翌日、本当に仕事を免除された為、雪華は観念して良夜に付き添い聞き込みに回った。
ある女中は身震いして語る。
「やっぱり雪女の仕業よ、お祭りの日すごい雪だったもの。昔は大雪が降ると、雪女が悪い子を連れて行ったの。だから……あっ別にあの子が悪い子って意味じゃなくて」
寒空を見やり老婆は首を横に振った。
「娘っ子ひとりで祭りから帰るのを見たよぉ。すっかり雪が積もってて、歩くのも大変そうでぇ。ありゃ格好の餌食さねぇ」
中年の男性はふと雪かきの手を止めて呟いた。
「ここいらの雪女はお祓いさんが全部祓ったんだ。もし生き残りの復讐なら執念深いなあ。式神を失った時機に娘を狙うとは……」
雪華と良夜がひと通り話を聞き終える頃には夕方だった。里長の屋敷へ戻ると、すでに客間で烏丸が待っていた。十畳ほどの部屋だが、里長の屋敷では二番目に広い。
床の間を背に良夜が座るなり、烏丸は座卓を挟んだ向かい側を陣取って、手早く資料を用意する。
そうして情報のすり合わせが始まった。
まず烏丸から口を開く。彼もまた、お祓いさんを連れ、消えた娘の痕跡を調べていた。
「報告します。調査の結果、あやかしの気配感知に成功しました。対象は単独犯。争った痕跡はなし。あやかしの能力で操り攫った可能性があります」
「催眠術の心得に、雪の中でも動ける種族、か」
「やはり雪女の線も有力ですね」
(そんな筈ないのに……)
とんとん拍子に雲行きが怪しくなる。雪華は手の震えを必死に抑えて、淹れたての緑茶を配った。
良夜が礼を言って、早速、湯呑みに手を伸ばす。ところが取り損ねてしまい、あっという間に机上にお茶が広がった。
「あっ……すみません」
「い、いえ、それより火傷などはっ? ありません? 急いで拭く物を持って参ります!」
「僕は大丈夫だよ。幸い、どこにも掛かってない」
「落ち着け小娘。おれが取りに行く。今のお前では二次被害が出そうだ」
「も、申し訳ありません……」
烏丸が足早に部屋を出たと同時に、雪華ははっと我に返った。
慌てて無事な資料を避ける、そのかたわらで、当の良夜は呑気に烏丸用のお茶を飲んでいた。
「ねえ。雪華さんは、どう思った? 本当に雪女の仕業かな?」
ひと息吐いた良夜が問い掛ける。
雪華を捉える彼の眼差しは、よそ見を許さない迫力がある。
緊張で雪華の口が乾いた。ぼろを出すまいと、慎重に言葉を選ぶ。
「……わたしには判断しかねます。ただ、いくら雪女でも、陰陽師の娘を攫うのは難しい……のでは、と思います」
雪女は子どもを好むあやかしだ。約束を破った夫を我が子の為に見逃したり、夜間に多くの子どもを連れて遊びに出たり。ときに自身の赤子を抱かせ、見事あやした男には感謝の印を与えるほど。
養子が欲しくて子どもを攫うモノも、たしかにいる。
それでもと雪華は続けた。
「ご息女は、たしか十三歳です。術式で身を守れる年頃です。雪女が相手でも対抗できる筈ですもの」
「一理あるね。それにしても、ずいぶん陰陽師の育成段階に詳しいね?」
「……恐れ入ります」
雪華は空笑いで返した。
ほんの一拍、静寂が降りる。
もうひと口お茶を飲んだ良夜は満足気に頷いた。
「うん、美味しい。僕好みの濃さと温度だ」
「それは……なにより、です」
「昔は、あんなに苦くて熱かったのに」
ひゅっと雪華が息を呑むと、反対に良夜は満面の笑みを浮かべる。
おもむろに、良夜は制服の胸ポケットから小さく折った四枚の紙を取り出した。紙を宙に放れば、ひとりでにもとの長方形に広がり、室内の四方の壁や障子へと飛んで貼りつく。
途端に空気が変わる。雪華の肌が粟立った。
陰陽師が最初に覚える術のひとつ、結界だ。
「誤魔化せると思った? 残念だけど、僕はきみを逃がさない」
良夜が立ち上がるや、客間は炎に包まれた。
