あちこちから浮き足立った声が聞こえてくる。
紗子は寧々に続いて、2年生の列にあった通路側の空席へと腰かけた。
程なくして壇上に教頭が姿を見せる。
「皆さん、静粛に」
さすが名門と謳われる天華の生徒だけあり、ぴたりとお喋りが止む。
教頭は厳かな口調で続けた。
「本日は天上界より大変に尊いお方を我が天華女学院へお迎えいたしました」
生徒たちが一斉に息を呑んだ。
「天帝の御子にして、皇太子殿下――凌雅親王殿下がいらっしゃっております」
講堂が悲鳴のようなどよめきで揺れる。
「天帝の若君にお目にかかれるの」
「天上界の皇子様がこちらに……」
寧々も驚いたようで隣から紗子の袖を引く。
規格を越えた貴賓来訪に講堂は熱狂の渦だ。
「すーちゃん。さっきの話……」
「本当だったんだね」
紗子は壇上へ目を向け続けていた。
――天帝の皇太子。
天上界の次期君主。
下界に暮らす人間にとっては、余りに高く遠い存在である。
「凌雅親王殿下。こちらへどうぞ」
教頭が最敬礼で頭を下げる。
壇上の奥から一人の青年が姿を現した。
下界の人間にも美しい男はいるが、目の前の皇太子はその遥か上をいく。
神々しいまでの美貌に、すらりとした長身を誂えたような洋装に包んでいる。
美しいが、女性的ではなく、凛々しく近寄り難いほどの気高さと存在感が漂っていた。
あれほど騒いでいた皆が脳髄まで痺れるような心地で、うっとりと天上界の皇子に見惚れている。
(あの方が天上界の皇太子殿下……)
下界の人間とは違うと理屈ではなく肌で感じた。
壇上に立った凌雅が鋭い眼差しで、ゆっくりと講堂内を見回していく。
皆が息を詰めて、天上界の次期君主になるであろう凌雅の一挙手一投足を見守っていた。
やがて、その視線が一点で留まる。
切れ長の双眸が僅かに見開かれた後、凌雅は口許に弧を描いた。
天上界の者とは、これほどまでに美しいのかと恍惚とさせる表情。
「――ようやく、会えた」
その低い呟きですら至高な甘美を齎す音色で。
凌雅は壇上から軽やかに降り立つ。
講堂に居並ぶ生徒たちから悲鳴のような歓声が飛び、誰もが凌雅の姿を目で追いかける。
教頭が慌てて声をかけた。
「殿下。いかがなさいましたか?」
生徒たちが着席する座席の間に設けらえた通路を周囲の喧騒など耳に入っていないかのように、凌雅は堂々と進んでいく。
その足取りに一切の迷いはない。
そこで、ようやく紗子は気が付いた。
凌雅が自分が座っている方角へと向かってきていて、その瞳の照準へと紗子が定められていることに。
(……え……?)
思わず周囲を見回す。
隣には寧々がいるし、近くには麗菜や名家の令嬢たちも並んでいる。
(……気のせい……よね)
座席の一番端に座っていた紗子の傍で凌雅は立ち止まった。
紗子が見上げると、凌雅と視線が重なる。
その冴え冴えとした眼差しには抗いがたい熱が宿っていた。
間近で見ると、ますます神が丹精を込めて彫り上げたかのような凌雅の美貌に息を呑む。
「日下部紗子。お前を迎えに来た」
天上界の皇子に、まさか自分の名前を呼ばれると思わず、紗子は凌雅を見上げたまま固まっていた。
周囲も何が起きているのかわからない様子で固唾を呑み凌雅と紗子を見守っている。
「――紗子。俺と結婚してほしい」
その瞬間、講堂内の音という音が喪失した。
誰も声を発しない。
紗子自身も、ただただ凌雅を見つめ返していることしか出来なかった。
(結婚……?)
