○河原(日中)
河川敷のところでやっと解放される桜子。
桜子「純一! 一体何をするのよ!」
純一「……すみません。あなたの姿を見ていたら、いても立ってもいられなくなって」
目を伏せながら言う純一。その目元にはクマがある。
桜子(? なんだか調子が悪そう。それにさっきまでの身体能力もおかしかった……)
桜子「大丈夫? 顔色が悪いわよ」
純一「だ、大丈夫です。ちょっと頭痛がひどいだけで」
純一、桜子の前に片膝をつく。
純一「桜子様。私と逃げましょう」
桜子「え?」
純一「お金を盾にとられて、渋々あの方とご結婚されたのでしょう? そのような横暴を無視できません。私とどこか遠くで一緒に暮らしましょう」
桜子「!」
顔を青ざめさせる桜子。
思い出すのは、仕立屋での会話。
桜子(私がああ言ってしまったから。だからこんな暴挙に)
桜子、下唇を噛みしめ、真剣な顔で純一を見つめる。
桜子「ごめんなさい。あなたにこのような行動をさせてしまって。私のせいね」
純一「違います! 俺は俺自身の意思で……!」
桜子「本当にごめんなさい。--あなたと行く気はないわ」
愕然とする純一。
純一「え……。な、なぜですか!」
桜子「あの方には……借金返済を含めて色々と恩義があるの。私はそのご恩に報いたい。それに……」
純一「それに?」
桜子、曖昧に笑う。
桜子「いえ、なんでもないわ。とにかく、私はあの方の下に戻るから」
純一「桜子様!」
颯爽と立ち去ろうとすると、純一がなおも手首を掴んで離さない。
冷静に諭す桜子。
桜子「離して、純一」
純一「嫌です! だって、俺は……--ずっとあなたのことが好きだった!」
桜子「え?」
純一「あなたの借金だって、俺がまとめて返済するつもりでした! そのために一生懸命働いて、お金を貯めて…っ……、それなのに、どこの馬の骨とも分からない男に掻っ攫われてしまうなんて納得できないんです!」
桜子「純一……」
桜子(純一が私のことを? 全然気付かなかった)
○回想(十年前)
まだ子どもの二人が、花宮邸の庭で遊んでいる。
純一「桜子様、何をしておられるんでしょうか」
桜子「お花を摘んでいるの。花冠を作ろうと思って」
純一「では、俺も」
一生懸命、お花を摘む二人。純一はちらちらと桜子を見やる。
桜子、気付かずに笑顔を向ける。
桜子「楽しいねっ」
純一「はい」
○回想終了
桜子(純一はいつだって私のことを包み込むような優しい表情をしていた……。あれは、私のことを好きだったからなの?)
桜子「ごめんなさい、純一」
そっと純一から手を離す桜子。
桜子「私はあなたのことを兄のようにしか慕っていないの。その気持ちには応えられない」
純一「桜子様……それは絶対に、ですか?」
桜子「ええ。絶対に」(期待を持たせてはいけないわ)
純一「…っ……!」
今にも泣き出しそうなくらい顔を歪める純一。
桜子「私のことを好きになってくれてありがとう」
優しく微笑む桜子。純一、鬼気迫る顔で桜子をその場に押し倒す。
桜子「きゃっ!?」
純一「イヤだ……そレナら、イっそ」
様子がおかしい純一が、桜子の首に手をかける。
ぎりぎりと締め付けられ、苦痛に顔を歪める桜子。
桜子(苦しい……っ、やめて!)
