雪女は陰陽師の恋に燃ゆる

 良夜の生家たる朱燈家は、多くの陰陽師を輩出し、代々皇族に仕える名族のひとつである。
 十年前まで雪華は帝都にある朱燈の本邸にいた。
 主な仕事は直系の子息子女の目付け役で、現当主の末息子である良夜も対象だった。
「もう鍛練やめる」
 かつて、敷地内の修練所で良夜は膝を抱えた。彼の服も周辺も焦げ跡でボロボロだ。
「かしこまりました。本日はもうお休みですね」
「ちがう。もう鍛練しない。陰陽師になるの、やめる!」
「さようでございますか。では、新たな目標はお決まりですか? 雪華は良夜様の選択を応援します」
「止めないの?」
「陰陽師の家系でも他の職に就く人はいますよ。……けれど、異なる生き方を選んでも、残念ながら危険はつき纏います」
 あやかしを取り締まり、社会の治安を維持する陰陽師は、長い共存の時代でも活躍した。
 その分、彼らは恨みや憎しみの的(まと)となる。
 名家の者へ向く憎悪や妬み、悪意の量や質は、一般の陰陽師の比ではない。いるだけで命を脅かされる。
「じゃあやっぱり陰陽師になるしかないじゃん……」
「で、ですが良夜様には、わたしがいます! わたしがずっと御身をお守りしますよ」
 雪華が良夜の手をとる。
 彼女の白魚の手に良夜は頬を赤らめた。かと思えば、すぐにムッとして、手を振り払う。
「いらない! 自分の身を守るくらい、僕だってできる!」
 立ち上がり、放った術は──制御できず爆発した。
「危ないッ!」
 良夜の前に割って入った雪華が凍結の力を使う。炎を凍らせ熱風を逸らし、たとえ両手が燃えても、雪華は彼を守った。
 結果、雪華の手には、ひどい火傷痕が残った。
 被害の規模を思えば幸運なことだ。とはいえ、良夜の心の傷は深い。
 沈痛な面持ちで隣に座る良夜に、布団に横たわる雪華は笑い掛けた。
「あやかしは人より丈夫ですから、どうかお気になさらず。それより良夜様がご無事でよかった」
「……どうして、こんなになるまで守ってくれたの?」
「良夜様やご当主様、朱燈家の方々は、こんなわたしに居場所をくださいました。だからご恩に全力で報いたくて」
 良夜の涙を拭(ぬぐ)おうと包帯を巻いた手を伸ばす。
 その手に優しく触れた良夜は、自ら涙を拭って告げた。
「なら、僕も恩返しする」
「え?」
「雪華も、雪華の居場所も、次は僕が守る。そのために僕は陰陽師になるよ。そうしたらずっと雪華と一緒にいられるでしょ」
「ふふっ。陰陽師にならずとも雪華はおそばにいますよ」
「それでもなるの!」
 ぷりぷりする良夜があまりに微笑ましくて、雪華はずっと笑っていた。

 ***

 今や、雪華の表情は硬い。
 良夜達が来訪して三日目は、誘拐犯と思しきあやかしの気配を辿って冬山に入った。烏丸を先頭に、横抱きで雪華も連行される。
「あの……やはりわたしは屋敷でお戻りを待っているべきかと。物理的にもお荷物ですし」
「それは許さないと言っただろ。雪山に適した履き物がない程度で目を離せるか」
「で、ですが朱燈様のお手を塞ぐなんて……」
「僕なら問題ないよ、むしろ適材適所だ」
 雪華を支える良夜は力強く頼もしい。
(まさか、本当に、わたしのために陰陽師になったの……?)
 幼い頃の面影を残す彼の横顔が近く、雪華はつい、まじまじと見てしまう。でも熱視線に気づき良夜が見返せば、気まずくて顔をそむけた。
「と、ところで。誘拐犯は本当に……雪女……でしょうか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもね」
「え゛っ、そんな情報だけで向かうのは無謀では⁉」
「だけど民の命が優先だから。それに昨日の調査で得た情報が想定より乏しくて、あの程度なら突入するのが早いんだ」
 そこで不意に烏丸と良夜が足を止めた。ただならぬ空気に雪華も辺りを警戒する。
 周りの木々の陰や枝の上から突き刺さる殺気と憎悪。
 原因は、強い弱いも種族も問わず集(つど)った、あやかしだ。
「被害者は迅速に保護すべし。……なにせ陰陽師の子どもだ」
 ぐっと烏丸が身を低くする。すると、あやかしらも一斉に動き襲い掛かってきた。
 外套をはためかせ、烏丸は跳躍した。片足の膝から下は鳥の足と化し、背中には黒い翼が広がる。あやかしを足の鉤爪で掴み、縦横無尽に宙を飛ぶ様も、どう見ても人間ではない。
 雪華ははっと目を丸くする。
「もしかして烏丸様は半妖なのですか?」
「そう。古烏(こがらす)との混血だよ」
 古烏は、千年を生きた烏が、あやかしと成ったもの。性根や意地が悪い死者のみ嗅ぎわけ食らう化生である。
 烏丸の気配を識別する能力は古烏の血が由来だと、良夜が明かした。
「陰陽師が半妖だなんて……」
「『危険だ』って思った?」
「当然です。あやかしと人は共存できません。……十年前にそう決まったでしょう」
 目を伏せた雪華に良夜は笑う。
 次の瞬間には後ろで二本三本と火柱が立った。良夜を囲むあやかしが一気に離れる。
「できるよ。だって僕ら朱燈家が叶えるから」
 事前に周囲へ張った結界の効果で草木や雪に影響はない。
 良夜が次々と術を放ち、逃げた先で烏丸が足や羽を大いに振り回して払い飛ばす。それでも息絶えるあやかしは皆無だった。
 見事な連携に見入る雪華だが、急に差した影に気づき頭上をあおぐ。そして、とっさに声をあげた。
「良夜様!」
「朱燈さん!」
 重なる雪華と烏丸の声に反応した良夜が横に跳んで回避する。
 直後に音を立てて結界が割れ、良夜のいた場所に人影が飛来した。
 見たところ妙齢の女性だった。乱れた長い黒髪に覆われ顔は見えない。青白い肌と、同じ色の死装束が、彼女が人外だと訴える。身じろぎすれば、その細い肩から羽毛の羽織がずり落ちた。
 良夜の隣に降り立った烏丸がささやく。
「あの姑獲鳥(うぶめ)の気配、目標と一致します。おそらく誘拐犯かと」