麗菜と取り巻きたちは笑いながら実技場を出て行った。
広い実技場には、いつしか誰の姿もなくなっており紗子と散らばった札のみが残される。
紗子は小さく息を吐いてから膝を曲げ、一枚また一枚と床へと散らばった札を拾い集めていく。
惨めが過ぎて、視界が滲んできた。
(どうして祓いがいつまでも上達しないのだろう……)
紗子の亡くなった母親はこの学園を首席で卒業している。
しかし紗子には母の異能の才は受け継がれなかったようだ。
祖母も亡くなり、身寄りを完全に失った紗子のために母親の恩師の口添えもあって、天華の試験を受け、給費制度を利用して入学できたのだが、座学は優秀でも異能実技は最下位から上がれたことはなかった。
「すーちゃん」
ふと聞き慣れた声がした。
入り口に立っていたのは同級の寧々だった。
「寧々ちゃん、まだ残っていたの?」
「すーちゃんの姿が見えないから戻ってきたの。派手に散らかっているわね。また麗菜さん?」
「……うん。まあ……」
「ひどいことするわね。私もすーちゃんを手伝うわ」
「でも、寧々ちゃんまで巻き込んじゃうから……」
「二人でやったほうが早いでしょ。ちゃっちゃと終わらせちゃおう」
寧々は紗子に人懐っこい笑みを向けた。
明るく朗らかで誰に対しても分け隔てなく接している同窓の寧々。
それは入学当初から学園内で蔑まれる紗子に対しても例外ではなかった。
寧々だけは紗子へ親切にしてくれる。
零れ落ちそうになっていた涙を紗子は制服の袖で拭った。
(私の味方は寧々ちゃんだけ……)
「ありがとう。寧々ちゃん」
「すーちゃんのお友達なんだから当たり前でしょう」
紗子と寧々は実技場に散らばる札を拾っていく。
「ねえ、すーちゃん。聞いた?」
「何を?」
「天上界の皇太子殿下が花嫁をお探しになっていて、近々下界へお越しになるらしいわ」
紗子もそれは聞いていたし、学園中がその話で持ち切りなのも知っていた。
天上界は天帝を頂点とする君主制で統一されており、次期君主となるであろう第一皇子が二十歳の成人になられ、下界へ降り立つと。
殿下が下界で人間の花嫁を探すのなら、この女学院に目を向けるのではないかと、生徒たちは期待を膨らませていた。
天上人が人間の花嫁を迎える義務はないが、天上人と人間の掛け合わせにより、子に優れた資質が受け継がれることを期待したり、かつて天上界の混乱を鎮めたという伝説の人間女性もいたことから、人間の花嫁を希望する天上人も多い。
天上人の女が人間界の女と比較すると、体格からして屈強の傾向があり、単純に好みの問題もあると聞く。
しかし、天上界の皇子など、まさに雲の上の存在で、紗子には時事情報として以外の関心は向かなかった。
「すーちゃんは全く興味がなさそうね」
「私には関係のない話だもの」
「どうして? 殿下に見初められれば、天帝の妃になれるかもしれないのよ。この上ない誉れだわ」
「私が選ばれることなんてないよ。祓いの力も学園で一番弱いもの。それに卒業したら働いて自活するって決めているから」
紗子は祖母と母の遺してくれた僅かばかりの遺産と小さな家で一人質素に生活している。
自分が夢を見られる立場でないことくらい、わかりきっていた。
「給費生でもあるし、きちんとこの学園で学業を修めて卒業しないと。それだけが私の目標」
「すーちゃんは真面目ね」
「現実的なだけだよ」
「少しくらいは夢見たっていいじゃない。天上界の皇太子殿下に見初められたら、いちやく姫になれるのよ。こんな幸せないわ」
寧々は落ちていた最後の札を拾い上げると端を合わせて、紗子の手元に重ねた。
「ありがとう、寧々ちゃん。助かったわ」
「お友達なんだから当たり前でしょ」
寧々の微笑に紗子も笑みで返す。
何かにつけて肩身の狭い思いをしている紗子の学園生活だが、寧々が居てくれる。
それだけで紗子は心強く、感謝を噛みしめた。
その時、慌ただしい足音が実技場の外から聞こえてくる。
「大変よ! 寧々ちゃん」
同窓の女生徒が入り口から顔を覗かせた。
「緊急の全校集会が開かれるから、講堂に集まりなさいって。先生方も大慌てでご準備なさっているわ」
「緊急? 何かあったの?」
「大切なお客様がいらっしゃるそうよ」
女生徒はそれだけ告げると、走り去ってしまう。
「珍しいこともあるのね。ねえ、すーちゃん。大切なお客様ってどなたなのかしら?」
「どうなのかな?」
「とりあえず、急ぎましょ。遅れたら私たちが叱られてしまうわ」
「うん」
2人は集めた授業用の祓札を所定の場所に戻すと、実技場を後にした。
渡り廊下を照らす春の日差しが、明るく照り返してきている。
講堂へ足を踏み入れると、すでに全校生徒がほぼ集まって席を埋め尽くしており、ざわめきに満ちていた。
「緊急全校集会なんで、いったい、どなたがいらっしゃるのかしら?」
「きっと、天上界の方よ」
「もしかして、話題の次期天帝でいらっしゃる……」
