○浅草の宿(朝)
個室で朝餉を食べている桜子と桐仁。
桐仁「夢を見た?」
桜子「はい。『さくらこ』という女の子と、ぽんちゃんという名の妖魔が親しげにしている夢でした」
桐仁「……彼らはどうなった」
桜子、目を伏せる。
桜子「突然、退魔士の方がやってきて、妖魔を消滅させてしまいました……」
桜子(今思い出しても、『さくらこ』の胸の痛みがつらい。彼女はあれからどうしたのかしら)
桜子「妖魔とは、悪い存在ばかりではないのでしょうか。桐仁さん」
桐仁「妖魔は悪しきものだ。そう、軍律でも定められている」
桜子「でも、ぽんちゃんが悪しきものだとは……」
桐仁「その発想は危険だ。妖魔につけ入れられる可能性がある。ただの夢だろう、忘れた方がいい」
桜子「……は、い」
朝餉を食べ、帰り支度を始める。
浅草の宿を出ると、曇り空だった。
○浅草の往来(朝)
桐仁「では、帰ろう」
桜子「そうですね」
さりげなく桜子の荷物も持つ桐仁。
桜子「あっ、いいですよ。自分で持てます」
桐仁「いい。俺が持つ」
桜子「あ、ありがとうございます……」
桐仁の隣を歩く桜子。その頬はちょっと赤い。
浅草から路面電車に乗って帰る。
○路面電車の中(日中)
桜子と桐仁は隣り合って座っている。
桐仁「ところで、桜子。近々、うちに義姉さんがくるらしい」
桜子「えっと、お義兄様のお嫁さんのことですか?」
桐仁「ああ」
桜子(彼女は結婚お披露目パーティーにこれなかったのだ。だから、まだ会っていない)
桜子「分かりました。何かお茶菓子を用意しておきますね」
桐仁「静紀に任せておいたらいい」
桜子「いえ、私も準備を手伝いますので」
桐仁「変わった人だな」
桜子、むっとする。
桜子「どういう意味ですか」
桐仁「いや。いい意味で、という意味合いだ」
桜子「そ、それならいいですけど」
桐仁、ふっと一笑する。
桜子、ちょっと驚く。優しい笑みに胸がときめく。
桜子「お義姉様ってどのような方なんですか?」
桐仁「朗らかで優しい方だ」
義姉を思い出している桐仁の表情は、なんだか妙に優しい。
桜子、胸がざわつく。
桜子(なんだろう……この胸のざわつき)
同時に嫉妬もする。義姉に対してはあまりにも優しい雰囲気があるから。
少しむすっとする桜子。
桐仁「桜子? どうした」
桜子「なんでもありません」
桐仁「?」
○桐仁邸(夕方)
家に帰ってきた桜子と桐仁。すると、玄関のところに見知らぬ女性が立っていた。
山吹「あ! 桐仁君」
桐仁、驚いた様子。
桐仁「……義姉さん。もううちにきたんですか?」
山吹「お嫁さんに早く会いたくて。でも、遅かったわね」
桐仁「昨日から新婚旅行に行っていたんですよ」
山吹「あら、やだ。お邪魔しちゃったわね」
義姉の山吹、桜子の姿に気付く。笑顔で声をかけてきた。
山吹「あなたが桜子さん?」
桜子「は、はい。これからよろしくお願いします」
一礼すると、山吹は「こちらこそよろしく」と微笑む。
桜子、ちょっと見とれる。
桜子(わっ、本当に綺麗な人……)
桜子「あ、家に上がっていかれますよね? 中へどうぞ」
山吹「ありがとう。じゃあ、お邪魔させていただくわね」
三人、家の中へ。
留守を預かっていた静紀が出迎える。
静紀「おかえりなさいませ。みなさま、お揃いで」
桐仁「留守の間、何もなかったか?」
静紀「ええ」
桜子「ありがとうございました。あ、お土産も買ってきたのでよかったら」
静紀「まぁ! ありがとうございます」
