借金一億、冷徹軍人の妻になりました


○帝都(ある日の昼)

仕立屋で洋服を見繕ってもらっている桜子。

店員「まぁ、素敵ですよ! お客様!」
桜子「ありがとうございます」

自然と笑顔になっている桜子。くるりとその場で回って、自分の後ろ姿を確認する。
着ているのは、淡い桃色のドレス。

桜子「では、こちらでお願いします」
店員「かしこまりました」

桜子、試着室で和服に戻る。試着室を出て行くと、誰かから話しかけられた。

純一「桜子……さま?」
桜子「え?」

桜子、振り返る。そこには、見たことのあるような顔の青年が立っていた。(青年は何か荷物を持っている)

純一「や、やっぱり桜子様じゃないですか! お久しぶりです!」

ぱっと破顔する青年に、桜子はちょっと戸惑う。

桜子(どこかで会ったような……あっ!)

はっとして思い出す桜子。

桜子「純一?」
純一「はい! いやぁ、ご立派になられましたね」
桜子「純一こそ」

桜子(純一は、以前、花宮家があった頃に仕えてくれていた使用人の子どもだ。私とは幼馴染のような関係だった。家が没落してからは疎遠だったけれど……まさか、こんなところで再会できるなんて)

自然と笑顔になる桜子。

桜子「あれから元気だった? 今はどちらで働いているの?」
純一「このお店ですよ。主に配達員として」
桜子「そうだったの」

目を丸くする桜子。純一は……少し遠慮がちに口を開く。

純一「桜子様は……その、今も日向家で下働きを?」
桜子「ううん。必要がなくなって、やめたわ」

純一、明るく破顔する。

純一「では、完済できたんですね!」
桜子「え、ええと……その、空森様に見初められて。借金を一括返済してもらったの」
純一「え? ということは……ご結婚、されたんですか?」
桜子「うん」

愕然としている様子の純一だが、桜子は気付かない。

桜子「お金を盾にとられた結婚だけど。ふふ、参っちゃうわよね」
店員「お待たせしました。空森様」
桜子「あっ、ありがとうございます。今、お支払いに行きます」

桜子、純一に笑いかける。

桜子「じゃあ、またね」
純一「……はい」

桜子、会計を終えたら仕立屋を出て行く。
その後ろ姿を、純一は切なげな眼差し(同時に険しい目)で見つめていた。


○桐仁邸(夜)

桜子と桐仁、夕餉を食べている。

桐仁「幼馴染と会ったのか。それはよかったな」
桜子「はい」

桜子、自然な笑顔で頷きつつ、鯖の塩焼きを頬張る。

桜子「兄妹のように育ったので、お別れした時は本当に寂しかったんですけど……って、あら?」
桐仁「どうした」
桜子「いえ……どうして日向家で下働きしていたことを知っていたのかなって。そういえば」
桐仁「自分で伝えたのでは?」
桜子「いえ、そんなはずありません。その時はまだ奉公先が決まっていなかったので」
桐仁「……」

意味ありげに押し黙る桐仁だが、何も言わない。
桜子もただスルーされただけだと思い、話を続けた。

桜子「お洋服も準備できました。……すみません、何から何までご厄介になって」
桐仁「あなたは俺の伴侶なのだから当然だ。気にせずともいい」
桜子「はい……」

桜子(何か恩返しができたらいいのだけれど……ああ、そうだ)

桜子「桐仁さん。明日の朝餉はぜひまた私に作らせて下さい」
桐仁「なぜ」
桜子「えっと、日頃のお礼に作って差し上げたいんです」
桐仁「ふむ」

桐仁、少し考えるそぶり。

桐仁「……好きにしたらいい」
桜子「! あ、ありがとうございます!」
桐仁「なぜ、あなたがお礼を言うんだ」
桜子「いいじゃないですか。細かいことは」
桐仁「細かいこと?」

そこへ、お漬物を運んできた静紀。声を立てて笑う。

静紀「桐仁坊ちゃんは確かに……少々律儀なところがございますからね」
桐仁「どういう意味だ」
静紀「ふふ」

桜子、つられて笑う。

桜子「ふふ」
桐仁「まったく……」

桜子(この家での生活も楽しくなってきた。このまま上手くやっていけたらいいな)


○桐仁邸(翌日、朝)