どんどん力強くなっていき、純一の指が桜子の皮膚に食い込む。
その時、思い出すのは桐仁の顔。
桜子(桐仁……さん)
その時、純一の胸元を青い炎を纏った刀が貫く。
純一、苦痛そうに呻き、桜子の首を絞めるその手が止まる。
純一「ぐぁああああああ!」
桜子「か、は…っ……」
桜子、身をよじってどうにか脱出する。
桜子「! 桐仁さん」
桐仁「大丈夫か、桜子」
僅かに気遣わしげな表情で訊ねる桐仁の姿が(純一の背後)。
桜子、目に涙を浮かべる。
桜子「は、はい……」
桐仁が炎を纏った刀を純一から抜くと、純一はその場に倒れ伏す。気絶している。
桜子「純一!」
慌てて駆け寄ると、純一の様子がいつも通りのものに戻っていた。
桐仁「問題ない。妖魔を退魔しただけだ」
桜子「妖魔? 妖魔ってあの?」
桐仁「ああ。取り憑かれていたようだな。……それにしても」
桐仁、刀を鞘に収めながら、淡々と言う。
桐仁「誰なんだ、この男」
桜子「わ、私の幼馴染の純一ですっ」
桜子、純一のことを気遣わしげに見下ろす。
桜子「純一……」
純一「うっ……ここは」
純一、目を覚ます。己の行動を覚えているのか、桜子の顔を見て申し訳なさそうに顔を歪める。
純一「桜子様……す、すみません、俺」
桜子「い、いいのよ。妖魔の仕業だったんだから」
純一「……」
純一、よろめきながらも立ち上がる。桐仁のことを険しい顔で睨む。
純一「あなたが桜子様を娶った金持ちか」
桐仁「そうだが」
純一「金をちらつかせて結婚するなんて最低だと思いませんか」
桐仁「どうとでも」
純一「……っ」
純一、その場に土下座をする。
純一「お願いします。桜子様を解放なさって下さい。お金なら俺が返済します!」
桜子「純一……」
桐仁「どいつもこいつも……一億を返せると思っているのか。断る」
桐仁、踵を返す。
桐仁「行くぞ、桜子」
桜子「……はい」
桜子、純一に優しく笑いかける。
桜子「本当にありがとう、純一。でもいいのよ。私はこの方と行くわ」
純一「なぜですか。なぜ、その男と……」
桜子「言ったでしょう、恩義があるからって。……あなたも幸せになってね」
純一「…っ……」
立ち去っていく桜子と桐仁。その場にうなだれつつ、こくりと頷く純一。
○帝都の往来(日中)
会場である洋館に向かって歩き出す、桜子と桐仁。
桐仁「……よかったのか? 本当に」
桜子「何がですか」
桐仁「俺と結婚したままで」
桜子「私が自分で決めたことです。ご心配なさらず」
桜子、ふと思い出したように言う。
桜子「先程は助けていただいてありがとうございました」
桐仁「妻を助けるのは当然のことだ」
桜子「それでも、ありがとうございます」
桜子(『妻』、か。出世のための……)
浮かない顔の桜子に、桐仁が気付く。
桐仁「どうした?」
桜子「い、いえ。なんでもありません」
桐仁「! 涙が出ている」
桐仁、足を止めて、桜子の前に。桜子の涙を指で拭う。
桐仁「なんでもないわけがないだろう。もしかして……怖かったか。やはり」
桜子「…っ……、怖くはありましたが、違います」
桐仁「ではなぜ」
桜子「……。私は所詮、出世のための道具でしかないのでしょうか」
桐仁「……突然、どうした?」
はらはらと涙をこぼしながら、桜子は桐仁を真っ直ぐ見つめる。
桜子「私はあなたと……心から夫婦になりたい。ご迷惑でしょうか?」
押し黙る桐仁。
桐仁「……そんなことはない」
桜子「これからも隣にいていいですか?」
桐仁「もちろん」
桐仁「これから……お互いのことを知っていこう。ゆっくり時間をかけて」
桜子、嬉しさに破顔する。
桜子「はい!」
桐仁「急ごう。もうパーティーの開始時間が過ぎている」
桜子「ええっ!?」
桐仁、桜子の手を引く。
驚く桜子。
桐仁「もう二度と連れ攫われないようにと思ってな」
桜子「ふふ。そうですか」
会場である洋館へ向かう二人。
遅れたことを詫び、パーティーを開始する。
桜子がドリンクを片手に壁際に立っていると、宗司が笑顔で話しかけてくる。
宗司「桜子さん、このたびは結婚おめでとうござます」
桜子「ありがとうございます。えっと……」
宗司「桐仁の兄の宗司です。これからよろしくお願いしますね」
桜子「はい、こちらこそ」
にこりと笑い返す。
桜子(桐仁さんと違って、お義兄様は笑顔の多い方なんだ。って、柚葉もそうだけど。兄妹なのに不思議)
桜子「私、一人っ子だったので……ご兄妹ができて嬉しいです」
宗司「そうですか。では、何かあったら遠慮無く頼ってきて下さい。俺でよければ、なんでもお力になりますよ」
桜子「ありがとうございます」
微笑み合う二人。そこへ不機嫌そうにした桐仁がやってくる。
桐仁「桜子。待たせた」
桜子「い、いえ。全然大丈夫ですよ」
桐仁「全然?」
桜子「な、何を怒っていらっしゃるのですか……?」
宗司、くすりと笑う。
宗司「では、俺は失礼します。末永くお幸せに」
宗司、立ち去っていく。その場に桜子と桐仁が二人残る。
桐仁「兄と何を話していた?」
桜子「え? えっと、特には……」
桜子(どうしてこんなに不機嫌そうなの? まさか、嫉妬!?)
桐仁「……そうか。すまない」
桜子「い、いえ。その、桐仁さんも嫉妬なんてするんですね」
桐仁「!」
わずかに頬を赤らめる桐仁。こほんと咳払いする。
桐仁「……そういうことではない」
桜子「ふふ。本当に?」
桐仁「二度も言わせるな」
桜子(桐仁さんとなら……これからも上手くやっていけそうな気がする)
桜子(ずっとお傍にいたい)
妖魔「……」
会場の外から、妖魔が意味深げに桜子を見つめている。