雪華は悲鳴をあげ思わず後ずさるが、結界に触れれば鋭い痛みが走る。さらに、勢いを増した炎が大きな鳥の姿をかたどり、とうとう雪華は死を覚悟した。
だが、炎の鳥は雪華ではく天井を目掛けて突撃した。燃える天井裏から「ギャッ‼」と断末魔の叫びが響いて、ばたばたと逃げる音がする。
その振動で散った火の粉が良夜に降り注いだ。
「良夜様‼」
考える間もなく雪華は動いていた。
手をかざし、力を放つ。すると次の瞬間には、火の粉も、炎の鳥も、結界すら凍りつく。雪華が軽く手を払えば氷は音を立てて砕け散った。
結界に保護され室内は焦げ跡ひとつない。良夜も無傷で、雪華は胸を撫でおろす。
しかし、素早く雪華との距離を詰めた良夜に青ざめた。
(しまった……もしかして、罠だった……⁉)
良夜は雪華を引き寄せると、彼女を強く強く抱きしめた。
「雪華……ッ! ずっと、ずっと会いたかった!」
雪華は唖然として、無意識にその背中へ手を回しかける。
けれど寸前で踏み止まり突き放した。すぐさま正座して床に額をつける。
「……なぜわたしを祓わないのですか。あなた様の目的はあやかし、つまり、わたしの討伐でしょう」
「そうだね。だけど祓わない」
「どうして? わたしの能力が特別だからですか?」
「関係ないよ。きみの恩に報いたくて、ずっと探してた。そのためだけに僕は陰陽師になったんだから」
良夜も雪華の前に膝をついて微笑みを向ける。
彼は、ただただ再会を喜んでいた。
顔をあげ、言葉も笑顔も本心だと悟った雪華は、困惑した。心ともなく、白手袋をはめた自身の両手に視線を落とす。
そこへ廊下から迫りくる足音が聞こえた。勢いよく障子を開けた烏丸が客間に駆け込む。
「朱燈さん、この妙な気配は? いったいなにが……⁉」
「大丈夫。入り込んだあやかしを祓っただけだよ」
なにごともなかったように、良夜は雪華から離れる。
その後ろ姿を見つめ雪華は過去に思いを馳せた。
ある女中は身震いして語る。
「やっぱり雪女の仕業よ、お祭りの日すごい雪だったもの。昔は大雪が降ると、雪女が悪い子を連れて行ったの。だから……あっ別にあの子が悪い子って意味じゃなくて」
寒空を見やり老婆は首を横に振った。
「娘っ子ひとりで祭りから帰るのを見たよぉ。すっかり雪が積もってて、歩くのも大変そうでぇ。ありゃ格好の餌食さねぇ」
中年の男性はふと雪かきの手を止めて呟いた。
「ここいらの雪女はお祓いさんが全部祓ったんだ。もし生き残りの復讐なら執念深いなあ。式神を失った時機に娘を狙うとは……」
雪華と良夜がひと通り話を聞き終える頃には夕方だった。里長の屋敷へ戻ると、すでに客間で烏丸が待っていた。十畳ほどの部屋だが、里長の屋敷では二番目に広い。
床の間を背に良夜が座るなり、烏丸は座卓を挟んだ向かい側を陣取って、手早く資料を用意する。
そうして情報のすり合わせが始まった。
まず烏丸から口を開く。彼もまた、お祓いさんを連れ、消えた娘の痕跡を調べていた。
「報告します。調査の結果、あやかしの気配感知に成功しました。対象は単独犯。争った痕跡はなし。あやかしの能力で操り攫った可能性があります」
「催眠術の心得に、雪の中でも動ける種族、か」
「やはり雪女の線も有力ですね」
(そんな筈ないのに……)
とんとん拍子に雲行きが怪しくなる。雪華は手の震えを必死に抑えて、淹れたての緑茶を配った。
良夜が礼を言って、早速、湯呑みに手を伸ばす。ところが取り損ねてしまい、あっという間に机上にお茶が広がった。
「あっ……すみません」
「い、いえ、それより火傷などはっ? ありません? 急いで拭く物を持って参ります!」
「僕は大丈夫だよ。幸い、どこにも掛かってない」
「落ち着け小娘。おれが取りに行く。今のお前では二次被害が出そうだ」
