「姑獲鳥だったか。それは雪女が疑われる」
姑獲鳥は母性が強いあやかし。雪女と同様に子どもを攫って養う事案も多く、しばしば雪女と間違われた。
特徴的な違いと言えば、人と鳥の二つの姿を持つ点だろう。
「でもよかった、上手く釣れた。やっぱり朱燈の血は食いつきいいね」
「良夜様……まさか最初から、御身を囮に……⁉」
「そうだよ。だって手っ取り早いから」
涼しい顔で良夜に頷かれ、呪いさえ逆手に取るから名門なのだと、雪華は思い出す。
体ごと良夜へ向き直った姑獲鳥が、すさまじい速さで突進した。目の前まで接近するも、ドンッと空気を揺らし火柱が迎え撃つ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ……‼」
「命欲しくば嘘偽りなく答えよ。お前が攫った人の子は今、どこに?」
冷ややかな声で良夜が問うた。しかし、炎に巻かれ絶叫する姑獲鳥は当然、それどころではない。
共存の夢は噓かと疑うほど、情け容赦ない火力に雪華は唖然とする。
(まるで尋問する気がない。せめて威力を抑えないと……)
そこで雪華がはたと気づいた。発した言葉は、突如響いた声に遮られる。
「もうやめてえぇぇぇッ‼」
悲鳴混じりの声は女の子のものだ。
良夜が術を止める。地に伏した姑獲鳥は息も絶え絶えだった。
雪華達と姑獲鳥の間に少女が割って入った。攫われた娘だった。外傷はなく、事件前との変化と言えば、ほんの少し痩せた程度だろう。
少女は手を広げて立ち塞がる。
「やめて……やめてくださいッ。姑獲鳥だけは祓わないで!」
「ア゛ア゛ァ……」
姑獲鳥が彼女に手を伸ばすが、すかさず烏丸が結界符を投げて動きを封じる。
すると少女は慌てて結界符を壊そうと試みた。
雪華達は困惑の色を浮かべる。おもむろに良夜が雪華をおろし少女に近づく。
「あなた達と帰るから! だから、あたしの姑獲鳥を祓わないで……」
「彼女は、きみの式神なの?」
式神は陰陽師と契約を結んだあやかしをさす。陰陽師を手助けし、一緒に戦う、戦友とも言える存在だった。
だが、今や式神を有する者は少ない。
ついに少女の目から涙がはらはらと落ちる。
「ちがくて、本当はお父さんの式神で。でもお父さんが捨てたの。姑獲鳥はなにも悪くないのに……」
事情を察して、雪華と良夜は哀れみの表情を向けた。
──十年前。あやかしと人間の共存期は終わった。あやかしの多くが反乱を起こし、人間を襲ったのだ。
長い間ともに生きて支え合いを忘れた人間は、反乱以前から少しずつ、あやかしを搾取の対象とした。それを不満に思い、あやかし達はことを起こした。
陰陽師が鎮圧して反乱は終息したが、作戦に一役買った式神でさえ危険視され、住む場所を追われてしまう。
そうして式神でない雪華もまた、居場所を失った。
「でも姑獲鳥はきみを誘拐した。それは悪いことだよ」
「あたしは、ただ、家出しただけ。だってあの里にあたしの居場所はないから」
「……そう思った理由を教えてくれる?」
目線を合わせた良夜に少女は頷いた。
あやかしを引き寄せる陰陽師の娘ゆえに、里の人々とは距離があること。にもかかわらず陰陽師の才能がないこと。ずっと父親に相談できず、ふと限界を迎えて、みんなの意識が逸れる雪まつりの日に家出したこと。
ぽつりぽつりと彼女は力なく語る。
「昔からひとりで遊んでたから、ここに姑獲鳥がいるの知ってたの。だから迎えに来てもらった。ずっと姑獲鳥だけが味方だったから……」
「いいや。もっと近くにも味方はいる筈だよ」
「え?」
「きみのお父上がとても心配してた。きみが家に戻る可能性もあって、今はそっちで待ってる。だから一緒に帰ろう」
良夜が手を差し伸べる。少女は視線をさまよわせ、迷った末に彼の手をとった。
ほっと雪華は安堵の息を吐く。
そのとき、草木をも震わす咆哮が鳴り渡った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! マモ゛ルゥゥゥゥゥ‼」
姑獲鳥の羽織が急激に大きな翼に変形して結界符を押し破る。驚く少女を姑獲鳥が抱き込み、同時に、翼を振るい毒を含む自身の血を良夜へ飛ばす。
良夜も反射的に術を放ち、すぐはっとした。現れた火炎は、羽を広げた姑獲鳥すら覆うほど巨大な球体だった。
たちまち周辺の雪が溶けて、離れた雪華達まで熱さを感じる威力だ。姑獲鳥も、少女も、まず火傷では済まない。
「しまっ……! 避けろッ‼」
