雪華が安堵の表情で氷を溶かす。
笑い合う姑獲鳥と少女を見守り、良夜も密かに胸を撫でおろした。
「さて。烏丸はあの子と先に戻れ。無事に父親のもとへ帰すんだ」
「はっ。雪女の処遇は、どうなさいますか?」
「彼女は……」
言い掛けて、不意に良夜の足もとに転がった雪の塊に口を閉じる。それは二個、三個と続々と増えた。
次いで地響きに似た雪が滑る音が鳴る。全員が一様に山の上部を見やった。斜面を覆う雪に大きな裂け目があった。
雪崩の前兆だ。
真っ先に雪華が動いた。能力を使って雪崩の経路に障壁を作る。
「あれは里まで届きます! わたしが時間を稼ぎます、その間に里の雪崩防護結界の作動を!」
「僕も雪崩を削って被害を抑える! 烏丸は戻って結界を頼むッ‼」
「えっ⁉」
驚愕する雪華の隣に並んだ良夜は、あるだけ結界符を飛ばした。
結界が閉じる前に姑獲鳥が少女を抱えて空から逃げる。烏丸も迷いなく羽ばたき、あっという間に見えなくなった。
その直後、ついに雪崩が起きた。雪の大波が障壁を破壊して迫りくる。
「不躾ながら申し上げます……!」
雪華が苛立ちを滲ませ声をあげる。彼女の視線は横の良夜に注がれていた。
「あなた様では力不足です! ですからお逃げください‼」
「あははっ。……やっぱり気づいたかぁ。僕が、まだ霊力を制御できない半端者だって」
あっけらかんと良夜は笑った。
術の発動や威力の加減には制御が必要だが、良夜は生まれ持った霊力が多い分、制御に人一倍の神経と技術を使う。
彼は幼い頃から、霊力の制御が致命的に苦手だった。
姑獲鳥への容赦ない攻撃も、雪華が両手に火傷を負った件も、原因はこれだ。
「ごめんね雪華。けど僕は自分の身より民の命が大事だ」
良夜は雪崩へ向けて手を伸ばし、霊力の制御に集中する。雪華の言葉に従う気は微塵もないらしい。
かつて、膝を抱えて逃げを選択した彼とは違う姿に、雪華は目を細める。そして、ひとつ深呼吸をして腹をくくる。
「かしこまりました。では、わたしも微力ながら尽力いたします!」
氷の障壁を増やして雪崩の勢いを殺す。わずかに減速するが、もとの速さが異常な為に気休め程度だった。
雪華は障壁の形成と並行して、規模を縮小すべく雪崩の雪を散らし削る作業をする。
良夜の準備は、まだ終わらない。
焦りを募らせた雪華が横目で彼を確認した。そこで良夜を狙う影に気づく。あやかしだ。
「危ないッ!」
とっさに良夜を突き飛ばすと、あやかしの牙が雪華の肩口に食い込んだ。痛みに顔を歪めるも、間髪入れず相手の鼻っ柱を殴り、牙が抜けた瞬間に薙ぎ払って凍結する。
「ぐっ、うぅ……!」
「雪華⁉」
「ご無礼を……申し訳、ありませ……。でも、御身だけ、は、必ず……お守り、します!」
休む間もなく、木の陰に潜んだモノ達も次々に氷の中に閉じ込める。
すべての敵を無力化して、ようやく、ふらりと雪華はくずおれた。
「雪華……!」
良夜が慎重に雪華を抱き起こす。空いた手で圧迫して止血を試みるが、あふれ出る鮮血が良夜の手を汚した。
雪華の血が流れるほど彼は冷静を欠いた。
激情が良夜の霊力を動かし、二人の周りで火が渦巻く。やがて炎は森の背丈を超える大きさの鳥と化した。膨張する空気と霊力の圧に結界が割れる。
近づく雪崩へ良夜は仄暗い眼差しを向けた。ゆっくり片手をあげれば、火炎の鳥も身を屈めて狙いを定めた。
振りおろす寸前で、雪華が自身を支える良夜の手に触れる。
「大、丈夫。雪華は……おそばに、います……よ……」
「──うん。きみを今度こそ守るよ」
ふっと良夜が笑みをこぼす。目尻から涙がひと粒落ちた。
炎の鳥の形が崩れる。膨大な霊力は光の粒と化して、雨のように降りそそいだ。それは陽だまりの温かさで急速に雪崩を溶かすと、辺り一帯をも春を思わす熱で包む。
ほどなくして、光が消えた。草花が芽吹き、木々の緑は雪解け水を反射してきらめく。
呆然とする良夜だが、すぐ我に返って、雪華に治癒符を使った。
しかし、雪華の能力が暴走して符を凍らせる。
「雪華、雪華もう力を止めてッ! 霊力を回復に回すんだ!」
いくら声を荒らげても、雪華の反応は薄い。
(良夜様がお呼びだ……なのに、とても眠いな……)
少しずつ視界がかすむ。心地よい眠気に抗えず雪華の目蓋がおりる。
不意に、まどろむ雪華の唇に当たる、熱く柔らかいもの。
そこから流れ込んだ霊力に安らぎを感じながら、雪華は意識を失った。
