この世には、天上界と下界が存在している。
天帝が治める天上界には、人間を遥かに凌ぐ力と美しい外貌を持つ天上人が暮らしていた。
一方、下界は人間たちの住まう世界。
互いの世界は独立しており、干渉し合うことはなかったが、かつて下界を襲った呪見が齎した大厄災を天上人が救ったことをきっかけとして、下界へ姿を現すようになっていく。
以来、天上人は下界の中枢へと進出し、絶大な影響力と権威を誇るようになっていた。
***
春のうららかな日差しが実技場の高い窓から差し込んでいる。
今は2学年による祓いの実践授業が行われていた。
「次、月影麗菜」
「はい」
教員に名を呼ばれ、一人の女生徒が中央へと進み出た。
名家の子女が集う学園内でも、月影財閥の影響力は抜きん出ており、麗菜は成績も優秀である。
「麗菜。皆に見本を見せてあげなさい」
「はい。かしこまりました」
麗菜が祓札を指の間に構えると、淡い光がその表面に宿る。
次の瞬間、呪見を模した白い擬似呪見が光に包まれた。
呪見とは人間の憎悪、嫉妬、怨念などの負の感情が具現化したと云われる怪物の総称。
光が消えた後、疑似呪見の色が黒に変われば、正しく祓いが出来た証。
白のままなら、失敗だ。
麗菜の祓いは当然のごとく、疑似呪見を真っ黒に変化させた。
「相変わらず、見事な腕前ね。麗菜」
「ありがとうございます」
麗菜は教員へと優雅に一礼して見せた。
「さすが麗菜様ですわ」
「あれほどの祓いの実力者ですから、天上人の方々にも見染められるでしょうね」
感嘆の声が飛び交う中、同級が並び座っている自分の場所へ颯爽と戻っていく麗菜。
天華女学院は名家の子女が多く通う、かつて天上人が設立に関わった由緒正しき学び舎である。
3年間の学校生活で、一般教養や礼儀作法に加え、人々を脅かす呪見を祓うための技術の会得を目指す。
卒業生には天上人の花嫁も多数輩出しており、下界の人間にとって、天華に在学しているだけで名誉とされ、羨望の的。
学業の優秀さはもちろんのこと、一定以上の異能の才を証明できなければ入学試験に合格できない。
生まれ持った資質によって祓いの力は大きく左右される。
努力によって祓札の扱い方を磨くことはできても、誰もが麗菜のような力を得られるわけではない。
いわば麗菜は天華の頂点に君臨する女王様であった。
「次。日下部紗子」
「……はい」
紗子は女生徒たちが三角座りで整列している中で起立した。
「出たよ。ザコ」
「ザコ、早く行けよ」
「どうせ出来ないと思うけど」
教員の耳に届かぬような声量で同窓の面々から紗子へと辛辣な声が飛んでくる。
“ザコ” ――それは、紗子の天華での蔑称だった。
名前の漢字からもじられているだけではない。
中央へと歩み出ながら、紗子の祓札を持つ手に力がこもる。
(大丈夫……。昨日も遅くまで練習した……)
紗子は立ち止まり、対面に位置する疑似呪見を見据える。
今は真っ白のそれを見つめてから、静かに呼吸を調え、人差し指と中指で挟んだ祓札に意識を集中させた。
札へと微かな光が灯る。
頼りなく光は揺れながら標的へと伸び、麗菜の時とは違い、到達する前に儚く消えてしまった。
疑似呪見は当然に白いまま。
紗子は肩を落とす。
「はい。そこまで」
教員の声が届く。
「紗子はせめて祓いの力が呪見に届くところまでは頑張りましょうね。次は期待しています」
「はい。ご指導ありがとうございました」
紗子は教員に一礼して、自分が元いた位置に戻った。
「何この無駄な時間」
「ほんっと、ザコはザコよね」
同級生からの辛辣な言葉が紗子の鼓膜を叩く。
悔しくないわけではない。
けれど、紗子は言い返すことはできない。
紗子は入学試験で学問の成績が認められ、給費生として入学を許された。
異能が全くないわけではなく、祓いの試験でも必要な合格基準は満たしている。
けれども、入学以降、祓いの能力は最底辺に位置し続けていた。
いわば異能者としては落ちこぼれである。
(私にもっと祓いの才能があったら……)
授業が終わり、生徒たちは連れ立って実技場を出ていった。
「ねぇ、ザコ」
後ろから声がして紗子は足を止めて振り返る。
紗子へと声をかけてきたのは麗菜と取り巻きたちだ。
「いつまで経っても祓いが上達しないんだから、退学でもしたら?」
「いくら学問が優秀でも、肝心の祓いがあれじゃあね」
「ザコは私たちを笑わそうと思ってるの?」
「……いえ、私は真剣にやっています」
「この学園に、あなたみたいな貧しい無能は目障りだって言っていますのよ。ザコさん」
麗菜は、まとめられていた授業用の祓札を実技場中へと舞わす。
数十枚ある札は宙を浮遊した後、実技場の床へとひらりひらり散らばった。
「あら、嫌だわ。手が滑ってしまったみたい」
麗菜はほくそ笑みながら、紗子へと目を向けた。
「ザコさん。回収しておいてくださる?」
「私が、ですか?」
「ちっともザコさんは役に立っていないのだから、このくらいは私たちに貢献してもよろしいんじゃないかしら」
「ザコ。やっておけよ」
