***
天上界の皇子である凌雅より紗子が結婚を迫られてから数日が経過した。
紗子は全校生徒の前で凌雅から求婚されたことで、好奇と嫉妬の入り交じった視線を浴びながら、どこか教員からも遠巻きにされる学校生活を送っていた。
それでも寧々だけは前と変わらずに接してくれる。
休日の今日、紗子は凌雅に招かれ、下界に設けられた天上人専用の豪奢な滞在施設を訪れていた。
広々とした一室の机の上には目も眩むような品々がずらりと並べられている。
色彩豊かな宝石をあしらった様々な宝飾品に、繊細な刺繍が施されたワンピースやレースがふんだんにつかわれたドレスに上質に艶がのる反物。
どれも一目見ただけで高級品揃いだと紗子にもわかる。
「どうだ。気に入ったか?」
座り心地が良さそうな座椅子で足を組み、肩ひじをついて紗子を眺めていた凌雅が声をかけてきた。
「はい。どれも素敵なものばかりだと思います」
「そうか。ならば、全て紗子にやろう」
「……え?」
紗子は振り返って凌雅を見つめる。
「全て……ですか?」
「ああ。遠慮する必要はない」
「こんなにも、たくさんの高価なものをいただくわけにはいきません」
「――なぜだ」
凌雅は不思議そうに眉を寄せた。
どこまでも凌雅と紗子は価値観が違うらしい。
「紗子のために用意させたものだ。他に使い道もない」
「そういう問題ではなくて。かといって価格の問題でもないのですが……」
どれも素晴らしい宝石や衣装だ。
普通の人間なら贈られれば喜ぶのだろう。
ただ紗子は受け取ることに抵抗があった。
「凌雅様のお気持ちは嬉しいのですが、今はまだ……」
「俺と契りを交わした後ならいいのか?」
「そういう意味ではありません」
紗子が慌てて伝えると、凌雅の口許に愉悦が滲む。
「紗子にまだ見せたいものがある」
「え?」
「来い。今度こそ気にいるはずだ」
立ち上がった凌雅に手をとられ、部屋を出た。
建物の奥へと進んでいく。
ところどころに屈強そうな護衛が立っている。
天上人なのだろう。
下界の人間と纏う雰囲気が異なっていた。
施設内の安全対策は万全である。
中庭を抜けると、やがて硝子張りの建物が見えてきた。
「ここだ」
凌雅が扉を開く。
一面に広がった光景に紗子は思わず感嘆の吐息を漏らしていた。
「……すごい……」
薔薇が温室中へと咲き誇っている。
深紅、薄紅、白、黄色。
色とりどりの薔薇が幾重にも咲き誇り、芳しく甘い香りが温室へと満ちている。
硝子越しに降り注ぐ春の日差しを受けて、花弁が柔らかく輝いていた。
「綺麗……」
紗子は思わず目の前の光景に魅入ってしまった。
そんな紗子の様子に、凌雅は満足げに笑った。
「気に入ったか?」
「はい。とても美しいです」
「紗子のために選りすぐりの薔薇を集めさせた」
「私のため……ですか?」
「――ああ。下界中から取り寄せて、植え直させた」
紗子は驚愕して、もう一度、温室内を見渡した。
これほどの薔薇を集めるのに、いったいどれほどの手間がかかったというのだろうか。
「凌雅様。ありがとうございます」
「礼などいらない」
凌雅は何でもないことのように告げた。
紗子を喜ばせるためだけに、ここまでしてくれている。
その気持ちは素直に嬉しかった。
けれど、ふと別の気持ちが胸を過ぎる。
紗子はしゃがみ込んで足元の薔薇へと向き直った。
「凌雅様」
「どうした?」
「この薔薇たちは元々別の場所で、それぞれ咲いていたのですよね?」
「ああ」
「せっかく根差していたのに、急に違う土地へ移されて、薔薇が弱ったり困ったりはしていないでしょうか?」
凌雅からはすぐに返答がなかった。
「薔薇が困るとは、どういうことだ」
「いえ、あの、きちんと、こちらでお世話をされているのはわかるのですが、国中から薔薇を集めたとお聞きしたので、少し気になってしまって」
「紗子は薔薇のことを心配しているのか?」
「……はい」
しばらく凌雅は黙していた。
紗子は慌てて、立ち上がる。
「あの、申し訳ございません。せっかく私のために用意してくださったのに、余計なことを申し出てしまいまして……」
「――いや、また自分にはない考え方だと思っていただけだ」
凌雅は鋭い双眸を細めて、何か考え込んでいるようだった。
「――紗子。ひとつ聞いてもいいか」
「はい。何でしょうか?」
凌雅を見上げて、かち合った眼差しが余りにも真剣で、先に紗子の心音が大きく反応した。
