【短編】凪の花嫁〜落ちこぼれ乙女は天上界最強皇子に不滅の一途愛を一身に受ける〜

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 その日はどことなく気まずいまま凌雅と別れた。
 凌雅付きの天上人の側近に自宅まで送ってもらえたものの、紗子の胸の支えはとれず。
 
(愛されたいなどと気恥ずかしい言葉を、よりにもよって凌雅様に伝えてしまうなんて……)

 紗子は、ひとり薔薇の温室での出来事を思い返して、後悔と羞恥に頬を熱くする。
 凌雅は紗子の言葉を非難はしなかった。
 馬鹿にしたりもせず、ただただ、ひどく驚いていたように見えた。
 数日の時が経過し、紗子は相変わらず学園内では寧々以外から遠巻きに観察されている。

(もう凌雅様は私に会わないのではないかしら……)

 ほっと胸を撫で下ろせるはずなのに、なぜか紗子は物悲しく感じてしまっていた。
 しかし、今日の休日は再び凌雅の呼び出しを受けて遣いの者が紗子を迎えにやってきた。
 凌雅と訪れたのは下界の人々で賑わう繁華街である。
 今まで紗子が訪れることはなかった高級商業地。
 凌雅は正体を隠すためかソフト帽を目深に被っている。
 ただ外貌の際立った良さや育ちは隠し切れるものではなく、行き交う人は皆が凌雅へと振り返っていた。

「凌雅様」
「何だ?」
「こうして、天上界の皇太子殿下ともあろう凌雅様が白昼堂々と下界の人混みの中を歩いていてよろしいのでしょうか?」
「心配するな。人目を忍んでいる」

 涼しい顔で凌雅は答える。
 紗子は隣を歩く、その洗練された端整な横顔を見上げた。

(凌雅様は長身だし、美しすぎて全くもって忍べていない気がする……)

 凌雅は余り気にしていないらしい。
 確かに凌雅が紗子と歩くことはやましいことでも何ともない。
 天上人が街を歩くのは下界でも普通の光景だ。

(でも凌雅様は天上界の次期君主であらせられる方なのに……)

 紗子は胸が落ち着かないまま、凌雅の隣を歩いていた。

「それよりも紗子」
「はい」
「お前が気になった店があれば入れ」
「……え?」
「紗子が選べ。遠慮はいらない」

 紗子は瞬目した。
 前回は凌雅が用意してくれたものを見せてもらうばかりだった。
 
(私の意志を尊重してくれている……?)

「凌雅様が行きたい場所でなくて、よろしいのですか?」
「俺は紗子と一緒なら、どこだろうと構わない」

 余りにもさらりと言われ、紗子は返事に窮してしまった。
 頬を染める紗子を見下ろし、凌雅の双眸の鋭さが緩む。

「紗子、どうした? 顔が赤い」
「いえ。今日は気温が高いのかと……」
「そうか」
 
 凌雅は口許に綺麗な弧を描いて空を見上げた。
 雲一つない春の青空。
 柔らかな陽射しが街並みを照らしている。
 
(天上界も同じように四季があるのかしら……)

 天上人は下界へと進出しているものの、反対に下界の人間は天上界に上がれなかった。
 正しくは天上人に選ばれし人間しか上がれないのだが、天上界の全容を知っている下界の人間は居らず、謎に包まれている部分が多い。
 位置も人も明確な上下関係はないものの、天上人が下界の人間を呪見から救ってきた歴史や全てにおける天上人の基礎能力値の高さから、下界の人間にとって天上人は渇仰の存在だった。
 紗子はちらりと凌雅を覗き見る。

(いつか凌雅様に天上界の様子を聞いてみようかな?)

 そんな風に思いながら、紗子は賑わう通りに連なる商店へと視線を移した。
 店先に並ぶ春物の洋服や色鮮やかな宝飾品。
 どれも紗子の目を楽しませてくれるものばかりである。
 ただ店の中に入ってまで見たいと興味は引かれなかった。

「遠慮しなくていい」
「遠慮ではないのですが……」

 紗子がなかなか店へと入ろうとしないからか、凌雅が声をかけてくれた。

「今まで、こういった場所へ用がなかったので、眺めているだけでも楽しくて」
「楽しいのか?」
「はい。ですが、凌雅様は私に合わせているだけですと、つまらないですよね」
「俺は紗子が隣にいるだけで満足だ」

 またしても、ごく自然に言われて、紗子は恥ずかしさの余りに伏し目がちとなる。
 
「ずっと会いたかったからな。今この瞬間でさえ紗子が愛おしくてたまらない」

 凌雅の直球な言葉が紗子にはくすぐったくて、たまらない。
 
(どうして凌雅様は以前から私を知っているような口振りで話すのだろう)

 もちろん紗子に天上界の皇太子殿下との接点なんて思い当たるはずもない。

(凌雅様にお尋ねしてしまっても良いのかしら?)

 しかし紗子は勇気が出ないのと、聞いてしまったら本当に後戻り出来ない気がして口に出来なかった。
 歩いているうちに賑わう街並みから抜けている。
 公園の広い園路には、散策を楽しむ人々が行き交っていて、先ほどまでの喧騒が嘘のように長閑な時間が流れていた。

「戻らなくていいのか?」
「あ、はい。自然の中を歩いているだけで落ち着けます。お戻りになられたいですか?」
「――いや、いい」
 
 頬に当たる春風や柔らかな陽の光が心地良くていつまでも歩いていたい気持ちにさせられた。

「あれ?」