借金一億、冷徹軍人の妻になりました


○どこかの山(夜)

桜子、桐仁に背負ってもらいながら、山道をくだる。

桐仁「一体、何があったんだ。桜子」
桜子「……」

桜子、しょんぼりとして俯く。

桜子(なんて話そう。山吹さんのこと……ううん、ちゃんと話を聞かないと!)

桜子「あの、桐仁さんは……山吹さんのことが好きなんですよね?」

桐仁、虚を突かれた様子。

桐仁「なぜそう思う」
桜子「だって、すっごく優しい眼差しをしていたから……その、なんとなく」
桐仁「……。確かに兄に嫁ぐ前は好意を抱いてた」

桜子、暗い面持ちで目を伏せる。

桜子(やっぱり)
桐仁「だが、もう終わった初恋だ。今は……あなたと一緒に生きていきたいと思っている」
桜子「! ほ、本当に?」
桐仁「嘘をついてどうする」
桜子「…っ……」

再び、泣き始める桜子。
桐仁は困惑した表情。

桐仁「ど、どうしたんだ。俺が何か酷いことを言ったか?」
桜子「いいえっ。すごく嬉しくて……っ」

桜子、思い切って桐仁の首にぎゅっとしがみつく。

桜子「好きです。桐仁さんのことが」
桐仁「俺もだ。……あなたの姿が見えなくなって、初めて失う恐怖を覚えた。もうどこにも行かないでほしい」
桜子「はい…っ……」

二人、山道をくだっていく。

桐仁「それにしても、ポン助という妖魔は危険すぎるな……」
桜子「……確かに何か執念のようなものを感じました」
桐仁「しつこいがその結婚指輪、絶対に外さないでくれ。俺はあなたを失いたくない」
桜子「わ、分かりました」

桐仁の背中に揺られながら、桜子は遠くを見つめる。

桜子(ポン助……でも、最初は全然悪い妖魔のようには見えなかった。一方的に退魔されたことで何か変わってしまったのかしら)
桜子(『桜子』という人は……あれからどう生きたんだろう)


○桐仁邸(数日後)

桜子、自分の部屋で両足で立っている。

桜子「ふぅ。足もよくなった」

すっかり元気になっていると、襖が開いて桐仁がやってきた。

桐仁「桜子、ちょっといいか」
桜子「あ、はい。なんでしょう」
桐仁「ポン助という妖魔について、思わぬ事実が判明した。桜子も知っていた方がいいかと思う」
桜子「ポン助について、ですか……?」

桐仁、桜子の部屋に入ってきて、正座する。
桜子も膝を突き合わせるように正座する。

桐仁「花宮家がかつては退魔士の家系だったことは知っているか?」
桜子「え? ええ。父から聞いたことがあります。いつからか、退魔の力を持つ子どもが生まれなくなったから、華族に転身した家系だと」
桐仁「実はそのきっかけとなった嫁入り女性が『桜子』という方らしい。妖魔に取り憑かれていたところを、当時の当主に救ってもらい、見初められて結婚したと」
桜子「! そ、それが『桜子』とポン助!?」
桐仁「おそらく。あなたは『桜子』の子孫であり、そして……生まれ変わりでもあるのではないかと思う」

桜子、息を呑む。

桜子(私が……『桜子』の生まれ変わり? だからポン助は私に接触してきた?)

桐仁「話していなかったが、実はあなたは前にもポン助に憑依されていたことがある」
桜子「え!?」
桐仁「俺に襲いかかってきた。すぐにいなし、ポン助の方はいなくなった。……俺を殺そうとしたのかもしれない。俺という存在が邪魔で」
桜子「……す、みません。全然覚えていなくて」
桐仁「いいんだ、それは。これらは元々は花宮家が没落した理由を調査している中で、気付いた事実になる」
桜子「!? 父が事業失敗したことも、ポン助が関わっているんですか!?」
桐仁「その可能性は高い、と俺は考えている」
桜子「そんな……」

桜子(私の祖先が、『桜子』とポン助を引き裂いたから。だからこんなことになってしまったんだわ。それに退魔の力を持つ子どもが生まれなくなったっていうのも、なんだか……呪いじみてる。たまたまなのかしら)

頭が真っ白になっている桜子のことを、桐仁がそっと抱き寄せる。

桜子「!」
桐仁「あなたのことは俺が守る。心配するな」
桜子「……っ、はい」

僅かに頬を赤くしながら、桜子も桐仁にしがみつく。その手は僅かに震えている。
桐仁はさらに力強く桜子を抱きしめる。

桜子(怖い。ポン助は……自分を殺した男に嫁いだ『桜子』のことを恨んでいるの? だから、生まれ変わりでもある私を苦しめてる?)
桜子(でも、桐仁さんのことを悪い奴だと言ったポン助は……完全に悪い妖魔とも思えなかった。どうしたら、ポン助の心を元に戻すことができるんだろう……?)

桜子「……あの、桐仁さん」
桐仁「どうした?」

二人はそっと体を離す。

桜子「旧花宮邸に行ってみたいです」
桐仁「? なぜ」
桜子「私の祖先……『桜子』が何か遺していないか、気になるんです」
桐仁「……ポン助宛てにか」
桜子「はい」

桜子(このまま守ってもらうばかりじゃダメだ。私にもできることはあるはず)

桐仁「分かった。今日、一緒に行こう」
桜子「ありがとうございます!」

うっかり桐仁に抱きついてしまう。
桐仁、目を丸くして抱きとめるものの、優しげな表情で桜子を見つめる。

桜子「? どうかしましたか?」
桐仁「いや」
桜子「本当に?」
桐仁「ああ」

桐仁、優しく一笑する。

桐仁「あなたのことを愛おしく思う。ただそれだけだ」
桜子「! も、もうっ」

見つめ合う二人。自然とキスをしていた。


○路面電車の中(日中)

路面電車の中に、桜子と桐仁が座っている。
桜子は窓の外を見つめていた。

桜子(何か……見つかったらいいけど)

いざ、旧花宮邸へ。