燈香の流れるような仕事を目の当たりにして蓮華が感心しているうちに片付けも終わり、ふたたびひとりになった。
「すさまじい手際だったわ……」
見事な職人技だったと呆気に取られていると、戸が開く音がする。
燈香だろうか。ちょうどよかったと蓮華は立ち上がった。
胸元があらわになりすぎていると気づいて、直してもらいたかったのだ。
しかし、入ってきた人物を見て息が止まった。
艶やかな黒髪をさらりと揺らす背の高い男性。
切れ長の涼しげな目元に微笑を浮かべる麗しいかんばせは、静かな月光を思わせた。
「蒼月様……?」
「蓮華、久しぶり」
十年前とはちがう低い声で名を呼ばれて、蓮華は胸を震わせる。
記憶に残る蒼月は、少女のような甲高い声だったというのに。
(感慨に浸っている場合ではないわ)
大人になった蒼月の男らしさと色香にあてられそうになる己を叱咤して、抱拳礼の姿勢をとった。
「ご即位おめでとうございます。柳蓮華、皇帝陛下の要請により馳せ参じました」
蒼月がフッと笑った。
「鈴蘭宮は気に入ってくれただろうか?」
「はい、ありがとうございます。あの時いただいた鈴蘭を思い出しました」
「覚えていたのか」
もちろんだと蓮華が頷くと、蒼月はうれしそうに目を細める。
ここでハッとした様子で、蓮華が己の襟元を掴んだ。
「このような格好で申し訳ございません。なにか手違いがあったようで……」
蓮華は、まるで妃嬪のような装いの自分が恥ずかしくてたまらない。
痩身であるわりに豊かなふくらみを持つ蓮華の胸元を、あえて強調するような着付けになっている。
「ん? とても可愛いと思うけど」
蒼月が大きな手を蓮華の両肩に置く。
生地が薄いせいか、触られている肩から熱が伝わってくる。
「でもこれでは、蒼月様をお守りできません」
こんなにヒラヒラした襦裙では暴れられない。しかも高価そうだからたちが悪い。
破きでもしたら、また女官長が顔を顰めるだろう。
蓮華は真面目な話をしているというのに、蒼月はプハッと笑った。
「蓮華、これからは俺がおまえを守る。そのために呼んだのだよ?」
肩を揺らして笑う仕草は十年前のままだ。
(蒼月様は相変わらず笑い上戸なのね)
すっかり大人の男性になってしまった蒼月に面食らっていた蓮華だったが、変わらぬ部分を見つけてホッとした。
「大丈夫です。わたしは、ものすごく強いのですよ?」
力こぶを作る真似をすると、蒼月がさらに笑った。
「どうやら誤解があるようだな。夜は長い、ゆっくり話そう」
蓮華は蒼月に手を引かれて長椅子に腰かけた。
傍らの酒台には、金色の酒壺と白磁の盃のほかにライチや小ぶりの菓子が可愛らしく盛られている。
燈香が気を利かせて用意してくれたのだろう。
「御父上からはどう言われてここへ?」
「後宮で蒼月様に誠心誠意お仕えする気はあるかと尋ねられました」
蒼月から父のもとへ手紙が届き、そう言われた。だから蓮華はふたつ返事で了承した。
ようやく蒼月を守る役目を与えられたのだと誇らしく思いながら。
「なるほど……」
蒼月は思案するように長い指をあごにあてがう。
蓮華が壺の栓を抜くと、芳醇な酒の香りがふわりと漂った。酒のことはさっぱりわからないが、皇帝陛下に振る舞うのだから高級品なのだろう。
とくとくと盃に注ぎ蒼月に手渡した。
「つまり、俺の護衛だと誤解したままここへ来たというわけか」
「ちがうのですか?」
村からは、ほぼ五年おきに後宮内の警備を担当する娘が派遣されている。前回はちょうど五年前だった。
蒼月が盃を傾けると、喉ぼとけがこくっと上下する。
「俺はね、蓮華に嫁いできてもらいたかったのだよ」
「嫁ぐ……それではまるで……」
蓮華が言い淀んだ言葉の続きを蒼月が発した。
「俺の妃になってほしい。ここへ来たからには、もう逃がさないけどね」
蒼月の目がいたずらっぽく光る。
酒の強い香りのせいだろうか。くらりとして蓮華の体が傾いだ。
蒼月の手が伸びて、そんな蓮華の肩を優しく抱いた。
「蓮華の気持ちが追い付くまで待つ。十年待ったのだから、いくらでも待てる」
蓮華の心臓は、これまで経験したことないほどにドキドキしている。
どう返答すればいいかわからず口をはくはくさせる蓮華を、蒼月は愛おしそうに笑って眺めた。
蓮華は動揺したまま彼の頭上を見つめる。
