木立の下では露天商たちが茣蓙を広げ、色とりどりの小間物や櫛、簪、干された果物などを売っている。
その一画の小さな露店の前で紗子は足を止めた。
茣蓙の上の木箱へ髪飾りや小物が並んでいる。
その中に、小さな青い花をかたどったブローチがあった。
五枚の薄青色の花弁が寄り添うように咲く、可憐な花。
「勿忘草……」
紗子が思わず呟くと、店番の中年女性が嬉しそうに顔を上げた。
「可愛らしいお嬢さん。勿忘草がお好きなの?」
「はい。母が好きだった花で……」
「まあ、そうなの。ぜひ、お手に取ってみてね」
紗子は女性の柔和な雰囲気に誘われるまま、そっとブローチを手に取った。
硝子細工の淡い青色の花弁がきらきらと輝いて見える。
眺めているだけで心が和んだ。
「とても素敵です」
「ありがとう。ひとつひとつ、心をこめて手で作っているの」
「そうなんですね。すごいです」
紗子は頬が綻ぶまま、ブローチを眺め続けていた。
すると、凌雅が上から覗き込んでくる。
「気に入ったのか?」
「はい。とっても素敵なお品で。綺麗な青い色で母も私も勿忘草が大好きだったんです。春になると庭先に咲いていて……」
「――これ。一つ頼む」
凌雅が女性へと声をかけ、紗子は驚いた。
紗子が制止する前に、凌雅は下界の紙幣を「釣りはいらない」と、露店の女性へ渡す。
「ありがとうございます。お二人、とっても、お似合いよ」
露店の女性が凌雅と紗子の二人へと礼を告げる。
紗子が驚愕しているうちに売買が成立してしまった。
両手でブローチを持ったまま、紗子は先を歩く凌雅へと駆け寄る。
「いいんですか?」
「気に入ったんだろう」
「ですが、凌雅様から贈り物をいただくわけには……」
「無理に受け取れとは言わないが、俺は紗子の喜ぶ顔が見たい」
立ち止まった凌雅は紗子を見つめて、目を細めた。
この間、用意された豪華な宝石や華やかな衣装とは桁がいくつも違うのだろう。
それでも紗子は自分の気持ちを大切にしてくれて、贈りものを決めてくれた凌雅の気持ちが嬉しかった。
「凌雅様のお言葉に甘えてしまってもよろしいですか?」
「もちろんだ。もう買ってしまったからな」
「ありがとうございます。さっそく、つけますね」
紗子がはちきれんばかりの笑顔を凌雅に向けると、凌雅の耳が少し赤く変化する。
それに気づかず、紗子は左胸へと勿忘草のブローチをつけた。
「やっぱり素敵です。嬉しい……」
「紗子に似合っている」
「ありがとうございます。大事にします」
「――ああ。そうしてくれ」
凌雅の側近に送られて紗子は帰宅し、夜の静寂に包まれた家で行灯の火を頼りに学問へ励む。
文机に向かいながらも、傍らに置いた勿忘草のブローチを何度も眺めては指先で優しくつついていた。
(嬉しいな……)
紗子が今まで生きてきた中で一番嬉しかった贈り物かもしれない。
贈ってくれた凌雅のことを思うと、胸の奥が温かくなった。
(凌雅様に何かお礼をしなければ……)
そうは思っても凌雅は天上界の皇太子殿下である。
一方の紗子は身寄りもなく給費生として学校に通っている身で金銭的な余裕は全くない。
(いざ相手が何を喜ぶのか考えて贈り物をするとなると難しいものね……)
それに気づくと、ますます自分のために何かしてくれようとしていた凌雅の気持ちが嬉しかった。
(凌雅様は何でも欲しいものは手に入るだろうし……)
そう思い当たって、ふと気づく。
(私……とか?)