天上界の皇子である凌雅より紗子が結婚を迫られてから数日が経過した。
紗子は全校生徒の前で凌雅から求婚されたことで、好奇と嫉妬の入り交じった視線を浴びながら、どこか教員からも遠巻きにされる学校生活を送っていた。
それでも寧々だけは前と変わらずに接してくれる。
休日の今日、紗子は凌雅に招かれ、下界に設けられた天上人専用の豪奢な滞在施設を訪れていた。
広々とした一室の机の上には目も眩むような品々がずらりと並べられている。
色彩豊かな宝石をあしらった様々な宝飾品に、繊細な刺繍が施されたワンピースやレースがふんだんにつかわれたドレスに上質に艶がのる反物。
どれも一目見ただけで高級品揃いだと紗子にもわかる。
「どうだ。気に入ったか?」
座り心地が良さそうな座椅子で足を組み、肩ひじをついて紗子を眺めていた凌雅が声をかけてきた。
「はい。どれも素敵なものばかりだと思います」
「そうか。ならば、全て紗子にやろう」
「……え?」
紗子は振り返って凌雅を見つめる。
「全て……ですか?」
「ああ。遠慮する必要はない」
「こんなにも、たくさんの高価なものをいただくわけにはいきません」
「――なぜだ」
凌雅は不思議そうに眉を寄せた。
どこまでも凌雅と紗子は価値観が違うらしい。
「紗子のために用意させたものだ。他に使い道もない」
「そういう問題ではなくて。かといって価格の問題でもないのですが……」
どれも素晴らしい宝石や衣装だ。
普通の人間なら贈られれば喜ぶのだろう。
ただ紗子は受け取ることに抵抗があった。
「凌雅様のお気持ちは嬉しいのですが、今はまだ……」
「俺と契りを交わした後ならいいのか?」
「そういう意味ではありません」
紗子が慌てて伝えると、凌雅の口許に愉悦が滲む。
「紗子にまだ見せたいものがある」
「え?」
「来い。今度こそ気にいるはずだ」
立ち上がった凌雅に手をとられ、部屋を出た。
建物の奥へと進んでいく。
ところどころに屈強そうな護衛が立っている。
天上人なのだろう。
下界の人間と纏う雰囲気が異なっていた。
施設内の安全対策は万全である。
中庭を抜けると、やがて硝子張りの建物が見えてきた。
「ここだ」
凌雅が扉を開く。
一面に広がった光景に紗子は思わず感嘆の吐息を漏らしていた。
「……すごい……」
薔薇が温室中へと咲き誇っている。
深紅、薄紅、白、黄色。
色とりどりの薔薇が幾重にも咲き誇り、芳しく甘い香りが温室へと満ちている。
硝子越しに降り注ぐ春の日差しを受けて、花弁が柔らかく輝いていた。
「綺麗……」
紗子は思わず目の前の光景に魅入ってしまった。
そんな紗子の様子に、凌雅は満足げに笑った。
「気に入ったか?」
「はい。とても美しいです」
「紗子のために選りすぐりの薔薇を集めさせた」
「私のため……ですか?」
「――ああ。下界中から取り寄せて、植え直させた」
紗子は驚愕して、もう一度、温室内を見渡した。
これほどの薔薇を集めるのに、いったいどれほどの手間がかかったというのだろうか。
「凌雅様。ありがとうございます」
「礼などいらない」
凌雅は何でもないことのように告げた。
紗子を喜ばせるためだけに、ここまでしてくれている。
その気持ちは素直に嬉しかった。
けれど、ふと別の気持ちが胸を過ぎる。
紗子はしゃがみ込んで足元の薔薇へと向き直った。
「凌雅様」
「どうした?」
「この薔薇たちは元々別の場所で、それぞれ咲いていたのですよね?」
「ああ」
「せっかく根差していたのに、急に違う土地へ移されて、薔薇が弱ったり困ったりはしていないでしょうか?」
凌雅からはすぐに返答がなかった。
「薔薇が困るとは、どういうことだ」
「いえ、あの、きちんと、こちらでお世話をされているのはわかるのですが、国中から薔薇を集めたとお聞きしたので、少し気になってしまって」
「紗子は薔薇のことを心配しているのか?」
「……はい」
しばらく凌雅は黙していた。
紗子は慌てて、立ち上がる。
「あの、申し訳ございません。せっかく私のために用意してくださったのに、余計なことを申し出てしまいまして……」
「――いや、また自分にはない考え方だと思っていただけだ」
凌雅は鋭い双眸を細めて、何か考え込んでいるようだった。
「――紗子。ひとつ聞いてもいいか」
「はい。何でしょうか?」
凌雅を見上げて、かち合った眼差しが余りにも真剣で、先に紗子の心音が大きく反応した。