「も、申し訳ありません……」
烏丸が足早に部屋を出たと同時に、雪華ははっと我に返った。
慌てて無事な資料を避ける、そのかたわらで、当の良夜は呑気に烏丸用のお茶を飲んでいた。
「ねえ。雪華さんは、どう思った? 本当に雪女の仕業かな?」
ひと息吐いた良夜が問い掛ける。
雪華を捉える彼の眼差しは、よそ見を許さない迫力がある。
緊張で雪華の口が乾いた。ぼろを出すまいと、慎重に言葉を選ぶ。
「……わたしには判断しかねます。ただ、いくら雪女でも、陰陽師の娘を攫うのは難しい……のでは、と思います」
雪女は子どもを好むあやかしだ。約束を破った夫を我が子の為に見逃したり、夜間に多くの子どもを連れて遊びに出たり。ときに自身の赤子を抱かせ、見事あやした男には感謝の印を与えるほど。
養子が欲しくて子どもを攫うモノも、たしかにいる。
それでもと雪華は続けた。
「ご息女は、たしか十三歳です。術式で身を守れる年頃です。雪女が相手でも対抗できる筈ですもの」
「一理あるね。それにしても、ずいぶん陰陽師の育成段階に詳しいね?」
「……恐れ入ります」
雪華は空笑いで返した。
ほんの一拍、静寂が降りる。
もうひと口お茶を飲んだ良夜は満足気に頷いた。
「うん、美味しい。僕好みの濃さと温度だ」
「それは……なにより、です」
「昔は、あんなに苦くて熱かったのに」
ひゅっと雪華が息を呑むと、反対に良夜は満面の笑みを浮かべる。
おもむろに、良夜は制服の胸ポケットから小さく折った四枚の紙を取り出した。紙を宙に放れば、ひとりでにもとの長方形に広がり、室内の四方の壁や障子へと飛んで貼りつく。
途端に空気が変わる。雪華の肌が粟立った。
陰陽師が最初に覚える術のひとつ、結界だ。
「誤魔化せると思った? 残念だけど、僕はきみを逃がさない」
良夜が立ち上がるや、客間は炎に包まれた。
雪華は悲鳴をあげ思わず後ずさるが、結界に触れれば鋭い痛みが走る。さらに、勢いを増した炎が大きな鳥の姿をかたどり、とうとう雪華は死を覚悟した。
だが、炎の鳥は雪華ではく天井を目掛けて突撃した。燃える天井裏から「ギャッ‼」と断末魔の叫びが響いて、ばたばたと逃げる音がする。
その振動で散った火の粉が良夜に降り注いだ。
「良夜様‼」
考える間もなく雪華は動いていた。
手をかざし、力を放つ。すると次の瞬間には、火の粉も、炎の鳥も、結界すら凍りつく。雪華が軽く手を払えば氷は音を立てて砕け散った。
結界に保護され室内は焦げ跡ひとつない。良夜も無傷で、雪華は胸を撫でおろす。
しかし、素早く雪華との距離を詰めた良夜に青ざめた。
(しまった……もしかして、罠だった……⁉)
良夜は雪華を引き寄せると、彼女を強く強く抱きしめた。
「雪華……ッ! ずっと、ずっと会いたかった!」
雪華は唖然として、無意識にその背中へ手を回しかける。
けれど寸前で踏み止まり突き放した。すぐさま正座して床に額をつける。
「……なぜわたしを祓わないのですか。あなた様の目的はあやかし、つまり、わたしの討伐でしょう」
「そうだね。だけど祓わない」
「どうして? わたしの能力が特別だからですか?」
「関係ないよ。きみの恩に報いたくて、ずっと探してた。そのためだけに僕は陰陽師になったんだから」
良夜も雪華の前に膝をついて微笑みを向ける。
彼は、ただただ再会を喜んでいた。
顔をあげ、言葉も笑顔も本心だと悟った雪華は、困惑した。心ともなく、白手袋をはめた自身の両手に視線を落とす。
そこへ廊下から迫りくる足音が聞こえた。勢いよく障子を開けた烏丸が客間に駆け込む。
「朱燈さん、この妙な気配は? いったいなにが……⁉」
「大丈夫。入り込んだあやかしを祓っただけだよ」
なにごともなかったように、良夜は雪華から離れる。
その後ろ姿を見つめ雪華は過去に思いを馳せた。
