凌雅が隣から、その美しい顔で紗子を覗き込んでくる。
「何か俺に言いたいことでもあるのか?」
「えっ……と、その……」
紗子は迷った挙句、意を決して小さな包みを取り出した。
「あの、凌雅様にこちらを差し上げたいと思いまして」
「俺に?」
「はい。先日、勿忘草のブローチをいただいたお礼です」
「開けてもいいのか?」
「もちろんです」
凌雅は長い指先で包みを開いていく。
中から現れたのは紗子が手作りした勿忘草の押し花をあしらった一枚の栞。
凌雅が無言で真剣に栞を眺めているので、紗子は気恥ずかしくなってきた。
「勿忘草の押し花の栞です。私の手作りなので、立派なものでなく申し訳ないのですが……」
「紗子」
不意に凌雅の美声で名前を呼ばれ、紗子は顔を上げた。
まだ凌雅は栞をじっと見つめている。
「お前が作ったのか?」
「はい」
「――俺だけのために?」
「はい……」
天上界の皇太子殿下に、こんな素朴なものを贈りつけられて、迷惑なのではないかと紗子は不安に駆られてきた。
「あの、気に入らないようでしたら……」
「――生涯、大切にする」
「え……?」
凌雅の口許は自然と緩んでいる。
これまで見たことのなかった柔らかな凌雅の笑みに紗子は思わず見惚れてしまっていた。
「嬉しいという感情は、これなのか」
「凌雅様に喜んでいただけたのなら、何よりです」
「ああ。嬉しくてたまらない。今後、肌身離さず持つ」
「いえ、あの、そんなに立派なものでは……」
「紗子が俺のために作ってくれたものだろう」
「そうでは、ありますけれど……」
「どこを探したとしても、金を積んだとしても、同じものは二度と手に入らない。ありがとう、紗子」
「いえ……」
まさか凌雅がここまで喜んでくれると思わず、紗子まで嬉しく気恥ずかしくなってきた。
「紗子が好きな花のブローチとお揃いだろう」
「はい。勿忘草です」
「下界には花言葉というものがあると聞くが」
「はい。青の勿忘草の花言葉は……」
そこで止めた紗子へと凌雅の鋭い視線がぶつかる。
紗子はこそばゆく感じながらも言葉を継いだ。
「“真実の愛“です」
射抜くような凌雅の眼差しに囚われて、紗子と凌雅は時間が止まったかのように、見つめ合っていた。
「――俺の紗子への想いと一致しているな」
紗子を愛おしそうに見つめ、凌雅は双眸を細める。
「紗子に口づけたいのだが」
「だ、だめです」
「わかってる。今は、まだしない」
照れて顔中を紅く染める紗子に、凌雅は不敵に微笑む。
「ずっと会いたかった紗子が目の前にいて、これでも我慢している」
「我慢……ですか?」
「ああ。それに実際の紗子は俺が想像していた以上に愛らしくてたまらない」
余りの直球かつ熱烈な凌雅からの愛の言葉に、紗子は目が眩みそうになる。
類まれなる美しい顔で真剣に凌雅に告げられ、紗子は恥ずかしさを誤魔化すように斜め下方へと視線を逸らした。
「照れているのか?」
「……はい。こういうのには、慣れておりません」
「――紗子」
凌雅から頬に手を添えられ、びくっと肩が跳ね上がる。
紗子の名を呼ぶ凌雅の低い声色でさえ、恐ろしいほどの色気が滲んでいる。
「どうして……私なのでしょうか?」
凌雅と目を合わせられないまま、おずおずと紗子は口を開く。
「私は異能の才に欠けていて、特筆すべき点など何もありません。凌雅様に相応しくないと思います」
「俺が望んできたのは紗子だけだと伝えただろう」
「ですが……」
「紗子に隠しておく必要もないか」
凌雅はひとり言のように呟いてから、紗子の柔らかな頬から手を離す。
青々とした空を仰ぐように一度見上げてから、凌雅は口を開く。
「――俺は幼少期に、人目を忍んで下界に降り立っていたことがある」
紗子も姿勢を正し、凌雅の言葉に耳を傾けていた。
「天上界では二十歳の成人を迎えるまで、皇族が下界に降りることは許されていない」
「そうなの……ですか?」
「ああ。だからこそ幼かった俺は下界に行きたがった」
禁止されると、かえってその事柄や事象に興味が高まってしまう心理現象だろうか。
凌雅は天帝の第一皇子として産まれていることもあって制限も他の者より多かったのだろう。
幼い頃だったら仕方ないのかもしれない。
「ちょうど10年前か。あの頃の俺には悪趣味があって」
「悪趣味……ですか?」
「下界にある地蔵へと俺の魂を移して入り込み、人間の願望を密かに聞くのが楽しかった」
「それは、確かによろしい趣味とは言えません」
「今なら俺もそう思う」
――楽して金もうけしたい
――上玉の女を抱きたい
――あいつが不幸になってほしい
「当時の俺は人間の欲望や嫉妬を観察することが面白くて止められなかった。人とは何て私利私欲に塗れた人種なのだろうと、どこかで見下していたのかもしれない」
確かにお地蔵様への願掛けは人間の本心が出やすいのだろう。