そこには十年前と変わらず【零】の数字が浮かんでいた。
「すさまじい手際だったわ……」
見事な職人技だったと呆気に取られていると、戸が開く音がする。
燈香だろうか。ちょうどよかったと蓮華は立ち上がった。
胸元があらわになりすぎていると気づいて、直してもらいたかったのだ。
しかし、入ってきた人物を見て息が止まった。
艶やかな黒髪をさらりと揺らす背の高い男性。
切れ長の涼しげな目元に微笑を浮かべる麗しいかんばせは、静かな月光を思わせた。
「蒼月様……?」
「蓮華、久しぶり」
十年前とはちがう低い声で名を呼ばれて、蓮華は胸を震わせる。
記憶に残る蒼月は、少女のような甲高い声だったというのに。
(感慨に浸っている場合ではないわ)
大人になった蒼月の男らしさと色香にあてられそうになる己を叱咤して、抱拳礼の姿勢をとった。
「ご即位おめでとうございます。柳蓮華、皇帝陛下の要請により馳せ参じました」
蒼月がフッと笑った。
「鈴蘭宮は気に入ってくれただろうか?」
「はい、ありがとうございます。あの時いただいた鈴蘭を思い出しました」
「覚えていたのか」
もちろんだと蓮華が頷くと、蒼月はうれしそうに目を細める。
ここでハッとした様子で、蓮華が己の襟元を掴んだ。
「このような格好で申し訳ございません。なにか手違いがあったようで……」
蓮華は、まるで妃嬪のような装いの自分が恥ずかしくてたまらない。
痩身であるわりに豊かなふくらみを持つ蓮華の胸元を、あえて強調するような着付けになっている。
「ん? とても可愛いと思うけど」
蒼月が大きな手を蓮華の両肩に置く。
生地が薄いせいか、触られている肩から熱が伝わってくる。
「でもこれでは、蒼月様をお守りできません」
こんなにヒラヒラした襦裙では暴れられない。しかも高価そうだからたちが悪い。
破きでもしたら、また女官長が顔を顰めるだろう。
蓮華は真面目な話をしているというのに、蒼月はプハッと笑った。
「蓮華、これからは俺がおまえを守る。そのために呼んだのだよ?」
肩を揺らして笑う仕草は十年前のままだ。
(蒼月様は相変わらず笑い上戸なのね)
すっかり大人の男性になってしまった蒼月に面食らっていた蓮華だったが、変わらぬ部分を見つけてホッとした。
「大丈夫です。わたしは、ものすごく強いのですよ?」
力こぶを作る真似をすると、蒼月がさらに笑った。
「どうやら誤解があるようだな。夜は長い、ゆっくり話そう」
蓮華は蒼月に手を引かれて長椅子に腰かけた。
傍らの酒台には、金色の酒壺と白磁の盃のほかにライチや小ぶりの菓子が可愛らしく盛られている。
燈香が気を利かせて用意してくれたのだろう。
「御父上からはどう言われてここへ?」
「後宮で蒼月様に誠心誠意お仕えする気はあるかと尋ねられました」
蒼月から父のもとへ手紙が届き、そう言われた。だから蓮華はふたつ返事で了承した。
ようやく蒼月を守る役目を与えられたのだと誇らしく思いながら。
「なるほど……」
蒼月は思案するように長い指をあごにあてがう。
蓮華が壺の栓を抜くと、芳醇な酒の香りがふわりと漂った。酒のことはさっぱりわからないが、皇帝陛下に振る舞うのだから高級品なのだろう。
とくとくと盃に注ぎ蒼月に手渡した。
「つまり、俺の護衛だと誤解したままここへ来たというわけか」
「ちがうのですか?」
村からは、ほぼ五年おきに後宮内の警備を担当する娘が派遣されている。前回はちょうど五年前だった。
蒼月が盃を傾けると、喉ぼとけがこくっと上下する。
「俺はね、蓮華に嫁いできてもらいたかったのだよ」
「嫁ぐ……それではまるで……」
蓮華が言い淀んだ言葉の続きを蒼月が発した。
「俺の妃になってほしい。ここへ来たからには、もう逃がさないけどね」
蒼月の目がいたずらっぽく光る。
酒の強い香りのせいだろうか。くらりとして蓮華の体が傾いだ。
蒼月の手が伸びて、そんな蓮華の肩を優しく抱いた。
「蓮華の気持ちが追い付くまで待つ。十年待ったのだから、いくらでも待てる」
蓮華の心臓は、これまで経験したことないほどにドキドキしている。
どう返答すればいいかわからず口をはくはくさせる蓮華を、蒼月は愛おしそうに笑って眺めた。
蓮華は動揺したまま彼の頭上を見つめる。
そこには十年前と変わらず【零】の数字が浮かんでいた。