良夜が声を荒らげた。投げた結界符は耐え切れず数秒で燃え尽きる。
空から烏丸も姑獲鳥へ近づくが、熱風が強く思わず後退する。
間に合わない。
どちらかが漏らした言葉に、否やを唱えたのは、雪華だった。
「大丈夫。わたしがいます」
口元に手を添えて、ふっと雪華は息を吹く。
一瞬で火球が氷の塊と化した。火の粉や熱気さえ凍えた姿は蔓草のよう。
姑獲鳥の翼も氷漬けで身動きすら封じていた。
「術が凍った……?」
目を見張り、烏丸が戸惑いの声をもらす。姑獲鳥も呆然と凍った羽を凝視する。
ただ、ひとり。良夜だけは氷の美しさに見惚れていた。
三者三様の反応に雪華は失笑する。
「術はいわば霊力の塊ですから、凍えさせるなど造作もないことですよ」
「ふざけるなっ。陰陽師でもそんな芸当できるものか! ……お前は、なんだ?」
「ただの雪女ですよ。わたしの能力は少し異質ですが」
どこからともなく、雪華の手の中に氷で形作った野ばらの花が出現する。
「人間やあやかしが、みなひとしく持つ霊力を凍結させてしまう……同胞すら忌み嫌う力です」
雪華が姑獲鳥に歩み寄ると、姑獲鳥は得体の知れぬ存在を見る目を彼女に向けた。
「さあ。次は心の臓まで凍らせる? それが嫌なら、その娘を離して」
「ウ゛ウ゛ゥ……ワ゛タシ、ノ……」
「あなたの子じゃない。式神じゃない今のあなたは、そばで守る権利もない」
「……ド、ジテ……ズット、ソバ、ニ……イ゛タガッダ……!」
「……わかるよ。わたしも同じだから」
そう言って優しく微笑めば、姑獲鳥はうろたえた。良夜もはっと息を呑む。
構わず雪華は姑獲鳥の腕の中から少女を引っ張り出す。
「けれど居場所は自分で選ぶもの。この子の意思を奪って囲うのを、守るとは言わせない」
「マ゛モ、ル゛……マモ゛リ、ダ、イ……」
「それなら、あなたはこの子の拠り所になればいい。盾になるだけが守ることじゃないの」
少女が姑獲鳥の羽を撫でる。じわりと氷を溶かす手に姑獲鳥は少女を見つめた。
「あたし……もう少し頑張るよ。あたしが姑獲鳥を守れるくらい。それで、疲れたら、また姑獲鳥に会いに来るね。今度はお父さんと一緒に!」
明るく告げた少女に姑獲鳥は驚くも、子の成長を喜ぶ母の顔で頷いた。
姑獲鳥は母性が強いあやかし。雪女と同様に子どもを攫って養う事案も多く、しばしば雪女と間違われた。
特徴的な違いと言えば、人と鳥の二つの姿を持つ点だろう。
「でもよかった、上手く釣れた。やっぱり朱燈の血は食いつきいいね」
「良夜様……まさか最初から、御身を囮に……⁉」
「そうだよ。だって手っ取り早いから」
涼しい顔で良夜に頷かれ、呪いさえ逆手に取るから名門なのだと、雪華は思い出す。
体ごと良夜へ向き直った姑獲鳥が、すさまじい速さで突進した。目の前まで接近するも、ドンッと空気を揺らし火柱が迎え撃つ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ……‼」
「命欲しくば嘘偽りなく答えよ。お前が攫った人の子は今、どこに?」
冷ややかな声で良夜が問うた。しかし、炎に巻かれ絶叫する姑獲鳥は当然、それどころではない。
共存の夢は噓かと疑うほど、情け容赦ない火力に雪華は唖然とする。
(まるで尋問する気がない。せめて威力を抑えないと……)
そこで雪華がはたと気づいた。発した言葉は、突如響いた声に遮られる。
「もうやめてえぇぇぇッ‼」
悲鳴混じりの声は女の子のものだ。
良夜が術を止める。地に伏した姑獲鳥は息も絶え絶えだった。
雪華達と姑獲鳥の間に少女が割って入った。攫われた娘だった。外傷はなく、事件前との変化と言えば、ほんの少し痩せた程度だろう。
少女は手を広げて立ち塞がる。
「やめて……やめてくださいッ。姑獲鳥だけは祓わないで!」
「ア゛ア゛ァ……」
姑獲鳥が彼女に手を伸ばすが、すかさず烏丸が結界符を投げて動きを封じる。
すると少女は慌てて結界符を壊そうと試みた。
雪華達は困惑の色を浮かべる。おもむろに良夜が雪華をおろし少女に近づく。
「あなた達と帰るから! だから、あたしの姑獲鳥を祓わないで……」
「彼女は、きみの式神なの?」
式神は陰陽師と契約を結んだあやかしをさす。陰陽師を手助けし、一緒に戦う、戦友とも言える存在だった。
だが、今や式神を有する者は少ない。
ついに少女の目から涙がはらはらと落ちる。
「ちがくて、本当はお父さんの式神で。でもお父さんが捨てたの。姑獲鳥はなにも悪くないのに……」