「ある日、俺は失敗した」
「何か俺に言いたいことでもあるのか?」
「えっ……と、その……」
紗子は迷った挙句、意を決して小さな包みを取り出した。
「あの、凌雅様にこちらを差し上げたいと思いまして」
「俺に?」
「はい。先日、勿忘草のブローチをいただいたお礼です」
「開けてもいいのか?」
「もちろんです」
凌雅は長い指先で包みを開いていく。
中から現れたのは紗子が手作りした勿忘草の押し花をあしらった一枚の栞。
凌雅が無言で真剣に栞を眺めているので、紗子は気恥ずかしくなってきた。
「勿忘草の押し花の栞です。私の手作りなので、立派なものでなく申し訳ないのですが……」
「紗子」
不意に凌雅の美声で名前を呼ばれ、紗子は顔を上げた。
まだ凌雅は栞をじっと見つめている。
「お前が作ったのか?」
「はい」
「――俺だけのために?」
「はい……」
天上界の皇太子殿下に、こんな素朴なものを贈りつけられて、迷惑なのではないかと紗子は不安に駆られてきた。
「あの、気に入らないようでしたら……」
「――生涯、大切にする」
「え……?」
凌雅の口許は自然と緩んでいる。
これまで見たことのなかった柔らかな凌雅の笑みに紗子は思わず見惚れてしまっていた。
「嬉しいという感情は、これなのか」
「凌雅様に喜んでいただけたのなら、何よりです」
「ああ。嬉しくてたまらない。今後、肌身離さず持つ」
「いえ、あの、そんなに立派なものでは……」
「紗子が俺のために作ってくれたものだろう」
「そうでは、ありますけれど……」
「どこを探したとしても、金を積んだとしても、同じものは二度と手に入らない。ありがとう、紗子」
「いえ……」
まさか凌雅がここまで喜んでくれると思わず、紗子まで嬉しく気恥ずかしくなってきた。
「紗子が好きな花のブローチとお揃いだろう」
「はい。勿忘草です」
「下界には花言葉というものがあると聞くが」
「はい。青の勿忘草の花言葉は……」
そこで止めた紗子へと凌雅の鋭い視線がぶつかる。
紗子はこそばゆく感じながらも言葉を継いだ。
「“真実の愛“です」
射抜くような凌雅の眼差しに囚われて、紗子と凌雅は時間が止まったかのように、見つめ合っていた。
「――俺の紗子への想いと一致しているな」
紗子を愛おしそうに見つめ、凌雅は双眸を細める。
「紗子に口づけたいのだが」
「だ、だめです」
「わかってる。今は、まだしない」
照れて顔中を紅く染める紗子に、凌雅は不敵に微笑む。
「ずっと会いたかった紗子が目の前にいて、これでも我慢している」
「我慢……ですか?」
「ああ。それに実際の紗子は俺が想像していた以上に愛らしくてたまらない」
余りの直球かつ熱烈な凌雅からの愛の言葉に、紗子は目が眩みそうになる。
類まれなる美しい顔で真剣に凌雅に告げられ、紗子は恥ずかしさを誤魔化すように斜め下方へと視線を逸らした。
「照れているのか?」
「……はい。こういうのには、慣れておりません」
「――紗子」
凌雅から頬に手を添えられ、びくっと肩が跳ね上がる。
紗子の名を呼ぶ凌雅の低い声色でさえ、恐ろしいほどの色気が滲んでいる。
「どうして……私なのでしょうか?」
凌雅と目を合わせられないまま、おずおずと紗子は口を開く。
「私は異能の才に欠けていて、特筆すべき点など何もありません。凌雅様に相応しくないと思います」
「俺が望んできたのは紗子だけだと伝えただろう」
「ですが……」
「紗子に隠しておく必要もないか」
凌雅はひとり言のように呟いてから、紗子の柔らかな頬から手を離す。
青々とした空を仰ぐように一度見上げてから、凌雅は口を開く。
「――俺は幼少期に、人目を忍んで下界に降り立っていたことがある」
紗子も姿勢を正し、凌雅の言葉に耳を傾けていた。
「天上界では二十歳の成人を迎えるまで、皇族が下界に降りることは許されていない」
「そうなの……ですか?」
「ああ。だからこそ幼かった俺は下界に行きたがった」
禁止されると、かえってその事柄や事象に興味が高まってしまう心理現象だろうか。
凌雅は天帝の第一皇子として産まれていることもあって制限も他の者より多かったのだろう。
幼い頃だったら仕方ないのかもしれない。
「ちょうど10年前か。あの頃の俺には悪趣味があって」
「悪趣味……ですか?」
「下界にある地蔵へと俺の魂を移して入り込み、人間の願望を密かに聞くのが楽しかった」
「それは、確かによろしい趣味とは言えません」
「今なら俺もそう思う」
――楽して金もうけしたい
――上玉の女を抱きたい
――あいつが不幸になってほしい
「当時の俺は人間の欲望や嫉妬を観察することが面白くて止められなかった。人とは何て私利私欲に塗れた人種なのだろうと、どこかで見下していたのかもしれない」
確かにお地蔵様への願掛けは人間の本心が出やすいのだろう。
「ある日、俺は失敗した」



