借金一億、冷徹軍人の妻になりました


○浅草(日中)

桜子「わっ、すごい……!」

色んなお店が集まっている場所を見つめ、桜子は感嘆の声を上げる。
隣を歩く桐仁は特に表情を変えない。

桐仁「人だかりは確かにすごいな」
桜子「もう、そういう意味じゃありません」

桜子(今、私たちは浅草にいる。というのも--)

○回想

桐仁邸、夕餉の席。

桜子「え、新婚旅行?」
桐仁「ああ。俺たちは新婚なんだから、行くべきだろう」
桜子「どちらに?」
桐仁「あなたが行きたいところでいい。どこかあるか?」
桜子「えっと……」

桜子、少し考え込み、おずおずと口を開く。

桜子「あ、浅草オペラを観に行ってみたいです」
桐仁「分かった。では、浅草に行こう。一泊二日で」
桜子「!」

顔を赤くする桜子に桐仁が気付く。察したのか、こちらは僅かに慌てふためいた。

桐仁「心配せずともそのようなことはしない」
桜子「そ、そうですか……」

ほっとしたような、でも残念のような気がする桜子。

○回想終了

桜子、指にある結婚指輪を大切そうに撫でる。

桜子(浅草オペラも楽しみ)

上機嫌で、桐仁と往来を歩く。
浅草オペラを観劇しに行く。

帰り道。

桜子「はーっ、すごかった……!」

桜子(熱狂的なふぁんがいるというのも納得だった。私もふぁんになりそう)

桐仁「楽しかったか?」(優しげな表情)
桜子「はい!」
桐仁「それならよかった。どこかで昼餉にしよう」
桜子「あ、じゃあカフェに行きませんか? 最近、流行っていますでしょう?」
桐仁「そうだな。分かった」

桐仁、さりげなく桜子と手を繋ぐ。桜子、びっくりして顔を上げる。が、桐仁はいつもの仏頂面で正面を向いたまま。

桜子「……」(ほんのり顔を赤くして俯く桜子)

近くのカフェに入ろうとしたところ、孝次とバッティングする。

孝次「あれ? 空森少尉」
桐仁「孝次」

桜子も桐仁も、慌てて手を離す。

桜子(職場の方かしら?)

孝次「浅草にいらしていたんですね。新婚旅行」
桐仁「そちらは?」
孝次「僕は例の調査の関係で。……仲睦まじそうで何よりです、お二人」

にこっと笑う孝次に、桐仁はむっとする。

桐仁「お前には関係のないことだ」
孝次「はは。これは失礼いたしました。それでは」

孝次、二人に会釈して立ち去っていく。
桐仁の頬が僅かに赤くなっていることに桜子は気付き、桜子もちょっと赤面する。
気まずい沈黙が下りる。

桜子「……」
桐仁「……」

桐仁「行くか」
桜子「は、はい」

今度は別々に歩き出す二人。どちらもぎこちない。

桜子「あ、の。例の調査というのは?」
桐仁「ああ、まぁ……あなたには関係のないことだ」

その後、カフェでカレーやメロンクリームソーダをいただく二人。
楽しそうな桜子に、桐仁の表情は優しい。
それから買い物にも出かける。

桜子「これ! 可愛いですね」

桜子が指差しているのは、桜がモチーフのリボン。
目を輝かせている桜子に、桐仁は表情を和らげる。

桐仁「買おうか」
桜子「え!? い、いいんですか?」
桐仁「ああ。……店主、これを頼む」
店主「あいよ」

萌葱色のリボンをプレゼントしてもらう桜子。早速、リボンを付け替えてみる。

桜子「どうでしょうか?」
桐仁「よく似合ってる」
桜子「あ、ありがとうございます!」

嬉しそうに破顔する桜子。桐仁の表情はなおも優しい。
見つめ合う二人を、店主たちが口笛を吹いて茶化す。
二人ははっとして慌ててその場を去る。


○浅草の宿(夜)

今夜の宿へ。旅館。
食事を終え、入浴も済ませて、二人は同じ部屋で眠るところ。

桜子「今日はすっごく楽しかったですね」
桐仁「ああ」

淡々としている表情の桐仁に、桜子はちょっとむっとする。

桜子「本当にそう思っています?」
桐仁「もちろん」
桜子「それなら私も嬉しいですけど」
桐仁「なぜ」
桜子「え? だ、だって……そりゃあ」

桜子(好きな相手と楽しめたら嬉しい……って、言えない。恥ずかしくて)

桐仁「桜子?」
桜子「な、なんでもありません。もういいです」

桜子、布団の中にもぞもぞと入る。

桜子「ちょっと疲れてしまったので……先に眠りますね」
桐仁「分かった。おやすみ」
桜子「おやすみなさい」

桜子、桐仁に微笑んでから目を閉じる。

○夢の中

旅館の庭先で、一人の少女(桜子)が一人ぶつぶつ呟いている。

桜子「ふふ。綺麗だよね。お花って私も大好き」

少女はタンポポを摘みながら、ひたすら誰かと会話している(=妖魔)。

桜子「ぽんちゃんは、なんのお花が好き?」
妖魔「さくら」
桜子「桜が好きなの? え、どうして?」
妖魔「桜子と出会った時の花だから」
桜子「! ありがとう! そんな風に思ってくれていたんだね」

その時、背後から青年がやってくる。
不気味な様子の少女のことを、哀れな目で見ている。

晴雨「妖魔に取り憑かれているのか……。今、助ける」

少女の背後に俊足で近付き、炎を纏った刀で少女のことを貫こうとする。

妖魔「桜子、逃げよう! 退魔士だ!」
桜子「ええっ!?」

少女、タンポポを投げ出して逃げ出そうとする。

晴雨「待て! なぜ逃げる!?」
桜子「私たちのことは放っておいて!」

少女は旅館から逃げ出すが、路地裏ですぐに青年に追い詰められる。

桜子「やめて……お願い」
晴雨「怖がらないでほしい。その妖魔を退魔するだけだ」
桜子「ちが……」

炎を纏った刀が、少女の胸を貫く。
妖魔が消え、少女はその場に崩れ落ちる。

桜子「そんな……ぽんちゃんっ」

涙を流す少女のことを、青年が抱きしめる。あやすその手を、少女ははね除ける。

桜子「どうして放っておいてくれなかったの!」

○夢、終了

その時、はっと目を覚ます桜子。

桜子「あ、れ……?」

桜子は、なぜか目から涙を流していた。