にわかごしらえの婚約者は冷徹公爵子息の溺愛を求めていない

「汝、ステファン・マクミリアは、オリヴィア・ルナールを妻とし、愛と忠誠をもって生涯を共にすることを、星々の証として誓うか?」
「誓います」

 厳かな雰囲気の中、ステファンが凛と響き渡る声で誓いを立てる。

「汝、オリヴィア・ルナールはステファン・マクミリアを夫とし、安らぎと真心をもって生涯を共にすることを、大地の証として誓うか?」
「……誓います」

 前世でも現世でも、私は地味に生きてきた。多少のあれこれはあれど、ぬるい人生を生きていた。言い方を変えるなら、素朴で、控えめで、堅実な人生を過ごしていたし、これからも過ごすはずだったわけで……。

「ならば、天はその契りを星に記し、大地はその誓いを根に刻むだろう。今ここに、汝らを正しき夫婦と認める。神の御名と、民の証によりて」

 司祭の言葉を聞き終わるや否や、集まった市民たちから大きな歓声が上がる。
 マクミリア公爵家の庭園には、結婚式用の祭壇が建てられている。市民はこの日、自由に領主の屋敷へと出入りができ、こうして祝いの席に駆け付けていた。

「ステファン様、おめでとうございます!」
「末永くお幸せに!」
 飛び交う祝いの言葉の数々に、迂闊にも胸がいっぱいになってしまう。
 視線の片隅に映るのは、プレストが号泣している姿。
 ……そうよね。責任は全部プレストにあると言っても過言ではないと思うの。泣きなさい! 存分に!

 駆けつけてくれたアンディも、式までずっと屋敷に居座っていたユノリスカも、時折寝込んでしまうようになったマクミリア公爵も、今日はみんな笑顔だ。
 当然ながら、ルナール公爵夫妻も参加している。私を娘として送り出してくれただけでも有難いのに、直接お礼を言われ、実の娘のように接してくれた。「この姿をミリーにも見せたかったわね」と言われた瞬間、涙が溢れる。
 お母さん、空から見てくれてますか? 私、よくわからないけど末は公爵夫人になります!

 ……いやほんと、なんでよ?

 人生って不思議だ。一生変わらない、何の変哲もない人生があると思っていたのに、そうじゃなかった。こういう人生を望んでいたわけではなかったけれど、でも……。

 流されるばかりの人生だけど、流されるのも悪くない。流された先で、自分がどう生きるか。つまりは、そういうことなんだって、今は思う。
 ……思うしかない、が正しい。

「俺の夢を叶えてくれて感謝するよ」
 微笑むステファンに、私は首を振る。
「いいえステファン様、ここからが本番ですよ!」
 なにしろ私は、平穏無事に一生を終えたいのだから。ドロドロの愛憎劇を演じることなく、激流の中で日々の幸せに感謝して生きていこう――。

◇

 目の前には、グラス。

 ニコニコしながらマクミリア公爵がボトルを手にしている。ここ数日は体調もいいとあって、夕餉の席でも饒舌だった。
「ではオリヴィアの考える幸せとはなんだ?」
「程よい労働と、労働のあとの一杯。それが私の考える幸せです」
「確かに、労働のあとの一杯は最高の気分にさせてくれるものだ。よくわかるぞオリヴィア。……さて、これが我が領土のラテ酒だ。王都のものとは違い、深みがあるのが特徴だ」

 領土で作っている地酒のことも知ってほしいという、食事中の話から始まった、公爵主催の地酒説明会……のようなものが始まっている。公爵の前には、綺麗なガラスのボトルが並べられ、まるでショットバーのようになっていた。

「父上、あまり飲ませないでください」
 ステファンがいつかの私を危惧し、セーブしようとする。
「まぁ! オリヴィア様はお酒が飲めるのですね!」
 ユノリスカはパンと手を叩き、羨望の眼差しを私に向けた。なんだかんだ言いながら、ユノリスカはちょいちょい屋敷に現れている。なんだか妹ができたみたいで、私はユノリスカが可愛くて仕方がない。
「なにを言うかステファン。この地のことを知ってもらうことは、オリヴィア嬢にとって立派な“仕事”だぞ?」

 仕事!

 その言葉に、私は一人、舞い上がる。いいわよねぇ、仕事。程よい労働は生きる糧になると思うわ。なにもしないで過ごしなさい、って言われることの方がつらいもん。それに、このショットバー的な雰囲気も最高だ! ああ、アガる(・・・)!