事情を察して、雪華と良夜は哀れみの表情を向けた。
──十年前。あやかしと人間の共存期は終わった。あやかしの多くが反乱を起こし、人間を襲ったのだ。
長い間ともに生きて支え合いを忘れた人間は、反乱以前から少しずつ、あやかしを搾取の対象とした。それを不満に思い、あやかし達はことを起こした。
陰陽師が鎮圧して反乱は終息したが、作戦に一役買った式神でさえ危険視され、住む場所を追われてしまう。
そうして式神でない雪華もまた、居場所を失った。
「でも姑獲鳥はきみを誘拐した。それは悪いことだよ」
「あたしは、ただ、家出しただけ。だってあの里にあたしの居場所はないから」
「……そう思った理由を教えてくれる?」
目線を合わせた良夜に少女は頷いた。
あやかしを引き寄せる陰陽師の娘ゆえに、里の人々とは距離があること。にもかかわらず陰陽師の才能がないこと。ずっと父親に相談できず、ふと限界を迎えて、みんなの意識が逸れる雪まつりの日に家出したこと。
ぽつりぽつりと彼女は力なく語る。
「昔からひとりで遊んでたから、ここに姑獲鳥がいるの知ってたの。だから迎えに来てもらった。ずっと姑獲鳥だけが味方だったから……」
「いいや。もっと近くにも味方はいる筈だよ」
「え?」
「きみのお父上がとても心配してた。きみが家に戻る可能性もあって、今はそっちで待ってる。だから一緒に帰ろう」
良夜が手を差し伸べる。少女は視線をさまよわせ、迷った末に彼の手をとった。
ほっと雪華は安堵の息を吐く。
そのとき、草木をも震わす咆哮が鳴り渡った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! マモ゛ルゥゥゥゥゥ‼」
姑獲鳥の羽織が急激に大きな翼に変形して結界符を押し破る。驚く少女を姑獲鳥が抱き込み、同時に、翼を振るい毒を含む自身の血を良夜へ飛ばす。
良夜も反射的に術を放ち、すぐはっとした。現れた火炎は、羽を広げた姑獲鳥すら覆うほど巨大な球体だった。
たちまち周辺の雪が溶けて、離れた雪華達まで熱さを感じる威力だ。姑獲鳥も、少女も、まず火傷では済まない。
「しまっ……! 避けろッ‼」
良夜が声を荒らげた。投げた結界符は耐え切れず数秒で燃え尽きる。
空から烏丸も姑獲鳥へ近づくが、熱風が強く思わず後退する。
間に合わない。
どちらかが漏らした言葉に、否やを唱えたのは、雪華だった。
「大丈夫。わたしがいます」
口元に手を添えて、ふっと雪華は息を吹く。
一瞬で火球が氷の塊と化した。火の粉や熱気さえ凍えた姿は蔓草のよう。
姑獲鳥の翼も氷漬けで身動きすら封じていた。
「術が凍った……?」
目を見張り、烏丸が戸惑いの声をもらす。姑獲鳥も呆然と凍った羽を凝視する。
ただ、ひとり。良夜だけは氷の美しさに見惚れていた。
三者三様の反応に雪華は失笑する。
「術はいわば霊力の塊ですから、凍えさせるなど造作もないことですよ」
「ふざけるなっ。陰陽師でもそんな芸当できるものか! ……お前は、なんだ?」
「ただの雪女ですよ。わたしの能力は少し異質ですが」
どこからともなく、雪華の手の中に氷で形作った野ばらの花が出現する。
「人間やあやかしが、みなひとしく持つ霊力を凍結させてしまう……同胞すら忌み嫌う力です」
雪華が姑獲鳥に歩み寄ると、姑獲鳥は得体の知れぬ存在を見る目を彼女に向けた。
「さあ。次は心の臓まで凍らせる? それが嫌なら、その娘を離して」
「ウ゛ウ゛ゥ……ワ゛タシ、ノ……」
「あなたの子じゃない。式神じゃない今のあなたは、そばで守る権利もない」
「……ド、ジテ……ズット、ソバ、ニ……イ゛タガッダ……!」
「……わかるよ。わたしも同じだから」
そう言って優しく微笑めば、姑獲鳥はうろたえた。良夜もはっと息を呑む。
構わず雪華は姑獲鳥の腕の中から少女を引っ張り出す。
「けれど居場所は自分で選ぶもの。この子の意思を奪って囲うのを、守るとは言わせない」
「マ゛モ、ル゛……マモ゛リ、ダ、イ……」
「それなら、あなたはこの子の拠り所になればいい。盾になるだけが守ることじゃないの」
少女が姑獲鳥の羽を撫でる。じわりと氷を溶かす手に姑獲鳥は少女を見つめた。
「あたし……もう少し頑張るよ。あたしが姑獲鳥を守れるくらい。それで、疲れたら、また姑獲鳥に会いに来るね。今度はお父さんと一緒に!」
明るく告げた少女に姑獲鳥は驚くも、子の成長を喜ぶ母の顔で頷いた。