紗子は自分で自分の考えたことに恥ずかしさが爆発して、誰も見ていないのに顔を両手で隠した。
やがて落ち着いた頃、指の隙間から再び勿忘草のブローチを見つめる。
(そうだわ)
紗子は薄い紙に挟んで乾かしておいた勿忘草があったことを思い出した。
数日前に押し花にしておいたものである。
母が押し花でよく栞を作っていて、紗子はそれを今でも大切に使っていた。
(凌雅様に勿忘草の押し花で栞を作ろう)
その夜、紗子は勉強を中断し、遅くまで慎重に栞づくりへ専念していた。
***
数日が経過し、また休日がやってくる。
紗子は再び凌雅に招かれ、天上人の皇族専用の滞在施設を訪れていた。
凌雅からは「本当は毎日、紗子に会いたい」と言われていたのだが、紗子は苦学生の身で勉学を疎かにするわけにはいかない。
一方の凌雅も、下界においては国賓として迎えられ、要人との会談や公式行事への出席など、数多くの公務をこなしている。
そんな多忙な凌雅が、こうして紗子と過ごす時間を創出している。
滞在施設内にある春の陽射しが降り注ぐ中庭の木製ベンチへと2人で腰かけていた。
紗子は懐に忍ばせた栞の存在が気になって仕方ない。
緊張で高鳴る紗子の胸元には勿忘草のブローチがつけられていた。
(凌雅様に渡さなければ……。でも、ご迷惑だったら……)
紗子が何やら逡巡しているのが凌雅にも伝わったのだろう。
「どうした、紗子」
その一画の小さな露店の前で紗子は足を止めた。
茣蓙の上の木箱へ髪飾りや小物が並んでいる。
その中に、小さな青い花をかたどったブローチがあった。
五枚の薄青色の花弁が寄り添うように咲く、可憐な花。
「勿忘草……」
紗子が思わず呟くと、店番の中年女性が嬉しそうに顔を上げた。
「可愛らしいお嬢さん。勿忘草がお好きなの?」
「はい。母が好きだった花で……」
「まあ、そうなの。ぜひ、お手に取ってみてね」
紗子は女性の柔和な雰囲気に誘われるまま、そっとブローチを手に取った。
硝子細工の淡い青色の花弁がきらきらと輝いて見える。
眺めているだけで心が和んだ。
「とても素敵です」
「ありがとう。ひとつひとつ、心をこめて手で作っているの」
「そうなんですね。すごいです」
紗子は頬が綻ぶまま、ブローチを眺め続けていた。
すると、凌雅が上から覗き込んでくる。
「気に入ったのか?」
「はい。とっても素敵なお品で。綺麗な青い色で母も私も勿忘草が大好きだったんです。春になると庭先に咲いていて……」
「――これ。一つ頼む」
凌雅が女性へと声をかけ、紗子は驚いた。
紗子が制止する前に、凌雅は下界の紙幣を「釣りはいらない」と、露店の女性へ渡す。
「ありがとうございます。お二人、とっても、お似合いよ」
露店の女性が凌雅と紗子の二人へと礼を告げる。
紗子が驚愕しているうちに売買が成立してしまった。
両手でブローチを持ったまま、紗子は先を歩く凌雅へと駆け寄る。
「いいんですか?」
「気に入ったんだろう」
「ですが、凌雅様から贈り物をいただくわけには……」
「無理に受け取れとは言わないが、俺は紗子の喜ぶ顔が見たい」
立ち止まった凌雅は紗子を見つめて、目を細めた。
この間、用意された豪華な宝石や華やかな衣装とは桁がいくつも違うのだろう。
それでも紗子は自分の気持ちを大切にしてくれて、贈りものを決めてくれた凌雅の気持ちが嬉しかった。
「凌雅様のお言葉に甘えてしまってもよろしいですか?」
「もちろんだ。もう買ってしまったからな」
「ありがとうございます。さっそく、つけますね」
紗子がはちきれんばかりの笑顔を凌雅に向けると、凌雅の耳が少し赤く変化する。
それに気づかず、紗子は左胸へと勿忘草のブローチをつけた。
「やっぱり素敵です。嬉しい……」
「紗子に似合っている」
「ありがとうございます。大事にします」
「――ああ。そうしてくれ」
凌雅の側近に送られて紗子は帰宅し、夜の静寂に包まれた家で行灯の火を頼りに学問へ励む。
文机に向かいながらも、傍らに置いた勿忘草のブローチを何度も眺めては指先で優しくつついていた。
(嬉しいな……)
紗子が今まで生きてきた中で一番嬉しかった贈り物かもしれない。
贈ってくれた凌雅のことを思うと、胸の奥が温かくなった。
(凌雅様に何かお礼をしなければ……)
そうは思っても凌雅は天上界の皇太子殿下である。
一方の紗子は身寄りもなく給費生として学校に通っている身で金銭的な余裕は全くない。
(いざ相手が何を喜ぶのか考えて贈り物をするとなると難しいものね……)
それに気づくと、ますます自分のために何かしてくれようとしていた凌雅の気持ちが嬉しかった。
(凌雅様は何でも欲しいものは手に入るだろうし……)
そう思い当たって、ふと気づく。
(私……とか?)
紗子は自分で自分の考えたことに恥ずかしさが爆発して、誰も見ていないのに顔を両手で隠した。
やがて落ち着いた頃、指の隙間から再び勿忘草のブローチを見つめる。
(そうだわ)
紗子は薄い紙に挟んで乾かしておいた勿忘草があったことを思い出した。
数日前に押し花にしておいたものである。
母が押し花でよく栞を作っていて、紗子はそれを今でも大切に使っていた。
(凌雅様に勿忘草の押し花で栞を作ろう)
その夜、紗子は勉強を中断し、遅くまで慎重に栞づくりへ専念していた。
***
数日が経過し、また休日がやってくる。
紗子は再び凌雅に招かれ、天上人の皇族専用の滞在施設を訪れていた。
凌雅からは「本当は毎日、紗子に会いたい」と言われていたのだが、紗子は苦学生の身で勉学を疎かにするわけにはいかない。
一方の凌雅も、下界においては国賓として迎えられ、要人との会談や公式行事への出席など、数多くの公務をこなしている。
そんな多忙な凌雅が、こうして紗子と過ごす時間を創出している。
滞在施設内にある春の陽射しが降り注ぐ中庭の木製ベンチへと2人で腰かけていた。
紗子は懐に忍ばせた栞の存在が気になって仕方ない。
緊張で高鳴る紗子の胸元には勿忘草のブローチがつけられていた。
(凌雅様に渡さなければ……。でも、ご迷惑だったら……)
紗子が何やら逡巡しているのが凌雅にも伝わったのだろう。
「どうした、紗子」