「わ……私ですか?」
「ああ。俺の花嫁はお前以外に考えられない」
凌雅は即答した。
まるで、他の答えなどこの世に存在していないかのように。
講堂は、この日一番の爆発的なざわめきと、どよめきに包まれた。
「嘘でしょ……」
「どうして、よりによってザコなの」
「あの子、祓いの才能なんて、まるでない落ちこぼれなのよ」
紗子は今にも気絶しそうなほどの眩暈がしていた。
どうして自分が天帝の皇太子殿下に全校生徒が見ている中で求婚されているのか意味がわからない。
周囲の喧騒は止まることを知らないものの、凌雅は気にも留めていなかった。
「ここでは落ち着いて紗子と話も出来ない」
どこか苦々しげに凌雅が呟く。
「――来い。2人で話がしたい」
凌雅が紗子へと手を差し出してきた。
「え……、でも……」
「心配するな。話をするだけだ」
紗子は差し出された凌雅の手を、じっと眺めていた。
手の造形まで芸術品のように美しいのかと現実逃避のように思う。
(私はいったい何に巻き込まれているのだろう……)
「早く」
凌雅に急かされ、困惑したまま紗子は凌雅の手を取る。
思いのほか、温かい手に包まれた。
「――よし」
凌雅の美貌に、どことなく隠し切れない喜びが滲んでいる。
紗子は講堂中の視線に晒されながら、凌雅に手を引かれて歩き出した。
紗子は寧々に続いて、2年生の列にあった通路側の空席へと腰かけた。
程なくして壇上に教頭が姿を見せる。
「皆さん、静粛に」
さすが名門と謳われる天華の生徒だけあり、ぴたりとお喋りが止む。
教頭は厳かな口調で続けた。
「本日は天上界より大変に尊いお方を我が天華女学院へお迎えいたしました」
生徒たちが一斉に息を呑んだ。
「天帝の御子にして、皇太子殿下――凌雅親王殿下がいらっしゃっております」
講堂が悲鳴のようなどよめきで揺れる。
「天帝の若君にお目にかかれるの」
「天上界の皇子様がこちらに……」
寧々も驚いたようで隣から紗子の袖を引く。
規格を越えた貴賓来訪に講堂は熱狂の渦だ。
「すーちゃん。さっきの話……」
「本当だったんだね」
紗子は壇上へ目を向け続けていた。
――天帝の皇太子。
天上界の次期君主。
下界に暮らす人間にとっては、余りに高く遠い存在である。
「凌雅親王殿下。こちらへどうぞ」
教頭が最敬礼で頭を下げる。
壇上の奥から一人の青年が姿を現した。
下界の人間にも美しい男はいるが、目の前の皇太子はその遥か上をいく。
神々しいまでの美貌に、すらりとした長身を誂えたような洋装に包んでいる。
美しいが、女性的ではなく、凛々しく近寄り難いほどの気高さと存在感が漂っていた。
あれほど騒いでいた皆が脳髄まで痺れるような心地で、うっとりと天上界の皇子に見惚れている。
(あの方が天上界の皇太子殿下……)
下界の人間とは違うと理屈ではなく肌で感じた。
壇上に立った凌雅が鋭い眼差しで、ゆっくりと講堂内を見回していく。
皆が息を詰めて、天上界の次期君主になるであろう凌雅の一挙手一投足を見守っていた。
やがて、その視線が一点で留まる。
切れ長の双眸が僅かに見開かれた後、凌雅は口許に弧を描いた。
天上界の者とは、これほどまでに美しいのかと恍惚とさせる表情。
「――ようやく、会えた」
その低い呟きですら至高な甘美を齎す音色で。
凌雅は壇上から軽やかに降り立つ。
講堂に居並ぶ生徒たちから悲鳴のような歓声が飛び、誰もが凌雅の姿を目で追いかける。
教頭が慌てて声をかけた。
「殿下。いかがなさいましたか?」
生徒たちが着席する座席の間に設けらえた通路を周囲の喧騒など耳に入っていないかのように、凌雅は堂々と進んでいく。
その足取りに一切の迷いはない。
そこで、ようやく紗子は気が付いた。
凌雅が自分が座っている方角へと向かってきていて、その瞳の照準へと紗子が定められていることに。
(……え……?)
思わず周囲を見回す。
隣には寧々がいるし、近くには麗菜や名家の令嬢たちも並んでいる。
(……気のせい……よね)
座席の一番端に座っていた紗子の傍で凌雅は立ち止まった。
紗子が見上げると、凌雅と視線が重なる。
その冴え冴えとした眼差しには抗いがたい熱が宿っていた。
間近で見ると、ますます神が丹精を込めて彫り上げたかのような凌雅の美貌に息を呑む。
「日下部紗子。お前を迎えに来た」
天上界の皇子に、まさか自分の名前を呼ばれると思わず、紗子は凌雅を見上げたまま固まっていた。
周囲も何が起きているのかわからない様子で固唾を呑み凌雅と紗子を見守っている。
「――紗子。俺と結婚してほしい」
その瞬間、講堂内の音という音が喪失した。
誰も声を発しない。
紗子自身も、ただただ凌雅を見つめ返していることしか出来なかった。
(結婚……?)
「わ……私ですか?」
「ああ。俺の花嫁はお前以外に考えられない」
凌雅は即答した。
まるで、他の答えなどこの世に存在していないかのように。
講堂は、この日一番の爆発的なざわめきと、どよめきに包まれた。
「嘘でしょ……」
「どうして、よりによってザコなの」
「あの子、祓いの才能なんて、まるでない落ちこぼれなのよ」
紗子は今にも気絶しそうなほどの眩暈がしていた。
どうして自分が天帝の皇太子殿下に全校生徒が見ている中で求婚されているのか意味がわからない。
周囲の喧騒は止まることを知らないものの、凌雅は気にも留めていなかった。
「ここでは落ち着いて紗子と話も出来ない」
どこか苦々しげに凌雅が呟く。
「――来い。2人で話がしたい」
凌雅が紗子へと手を差し出してきた。
「え……、でも……」
「心配するな。話をするだけだ」
紗子は差し出された凌雅の手を、じっと眺めていた。
手の造形まで芸術品のように美しいのかと現実逃避のように思う。
(私はいったい何に巻き込まれているのだろう……)
「早く」
凌雅に急かされ、困惑したまま紗子は凌雅の手を取る。
思いのほか、温かい手に包まれた。
「――よし」
凌雅の美貌に、どことなく隠し切れない喜びが滲んでいる。
紗子は講堂中の視線に晒されながら、凌雅に手を引かれて歩き出した。