広い実技場には、いつしか誰の姿もなくなっており紗子と散らばった札のみが残される。
紗子は小さく息を吐いてから膝を曲げ、一枚また一枚と床へと散らばった札を拾い集めていく。
惨めが過ぎて、視界が滲んできた。
(どうして祓いがいつまでも上達しないのだろう……)
紗子の亡くなった母親はこの学園を首席で卒業している。
しかし紗子には母の異能の才は受け継がれなかったようだ。
祖母も亡くなり、身寄りを完全に失った紗子のために母親の恩師の口添えもあって、天華の試験を受け、給費制度を利用して入学できたのだが、座学は優秀でも異能実技は最下位から上がれたことはなかった。
「すーちゃん」
ふと聞き慣れた声がした。
入り口に立っていたのは同級の寧々だった。
「寧々ちゃん、まだ残っていたの?」
「すーちゃんの姿が見えないから戻ってきたの。派手に散らかっているわね。また麗菜さん?」
「……うん。まあ……」
「ひどいことするわね。私もすーちゃんを手伝うわ」
「でも、寧々ちゃんまで巻き込んじゃうから……」
「二人でやったほうが早いでしょ。ちゃっちゃと終わらせちゃおう」
寧々は紗子に人懐っこい笑みを向けた。
明るく朗らかで誰に対しても分け隔てなく接している同窓の寧々。
それは入学当初から学園内で蔑まれる紗子に対しても例外ではなかった。
寧々だけは紗子へ親切にしてくれる。
零れ落ちそうになっていた涙を紗子は制服の袖で拭った。
(私の味方は寧々ちゃんだけ……)
「ありがとう。寧々ちゃん」
「すーちゃんのお友達なんだから当たり前でしょう」
紗子と寧々は実技場に散らばる札を拾っていく。
「ねえ、すーちゃん。聞いた?」
「何を?」
「天上界の皇太子殿下が花嫁をお探しになっていて、近々下界へお越しになるらしいわ」
紗子もそれは聞いていたし、学園中がその話で持ち切りなのも知っていた。
天上界は天帝を頂点とする君主制で統一されており、次期君主となるであろう第一皇子が二十歳の成人になられ、下界へ降り立つと。
殿下が下界で人間の花嫁を探すのなら、この女学院に目を向けるのではないかと、生徒たちは期待を膨らませていた。
天上人が人間の花嫁を迎える義務はないが、天上人と人間の掛け合わせにより、子に優れた資質が受け継がれることを期待したり、かつて天上界の混乱を鎮めたという伝説の人間女性もいたことから、人間の花嫁を希望する天上人も多い。
天上人の女が人間界の女と比較すると、体格からして屈強の傾向があり、単純に好みの問題もあると聞く。
しかし、天上界の皇子など、まさに雲の上の存在で、紗子には時事情報として以外の関心は向かなかった。
「すーちゃんは全く興味がなさそうね」
「私には関係のない話だもの」
「どうして? 殿下に見初められれば、天帝の妃になれるかもしれないのよ。この上ない誉れだわ」
「私が選ばれることなんてないよ。祓いの力も学園で一番弱いもの。それに卒業したら働いて自活するって決めているから」
紗子は祖母と母の遺してくれた僅かばかりの遺産と小さな家で一人質素に生活している。
自分が夢を見られる立場でないことくらい、わかりきっていた。
「給費生でもあるし、きちんとこの学園で学業を修めて卒業しないと。それだけが私の目標」
「すーちゃんは真面目ね」
「現実的なだけだよ」
「少しくらいは夢見たっていいじゃない。天上界の皇太子殿下に見初められたら、いちやく姫になれるのよ。こんな幸せないわ」
寧々は落ちていた最後の札を拾い上げると端を合わせて、紗子の手元に重ねた。
「ありがとう、寧々ちゃん。助かったわ」
「お友達なんだから当たり前でしょ」
寧々の微笑に紗子も笑みで返す。
何かにつけて肩身の狭い思いをしている紗子の学園生活だが、寧々が居てくれる。
それだけで紗子は心強く、感謝を噛みしめた。
その時、慌ただしい足音が実技場の外から聞こえてくる。
「大変よ! 寧々ちゃん」
同窓の女生徒が入り口から顔を覗かせた。
「緊急の全校集会が開かれるから、講堂に集まりなさいって。先生方も大慌てでご準備なさっているわ」
「緊急? 何かあったの?」
「大切なお客様がいらっしゃるそうよ」
女生徒はそれだけ告げると、走り去ってしまう。
「珍しいこともあるのね。ねえ、すーちゃん。大切なお客様ってどなたなのかしら?」
「どうなのかな?」
「とりあえず、急ぎましょ。遅れたら私たちが叱られてしまうわ」
「うん」
2人は集めた授業用の祓札を所定の場所に戻すと、実技場を後にした。
渡り廊下を照らす春の日差しが、明るく照り返してきている。
講堂へ足を踏み入れると、すでに全校生徒がほぼ集まって席を埋め尽くしており、ざわめきに満ちていた。
「緊急全校集会なんで、いったい、どなたがいらっしゃるのかしら?」
「きっと、天上界の方よ」
「もしかして、話題の次期天帝でいらっしゃる……」