山吹も口を挟む。
山吹「久しぶりね、静紀さん」
静紀「お久しぶりでございます、山吹様。お変わりなく?」
山吹「ええ。息子も元気にしているわ」
その時、桐仁の顔が切なげに歪む。桜子、気付く。
桜子(あれ? もしかして、桐仁さんって……)
静紀「みなさま、居間へどうぞ。お茶をお出しします」
桜子「わ、私も手伝います」
静紀「あら。いつもありがとうございます、桜子様」
桐仁と山吹、談笑しながら居間へ。
桜子はその光景を切なげに見つめている。
静紀「桜子様?」
桜子「あ、いえ。なんでもありません。さっ、お茶を用意しましょう」
桜子と静紀、厨房へ。
三人分のお茶とお茶菓子を用意し、桜子が居間へ運ぶ。
桜子「お待たせしました」
山吹「ありがとう、桜子さん。素敵な陶器ね」
桜子「この家にあったものです。素敵ですよね、桜柄の湯飲み」
桐仁「静紀が買ってきたものだろう。俺の記憶にはないが」
山吹「ふふ。桐仁君は家事全般、静紀に丸任せだものね」
桐仁「……仕事が忙しいので」
耳が痛い様子の桐仁だが、不快に思っているような雰囲気はない。楽しそうだ。
桜子、胸がきゅっと掴まれるように痛い。
桜子(やっぱり桐仁さんって……山吹さんのことが好きだったんじゃ? でも、お義兄様のお嫁になられたから、だから諦めたとか……)
桜子、桐仁の横顔を見つめる。
桜子(ううん。きっとまだ……諦め切れていないのかも)
しゅんとする桜子。気付いたのは、山吹だ。
山吹「桜子さん? あ、もしかして旅行に行って疲れた? ごめんなさいね、突然きて」
桜子「い、いえ! だいじょう……」
山吹「そろそろ帰るわ。二人の顔も見れたことだし」
山吹、お茶を飲み干して、席を立つ。
山吹「それじゃ、失礼するわ。末永くお幸せにね、二人とも」
桐仁「はい」
桜子「あ、外までお見送りします!」
山吹「いいから、いいから」
颯爽と立ち去っていく山吹。静紀が一礼して見送る。
桐仁「大丈夫か、桜子。もう部屋で休んだ方がいいのでは」
桜子「……そう、ですね。すみません、ちょっと休みます」
桜子も席を立ち、自分の部屋まで向かう。
○桜子の部屋(夕方)
布団を敷いて、中に寝転がっている桜子。涙を流す。
桜子「うう…っ……」
泣きながら蹲っていると、ふと左手の結婚指輪が目に入る。
桜子、それを取ってしまう。
桜子(結婚なんか……するんじゃなかった)
その時、どこからか現れた妖魔が桜子に取り憑く。
妖魔「そうだろう、そうだろう。『桜子』には僕がいたらいいんだよ」
桜子「!」
脳内に妖魔の声が響き、桜子は驚いて身を固くする。
桜子「な、なに?」
妖魔「分からない? ぽん助だよ」
桜子「ぽん助……まさか、ぽんちゃん!?」
妖魔「そう。やっと思い出してくれたんだね」
桜子、動揺するしかない。
桜子(ど、どうして夢で見た妖魔がここに……? というか、あのまま消滅したんじゃなかったの?)
妖魔「このまま僕と一緒にここから出よう。あんな浮気男なんか、捨てて」
桜子「……」
桜子、しょんぼりとして俯く。
桜子(じゃあやっぱり、桐仁さんは山吹さんのことが好きなの……?)
妖魔「初恋なんだよ。今も忘れ切れていない」
桜子「…っ……」
妖魔「行こうよ。いいところに連れて行ってあげるから」
桜子「いいところ?」
妖魔「そう」
桜子(確かにもう一緒にいるのはつらい……)
桜子「分かった。出て行く」
旅行で使った荷物を持ち、桜子はこそこそと家を出る。
外に出たら、一目散に駆け出した。