桜子「よし。上出来」

桜子、和食の朝餉を居間に運ぶ。そこへちょうど、桐仁もやってくる。

桜子「おはようございます。桐仁さん」
桐仁「おはよう。本当に用意してくれたんだな。ありがたい」
桜子「ふふ。どうぞ召し上がって下さい」

桐仁、食卓につく。桜子はその向かい側へ。

桐仁「いただきます」

まず、味噌汁を飲む桐仁。目を丸くする。

桐仁「うまい。鰹節の出汁か?」
桜子「ええ。弱火でじっくりと抽出しました」
桐仁「静紀のものよりも好みだ」
桜子「! そ、そうですか。ありがとうございます」

ほんのりと頬を赤らめる桜子。

桜子(ほ、褒められた……)

桜子、笑顔ののち、俯く。

桜子「またいつか作らせて下さい。私には……このくらいのことしかできなくて」
桐仁「働きに出るという話はどうなった?」
桜子「女学校を卒業したらと考えています。私、今年で十七歳なので」
桐仁「いつだ。誕生日は」
桜子「えっと……神無月の十日です」
桐仁「そうか。……何度も言うが、返済する必要は無い。あなた名義で貯金しておいたらいい」
桜子「そういうわけには参りません! 私は……あなたと対等な関係になりたいんです。胸を張って隣にいたいというか……」
桐仁「俺は今も対等だと感じているが?」
桜子「それは……でも」
桐仁「あなたが俺の伴侶でいてくれたらそれで十分だ」
桜子「! ……誉れある血筋を望まれているからですか」
桐仁「ああ」
桜子「……」

桐仁、朝餉を食べ終え、席を立つ。

桐仁「では、仕事に行ってくる」
桜子「……いってらっしゃいませ」

桜子(なんだか……胸に棘が刺さったみたいに痛い。どうしてかしら)


○桐仁邸(一週間後・朝)

自分の部屋で、姿見をチェックしている桜子。

桜子「よし。綺麗に着れたわ」

その時、襖越しに桐仁の声。

桐仁「桜子。そろそろ行こう」
桜子「はい」

桜子、廊下に出て桐仁と合流。桐仁は軍服。
桜子の洋服姿を見た桐仁、一瞬言葉を失う。

桐仁「……綺麗だ」
桜子「え?」
桐仁「あ、いや、なんでもない。行こう」
桜子「は、はい」

桐仁に褒められて、頬を赤くする桜子。
エスコートの手を取り、屋敷を出る。馬車に乗り込み、会場である洋館へ。

桐仁「緊張しているのか? もしかして」
桜子「そ、そりゃあ緊張しますよ。ご両親とも会うんですから」
桐仁「両親は別に結婚には反対していない。そう気負わずとも大丈夫だ」
桜子「う……あ、ありがとうございます」

桐仁、ふいと窓から外の景色を見る。

桐仁「あれから女学校での生活はどうだ」
桜子「楽しく過ごしていますよ。友人もたくさんできました」
桐仁「困ったことはないか?」
桜子「大丈夫です。もう、心配性ですね」
桐仁「そんなつもりはないが」
桜子「ふふ」

桜子も、窓の外を見やる。

桜子「今日はよい天気で嬉しいですね」
桐仁「ああ。……と、そうだった。桜子、左手を出せ」
桜子「え? ええ」

桜子が言われた通りに左手を差し出すと、するりと銀製の結婚指輪(対妖魔防御効果)がはめこまれた。
桜子、目を丸くする。

桜子「これ……」
桐仁「遅くなったが、結婚指輪だ」
桜子「あ、ありがとうございます」

桜子、左手を抱きしめるように右手で握る。大切そうに。
はにかむ桜子を、桐仁は……優しげな表情で見ていた。

その時、馬車がゆっくりと停まる。

御者「到着いたしました」
桐仁「行こう」
桜子「はい」

二人で馬車を降り、会場である洋館へ。
その時だった。

桜子「きゃっ!?」
桐仁「!?」

桜子を腕に抱え、高く跳躍して馬車の屋根を踏みつけ、逃亡する純一。(あやかしに取り憑かれている)

桜子「じゅ、純一!?」

一方、桐仁は茫然と立ち尽くしている。

桐仁「あの男は……」

桐仁、すぐに二人の後を追い始める。