笑い合う姑獲鳥と少女を見守り、良夜も密かに胸を撫でおろした。
「さて。烏丸はあの子と先に戻れ。無事に父親のもとへ帰すんだ」
「はっ。雪女の処遇は、どうなさいますか?」
「彼女は……」
言い掛けて、不意に良夜の足もとに転がった雪の塊に口を閉じる。それは二個、三個と続々と増えた。
次いで地響きに似た雪が滑る音が鳴る。全員が一様に山の上部を見やった。斜面を覆う雪に大きな裂け目があった。
雪崩の前兆だ。
真っ先に雪華が動いた。能力を使って雪崩の経路に障壁を作る。
「あれは里まで届きます! わたしが時間を稼ぎます、その間に里の雪崩防護結界の作動を!」
「僕も雪崩を削って被害を抑える! 烏丸は戻って結界を頼むッ‼」
「えっ⁉」
驚愕する雪華の隣に並んだ良夜は、あるだけ結界符を飛ばした。
結界が閉じる前に姑獲鳥が少女を抱えて空から逃げる。烏丸も迷いなく羽ばたき、あっという間に見えなくなった。
その直後、ついに雪崩が起きた。雪の大波が障壁を破壊して迫りくる。
「不躾ながら申し上げます……!」
雪華が苛立ちを滲ませ声をあげる。彼女の視線は横の良夜に注がれていた。
「あなた様では力不足です! ですからお逃げください‼」
「あははっ。……やっぱり気づいたかぁ。僕が、まだ霊力を制御できない半端者だって」
あっけらかんと良夜は笑った。
術の発動や威力の加減には制御が必要だが、良夜は生まれ持った霊力が多い分、制御に人一倍の神経と技術を使う。
彼は幼い頃から、霊力の制御が致命的に苦手だった。
姑獲鳥への容赦ない攻撃も、雪華が両手に火傷を負った件も、原因はこれだ。
「ごめんね雪華。けど僕は自分の身より民の命が大事だ」
良夜は雪崩へ向けて手を伸ばし、霊力の制御に集中する。雪華の言葉に従う気は微塵もないらしい。
かつて、膝を抱えて逃げを選択した彼とは違う姿に、雪華は目を細める。そして、ひとつ深呼吸をして腹をくくる。
「かしこまりました。では、わたしも微力ながら尽力いたします!」
氷の障壁を増やして雪崩の勢いを殺す。わずかに減速するが、もとの速さが異常な為に気休め程度だった。
雪華は障壁の形成と並行して、規模を縮小すべく雪崩の雪を散らし削る作業をする。
良夜の準備は、まだ終わらない。
焦りを募らせた雪華が横目で彼を確認した。そこで良夜を狙う影に気づく。あやかしだ。
「危ないッ!」
とっさに良夜を突き飛ばすと、あやかしの牙が雪華の肩口に食い込んだ。痛みに顔を歪めるも、間髪入れず相手の鼻っ柱を殴り、牙が抜けた瞬間に薙ぎ払って凍結する。
「ぐっ、うぅ……!」
「雪華⁉」
「ご無礼を……申し訳、ありませ……。でも、御身だけ、は、必ず……お守り、します!」
休む間もなく、木の陰に潜んだモノ達も次々に氷の中に閉じ込める。
すべての敵を無力化して、ようやく、ふらりと雪華はくずおれた。
「雪華……!」
良夜が慎重に雪華を抱き起こす。空いた手で圧迫して止血を試みるが、あふれ出る鮮血が良夜の手を汚した。
雪華の血が流れるほど彼は冷静を欠いた。
激情が良夜の霊力を動かし、二人の周りで火が渦巻く。やがて炎は森の背丈を超える大きさの鳥と化した。膨張する空気と霊力の圧に結界が割れる。
近づく雪崩へ良夜は仄暗い眼差しを向けた。ゆっくり片手をあげれば、火炎の鳥も身を屈めて狙いを定めた。
振りおろす寸前で、雪華が自身を支える良夜の手に触れる。
「大、丈夫。雪華は……おそばに、います……よ……」
「──うん。きみを今度こそ守るよ」
ふっと良夜が笑みをこぼす。目尻から涙がひと粒落ちた。
炎の鳥の形が崩れる。膨大な霊力は光の粒と化して、雨のように降りそそいだ。それは陽だまりの温かさで急速に雪崩を溶かすと、辺り一帯をも春を思わす熱で包む。
ほどなくして、光が消えた。草花が芽吹き、木々の緑は雪解け水を反射してきらめく。
呆然とする良夜だが、すぐ我に返って、雪華に治癒符を使った。
しかし、雪華の能力が暴走して符を凍らせる。
「雪華、雪華もう力を止めてッ! 霊力を回復に回すんだ!」
いくら声を荒らげても、雪華の反応は薄い。
(良夜様がお呼びだ……なのに、とても眠いな……)
少しずつ視界がかすむ。心地よい眠気に抗えず雪華の目蓋がおりる。
不意に、まどろむ雪華の唇に当たる、熱く柔らかいもの。
そこから流れ込んだ霊力に安らぎを感じながら、雪華は意識を失った。