「……いただきます」
 これはあくまでも、試飲会。だって公爵がそう言っていたもの。そう自分に言い聞かせ、グラスを手にする。

「オリヴィアは労働がしたいのか?」
 ステファンに聞かれ、頷く。
「ええ、そうですね。可能であればなにか仕事がしたいです」
 ステファンに要望を告げると、くいっと杯を煽った。
 ……あ、フルーティーだ。

「これ、とても美味しいですっ、公爵様!」
 白ワインに似た味ながら、癖のないスッキリとした口当たりとほのかな甘さ。お酒であることを忘れそうなほど、飲みやすい!
「そうだろう? さ、これは当たり年のラテ酒。さっきとどう違う?」
 注がれ、口に含む。
 うわぁぁぁ、口いっぱいに広がる、まろやかな甘みと酸味!

「……オリヴィア様、そんなに飲んで大丈夫ですの?」
 あまりに景気よく飲むもんだから、ユノリスカに心配されてしまった。優しい! 可愛い! 撫でくり回したい!
「大丈夫ですよぉ、ユノリスカ様」
 へへ、と笑って飲み干す。うまい!
「おい、オリヴィア」
「あああ、さっきよりさらにおいしいれすね!」

 ちょっと口が回らなくなってきてるけど、食前酒含めても、お猪口みたいな小さなグラスで三杯しか飲んでないもん、まだ大丈夫でしょ。

 地酒……いいわねぇ。これを王都で売ったら売れそう。だけど、マクミリア領だけで一軒の店を出すのは多分難しいから、各領地から地酒を取り寄せて、セレクトショップみたいなのを置いたらいいんじゃないかな。王都にはもう、そういう店あるのかな? これ、すごくいいアイディアな気がする! 私、天才じゃない?

「《《すてぱん様》》、いま思ったのれすが、この美味しいお酒たちを王都で売りましょうよ! あちこちの領土からお酒集めて、せえくとちょっぷやりましょう!」
「は? なんて?」
 ステファンが聞き返す。ちょっとしか飲んでないのに、なんでこんなに酔うのかなぁっ? 私、酔ってるよね? それとも公爵、変な薬でも盛ったっ?

「オリヴィア様……もしかして、酔ってるの?」
 ユノリスカが珍しいものでも見る目で私を見た。え? 引いた? 酔っ払いを見て、引いちゃったっ? やだ、引かないでっ。

 続けてマクミリア公爵がグラスに何かを注ぐ。

「これはマディル酒。飲んだことは?」
「ないれーす!」
 元気よく答え、躊躇なく口をつける。これは……辛口吟醸酒!
「カーッ! これは効くぅぅ」
 オッサンか! と自己突っ込みを入れたくなるほどオッサン的なセリフを口にしてしまった私に、笑いを堪えながら、公爵が質問する。

「で、オリヴィア嬢は本当のところ、ステファンのことをどう思っているのかね?」
「ちょっ! 父上、飲ませて喋らせるなんて下衆な真似はっ」
 慌ててステファンが止めに入るも、
「あら、私は聞きたいわっ。オリヴィア様、本当はステファン様のこと、どう思ってるんですの?」
 楽しそうな顔でユノリスカが身を乗り出す。

「へ? すてぱん様れすか? んふふふ、やらなぁ。そんなこと言えないれぇぇす! ……れぇもぉ~、こえだけは断言しちゃおうから~」
「ん?」
 全員が前のめりになる。
「ユノちゃんはかぁいいれす! とーってもかぁいいと思いますっ」
 駄々洩れる本音。ユノリスカが染まる頬に手をあてる。ステファンは頭を押さえ、公爵はお腹を抱えて笑っていた。

「飲ませすぎだ。父上、もうオリヴィアは撤収するぞ!」
 ステファンがなんか怒ってる。お酒が足りないんじゃない?
「すてぱん様、色男がだいなしれすよ? 飲んれくらさぁい?」
 よくわかんないけど、注ぐ。さ、飲めステファンよ!
「オリヴィア、もう寝るぞ!」
 グラスを取り上げられ、その上、気付いたらまたしてもステファンに抱き上げられていた。これまた、いつかの既視感……。

 ああ……ふわふわする。
 ステファンがいて、公爵がいて、ユノリスカが遊びに来てくれて、部屋の片隅でプレストが微笑みを浮かべてて、お酒が美味しくて……。なにここ、天国?

「わらし、このおうちに引き取ってもらっれ、しゃ~わせれすっ。公爵様、すてぱん様、いっしょけんめ働きますのれ、どうかよろしくおれがいします」

 深々とお辞儀……のつもりが、そこにはステファンの顔があった。ゴン、という鈍い音がする。
「痛っ!」
「やら、ぶつかっちゃいまひた! けへ。ごめんれ、ごめんれ~!」

 ユノリスカが吹き出し、公爵の笑い声がいっそう増したのだった。

◇

 こうして私……にわかごしらえの婚約者は、冷徹公爵令息と謳われたステファン・マクミリアと、末永く幸せに暮らし……たのでしょうか?
 それは、これからのお・た・の・し・み!

おしまい