのような態度こそ、不敬です。公爵家のご子息であるステファン様に、私のようなガサツな女は不釣り合いであると実感いたしました。どうぞこの婚約話はなかったことにしていただいた方が、ステファン様のためになるかと」
「それは駄目だっ!」
 バン、とテーブルを叩き、ステファンが声を荒げた。
「この婚約はっ、その、もう後戻りできる段階にはない! だから、そのっ」

 おいおいおいおいーっ!

「え? 私、ステファン様のことを『顔だけ男』って言ったんですよ? 他にもかなり失礼なこと言ってますよ? やめましょうよ、こんな縁談っ」
 もう、言ってくれないなら自分から言っちゃう! その方がステファン的にも助かるわよねっ?

「オリヴィア、君は……君には同情する。なんとかして嫌われて、婚約を破棄されたいと思っているんだろうな」
「えっ?」
 言い当てられ、背筋が伸びる。なんでわかったのっ?

「好いた男がいるという話はプレストから聞いているが、諦めてくれ。貴族の娘として生まれたのだから、自由恋愛などできないとわかっているだろう?」
 うわ、そこまで知ってるんだ! だったら話は早いじゃないっ。

「それは勿論、分かっております! でも私はっ」
 オリヴィアじゃないんだもん!
「俺は! ……俺は……オリヴィアと結婚したいと思っている」
 げっ。
「それは無理です!」
 あ、言っちゃった。しかも被せ気味に。ステファンの顔、ガーンって感じになってる。そりゃそうか、みんながステファンを狙ってるってくらいモテてたんだもんね。いきなり否定されるって、ちょっと可哀想かなぁ。だけど無理よね……。

「……相手は誰なんだ?」
「え?」
「オリヴィアが思いを寄せている相手は、どこの誰なんだ?」
「それは……」

 具体的なことを聞かれると困る。適当な答えでは、ボロが出そうだ。でもこれといった具体的な対象者がいるわけでもなく……ん? 待てよ? 私ではなく、オリヴィア様の話なんだから、好きな人はハンスでいいんじゃ?

「身分違いのため、私の想いは誰にも申し上げることはできません。ですが、私の心はその方にあります。ですからどうか、私のことは見限っていただけませんか?」
 しおらしく、目を伏せて言ってみる。あらやだ、私ったら役者の才能があったのかも?
「身分違い……」
 ステファンはしばしなにかを考えこむと、私の肩に手を置いた。
「その想いは、報われることはない。諦めろ、オリヴィア」
「へ?」

 なんだか簡単に言ってきたな。そりゃまぁ、オリヴィアは公爵家の令嬢だもんね、身分違いの相手と結ばれる選択肢なんかないし、同じ世界に生きてるステファンにしてみれば、な~に言っちゃってんの? 無理じゃんそれ、って言うしかないんだろうけどさ。
「ですがっ、他の男性を想っている女などお嫌でしょう?」
「すっぱり諦めて、俺にしておけばいいんだ」
「はぁ?」
 なにを言っているんだこの人は?

「報われない恋などやめた方がいい。それに、身分違いだというそのシチュエーション。もしかしたらオリヴィアは、その状況に酔いしれているだけかもしれないぞ?」
 ああ、なるほどね。不倫してる男女が、実際結婚したら急に熱が冷めたりするっていうもんねぇ。禁じられた恋だからこそ燃え上がるっていう、あれか~。
「なるほど」
 駄々洩れる感想に、ステファンが食いつく。
「な? 思い当たるだろう?」

 納得した私を見て、ステファンが満足そうに腰に手を当てた。……どうやら大いなる誤解を生んでしまったようだ。