借金一億、冷徹軍人の妻になりました


○女学校(朝)

教室で国語の授業を受けている桜子。愕然としている。

桜子(うう……つ、ついていけない)

授業後、机に座りながら教科書を引き出しにしまう桜子。

桜子「はぁ」
桜子(小学校には通っていたけれど、いつの間にかこんなに差がつくなんて)

どこからか、学友が話しかけてくる。

友人1「ねぇねぇ、桜子さん。ご結婚されているって本当?」
桜子「え? え、ええ」
友人2「きゃーっ、素敵! どんなお相手なの?」

きらきらとした憧れの眼差し。桜子はちょっと内心苦笑いする。

桜子(えっと……夢を壊さない方がいいわよね)
桜子「お優しい方よ。女学校にも入学させてくれて」
友人1「そうなんだ! 本当に素敵ねぇ」

そこへ、柚葉も隣から会話に加わる。

柚葉「お兄様がねぇ……確かに優しいところもあるよね、あの人」
桜子「もう、そういう言い方はよくないわよ。柚葉さん」
柚葉「そう? 身内だからかな? つい」

友人たちは困惑した様子。

友人1「えっと……柚葉さんのお兄様と結婚されているの?」
桜子「うん」

柚葉、はっとしたようにおちゃらける。

柚葉「あっ。桜子さんのこと、お義姉様って呼んだ方がいいかな?」
桜子「ふふ。桜子のままでいいわよ」
柚葉「そっか。じゃあ、桜子。私のことも柚葉でいいからね」
桜子「うん」
友人1「私も、和泉でいいよ」
友人2「私、清香」

みんなの輪の中で、笑っている桜子。


○桐仁邸(夜)

桜子、玄関先で仕事帰りの桐仁を出迎える。

桜子「おかえりなさい」
桐仁「ああ」
桜子「今日、女学校に行って参りました。すっごく楽しかったです」
桐仁「そうか」

桜子、おずおずと刺繍入りの手巾を差し出す。

桜子「あの、こちらどうぞ」
桐仁「なんだ?」
桜子「女学校の裁縫の授業で縫いました。よかったら使って下さい」

桐仁、不思議そうに冷徹な顔で言う。

桐仁「自分で使ったらよいのでは」
桜子「! う……で、でも」
桐仁「?」
桜子「……もういいです。分かりました」

桜子、むっとした顔で手巾を懐に戻す。

桜子(お礼にと思ってせっかく作ったのに……何よ。優しい人だなんて勘違いだったのかしら)

桐仁、玄関に置いてある花瓶にふと気付く。

桐仁「桜子」
桜子「なんですか?」
桐仁「この花瓶に生けている花、あなたが?」
桜子「? そうですけど」
桐仁「綺麗だな」

ふっと微笑む桐仁。桜子、驚いてしまう。

桜子(わ、笑った? 笑うこともあるのね……)

桐仁「どうした」
桜子「あ、いえ。お花がお好きなんですか?」
桐仁「まぁ、そうだな。母が花好きで、本家は花ばかりの中、育ったから」
桜子「そうだったんですね……」

桜子、花瓶の花を愛でる。

桜子「私も好きです。お花って……心に彩りを添えてくれますよね」
桐仁「確かにそうだな。そういえば。先程の手巾の刺繍も、桜の刺繍が見事だった」
桜子「! あ、ありがとうございます……」

そのまま立ち去っていこうとする桐仁を、桜子は呼び止める。

桜子「あの、桐仁さん!」

桐仁、立ち止まって桜子を振り返る。

桜子「や、やっぱりこちら、もらっていただけませんか?」

再び、刺繍入り手巾を差し出す桜子。

桐仁「なぜ」
桜子「お、お礼にと思って作ったんです。これまでの。ですから……」

桐仁、僅かに目を見開く。

桐仁「……そうだったのか。なら、いただこう」
桜子「! ありがとうございます!」

ぱっと顔を明るくする桜子。桐仁は刺繍入り手巾を受け取り、そっと懐にしまい込む。

桐仁「悪いな。気を遣わせて」
桜子「いえ」
桐仁「そろそろ夕餉にしよう。静紀は?」
桜子「あっ、今日、体調を崩されたのでお帰りになってます。ですから、夕餉は私が用意いたします」
桐仁「そうか。助かる」

桐仁、自分の部屋に行って和服に着替える。
その間、桜子は厨房で夕餉作り。

桜子(あの手巾、もらってもらえてよかった)

味噌汁を作る桜子。

桜子(これから頑張ろう。もっと……あの人のことを知っていきたい。せっかく、夫婦になったんだもの)

その時、何か気配を感じて桜子は後ろを振り返る。が、誰もいない。

桜子「?」



そうして夕餉を一緒に食べ、湯浴みをした後。
廊下を歩いていた桜子、ふと襖の隙間から桐仁の姿が見える。

桜子「あ、桐仁さ--」

どくん。
脳内に不気味な声が響く。

あやかし「コロせ。コロせ。コロせ--!」
桜子「うっ」

頭が痛くなってその場に蹲る桜子。桐仁、そのことに気付いて急いで駆け寄ってくる。

桐仁「大丈夫か、桜子!」
桜子「頭が痛くて……さっきから変な声も聞こえ、るんです」
桐仁「変な声?」

桐仁、ふと何かに気付いたように表情を引き締める。
同時に気絶した桜子の体が勝手に動き、桐仁に襲いかかる。

桐仁「! 妖魔に取り憑かれたか!」

桐仁、あっさりと攻撃をいなして、桜子のみぞおちに拳を叩き込む。すると、桜子の動きが止まって……体から黒いもやのような存在が出て行く。

桐仁「ちっ。刀があれば……仕留められたものを」

桐仁、気を失っている桜子の首筋に手を触れる。脈の音が聞こえ、ほっとする。
妖魔が消えていった方角を睨みつける。

桐仁「あの妖魔は一体……」


○桐仁邸(翌日、朝)

六畳一間の部屋で、いつの間にか眠っていた桜子。

桜子「ん…っ……」

もぞもぞと体を起こすと、なんと隣には桐仁の姿が。

桜子「!? きゃあああああ!」

悲鳴を上げながら後ろに下がると、桐仁も目を覚ます。

桐仁「なんだ。騒々しい」
桜子「な、な、どうしてここに桐仁さんが……」
桐仁「ここは俺の部屋だが」
桜子「え!?」

桜子、周囲を見渡す。すると、確かに桐仁の部屋のようだった。

桜子(そ、そういえば、私……あれ? 昨日の途中から記憶がない)

桜子、布団に座り込んだまま、桐仁を見る。

桜子「も、もしかしてお酒でも飲んで酔ってしまっていたんでしょうか、私……」
桐仁「いや。廊下に倒れ込んでいたところを介抱した。疲れていたんだろう」
桜子「す、すみません。ありがとうございます……」

桜子、額を押さえながら俯く。

桜子(何か忘れているような気がするけど、思い出せない……なんだっけ)

桐仁「ところで、桜子。来週末のことだが」
桜子「はい?」
桐仁「結婚お披露目パーティーを行う。準備をしていこう」

相変わらず無表情に近い桐仁。桜子は努めて笑顔で頷く。

桜子「は、はい」

桜子、胸元で拳を握りしめる。

桜子(結婚お披露目パーティー……いよいよみんなの前で。緊張する。でも、頑張ろう)