「おねがーい」
天帝が治める天上界には、人間を遥かに凌ぐ力と美しい外貌を持つ天上人が暮らしていた。
一方、下界は人間たちの住まう世界。
互いの世界は独立しており、干渉し合うことはなかったが、かつて下界を襲った呪見が齎した大厄災を天上人が救ったことをきっかけとして、下界へ姿を現すようになっていく。
以来、天上人は下界の中枢へと進出し、絶大な影響力と権威を誇るようになっていた。
***
春のうららかな日差しが実技場の高い窓から差し込んでいる。
今は2学年による祓いの実践授業が行われていた。
「次、月影麗菜」
「はい」
教員に名を呼ばれ、一人の女生徒が中央へと進み出た。
名家の子女が集う学園内でも、月影財閥の影響力は抜きん出ており、麗菜は成績も優秀である。
「麗菜。皆に見本を見せてあげなさい」
「はい。かしこまりました」
麗菜が祓札を指の間に構えると、淡い光がその表面に宿る。
次の瞬間、呪見を模した白い擬似呪見が光に包まれた。
呪見とは人間の憎悪、嫉妬、怨念などの負の感情が具現化したと云われる怪物の総称。
光が消えた後、疑似呪見の色が黒に変われば、正しく祓いが出来た証。
白のままなら、失敗だ。
麗菜の祓いは当然のごとく、疑似呪見を真っ黒に変化させた。
「相変わらず、見事な腕前ね。麗菜」
「ありがとうございます」
麗菜は教員へと優雅に一礼して見せた。
「さすが麗菜様ですわ」
「あれほどの祓いの実力者ですから、天上人の方々にも見染められるでしょうね」
感嘆の声が飛び交う中、同級が並び座っている自分の場所へ颯爽と戻っていく麗菜。
天華女学院は名家の子女が多く通う、かつて天上人が設立に関わった由緒正しき学び舎である。
3年間の学校生活で、一般教養や礼儀作法に加え、人々を脅かす呪見を祓うための技術の会得を目指す。
卒業生には天上人の花嫁も多数輩出しており、下界の人間にとって、天華に在学しているだけで名誉とされ、羨望の的。
学業の優秀さはもちろんのこと、一定以上の異能の才を証明できなければ入学試験に合格できない。
生まれ持った資質によって祓いの力は大きく左右される。
努力によって祓札の扱い方を磨くことはできても、誰もが麗菜のような力を得られるわけではない。
いわば麗菜は天華の頂点に君臨する女王様であった。
「次。日下部紗子」
「……はい」
紗子は女生徒たちが三角座りで整列している中で起立した。
「出たよ。ザコ」
「ザコ、早く行けよ」
「どうせ出来ないと思うけど」
教員の耳に届かぬような声量で同窓の面々から紗子へと辛辣な声が飛んでくる。
“ザコ” ――それは、紗子の天華での蔑称だった。
名前の漢字からもじられているだけではない。
中央へと歩み出ながら、紗子の祓札を持つ手に力がこもる。
(大丈夫……。昨日も遅くまで練習した……)
紗子は立ち止まり、対面に位置する疑似呪見を見据える。
今は真っ白のそれを見つめてから、静かに呼吸を調え、人差し指と中指で挟んだ祓札に意識を集中させた。
札へと微かな光が灯る。
頼りなく光は揺れながら標的へと伸び、麗菜の時とは違い、到達する前に儚く消えてしまった。
疑似呪見は当然に白いまま。
紗子は肩を落とす。
「はい。そこまで」
教員の声が届く。
「紗子はせめて祓いの力が呪見に届くところまでは頑張りましょうね。次は期待しています」
「はい。ご指導ありがとうございました」
紗子は教員に一礼して、自分が元いた位置に戻った。
「何この無駄な時間」
「ほんっと、ザコはザコよね」
同級生からの辛辣な言葉が紗子の鼓膜を叩く。
悔しくないわけではない。
けれど、紗子は言い返すことはできない。
紗子は入学試験で学問の成績が認められ、給費生として入学を許された。
異能が全くないわけではなく、祓いの試験でも必要な合格基準は満たしている。
けれども、入学以降、祓いの能力は最底辺に位置し続けていた。
いわば異能者としては落ちこぼれである。
(私にもっと祓いの才能があったら……)
授業が終わり、生徒たちは連れ立って実技場を出ていった。
「ねぇ、ザコ」
後ろから声がして紗子は足を止めて振り返る。
紗子へと声をかけてきたのは麗菜と取り巻きたちだ。
「いつまで経っても祓いが上達しないんだから、退学でもしたら?」
「いくら学問が優秀でも、肝心の祓いがあれじゃあね」
「ザコは私たちを笑わそうと思ってるの?」
「……いえ、私は真剣にやっています」
「この学園に、あなたみたいな貧しい無能は目障りだって言っていますのよ。ザコさん」
麗菜は、まとめられていた授業用の祓札を実技場中へと舞わす。
数十枚ある札は宙を浮遊した後、実技場の床へとひらりひらり散らばった。
「あら、嫌だわ。手が滑ってしまったみたい」
麗菜はほくそ笑みながら、紗子へと目を向けた。
「ザコさん。回収しておいてくださる?」
「私が、ですか?」
「ちっともザコさんは役に立っていないのだから、このくらいは私たちに貢献してもよろしいんじゃないかしら」
「ザコ。やっておけよ」
「おねがーい」



