借金一億、冷徹軍人の妻になりました


○桐仁邸(日中)

桜子「静紀さん、ちょっと出かけてきますね」
静紀「あら、どちらに?」
桜子「えっと……か、買い物に」

桜子、努めて笑顔で応え、桐仁邸を出る。


○帝都(日中)

往来を歩く桜子。

桜子(やっぱり少しでもお金を返済しないとダメだわ。次はどこで働こう……)

その時、喫茶店が目に入る。
可愛いウエイトレスドレスを着ている店員が目に入る。

桜子(可愛い……ここで働こうかしら)
桜子(でも、まずは桐仁さんのご許可を得てから、よね)

ひとまず、また桐仁邸に戻る桜子。


○桐仁邸(夜)

仕事から帰ってきた桐仁と、居間で向き合う桜子。

桐仁「は? お金を少しでも俺に返したい?」
桜子「はい! そのため、働きたく存じます!」
桐仁「必要ない。あなたは私と結婚するのだろう? なら、帳消しだ」
桜子「そういうわけには参りません。私の気が済まないのです」
桐仁「……」

桐仁、そっと息をつく。

桐仁「そうか。なら、好きにしたらいい。ところで、桜子」
桜子「? なんでしょう」
桐仁「女学校への手続きは済ませた。来週から通うといい。制服は明日届く」
桜子「え!?」

目を見開く桜子。困惑した顔で桐仁を見つめる。

桜子「どういうことですか。通わないとお断りしたはずですが……」
桐仁「別に。ただ、良妻賢母になってもらった方がいいと感じたから。それだけだ」

桐仁、さっさと居間を出る。
桜子は困惑して立ち尽くしている。

桜子(女学校に行ける……? う、嬉しいけど、なんか複雑。どれだけ強引なの)
桜子(でも……悪い人じゃないのかも?)

その時、厨房から静紀が顔を出す。

静紀「桜子さん、夕餉のご用意ができましたよ」
桜子「あっ、はい!」

桜子、桐仁の部屋まで呼びに行く。

桜子「桐仁さん、夕餉のご用意ができたみたいで……、!?」

桐仁が軍服を脱ぎ、半裸の状態だった。
顔を真っ赤にする桜子。

桜子「すすすみません!」

すぐに後ろに体ごと向ける。が、ちらりともう一度見てしまう。

桜子(うっすらだけど、体中に傷だらけ……。危険な仕事なんだわ)

桐仁「別に見られても困らないが? まぁ、見ても楽しくないだろうが」
桜子「そんなことありません。その、お勤めを……頑張られているのですね」
桐仁「この傷のことなら、子ども時代のものだ。父からつけられた」
桜子「え! す、すごく大変な修行だったんですね……」
桐仁「今の仕事に役立っているから。父には感謝している」
桜子「そう、ですか……」

桜子、両親のことを思い出す。

○回想

桜子の母「桜子もいつかいい殿方に嫁ぐのよ」
桜子「えー、お父様がいいっ」
桜子の父「はは。父様は母様と結婚しているから。ごめんな」
桜子の母「他に桜子のことを一番に想ってくれる男がきっと現れるからね--」

○回想終了

桜子(そんな人、未だにいないわよ、お母様……)

苦笑いする桜子。
桐仁、和服に着替えて部屋から出てくる。

桐仁「夕餉にしよう」
桜子「はい」

さっさと歩き出してしまう桐仁の背中を見つめ、桜子はやはり苦笑する。

桜子(私には縁の無い話ね)


○桐仁邸(翌日、昼)

自分の部屋で女学校の制服を広げ、喜ぶ桜子。

桜子「わぁ! 可愛い……!」

制服を抱きしめる桜子。

桜子(憧れだった女学校に通えるなんて。桐仁さんのおかげだ。理由はどうあれ)
桜子(あとで感謝の言葉を伝えよう)
桜子(働きに出るのは……もう少し先延ばしにしようかな?)


○桐仁邸(夜)

仕事から帰ってきた桐仁を、桜子は出迎える。

桜子「おかえりなさい、桐仁さん」
桐仁「ああ」
桜子「あの、今日女学校の制服が届きました。すごく可愛くて」
桐仁「そうか」

にこりともしない桐仁に怖じ気づくも、桜子は意を決して伝える。

桜子「桐仁さん。ありがとうございます」
桐仁「何が」
桜子「女学校のことです。私……本当はずっと通ってみたいと思っていたんです」
桐仁「確かにずっとそう見えていた」

桜子、はっとする。

桜子「! え、じゃあ……もしかして、だから手続きを?」
桐仁「強引かと思ったが、そうでもしないと納得しないと思った」
桜子「……あ、ありがとうございます」

桜子(まさか嘘だと見抜かれていたなんて。でも確かに……優しい人なんだわ)

桜子「桐仁さん。あの、昨日は……すみませんでした」
桐仁「何がだ」
桜子「最低だと伝えてしまって……。言い過ぎました」
桐仁「あなたの感性は間違っていないと思うが」

桜子、遠慮がちに口を開く。

桜子「……どうして、花宮家の血筋が欲しいのですか?」
桐仁「聞いてどうする」
桜子「私にも知る権利があると思います」
桐仁「……。軍で出世するのに有利になるからだ。それだけでしかない。ああ、入籍届は出しておいた。これで今日から俺とあなたは夫婦だ」
桜子「! は、はい……」

桜子(本当に結婚したのね、私たち。全然実感がわかないけれど)
桜子(でも、桐仁さんとなら上手くやっていけるかも……?)


○女学校(朝)

女性教師の隣に、緊張した顔の桜子が立っている。

教師「今日から入学する空森桜子さんです。みなさん、仲良くして下さいね」
桜子「さ、桜子です! よろしくお願いします!」

桜子、一礼する。
目の前にいるクラスメイトたちは、パチパチと拍手した。そしてその中には柚葉もいる。

教師「じゃあ、奥の空いている席に着いて」
桜子「はい」

一番後ろの席まで歩くと、柚葉が手を振っている。笑顔で。

柚葉「桜子さーん。久しぶり」

桜子、少し安堵の笑みを浮かべる。

桜子「久しぶり。柚葉さん」
柚葉「桜子さんも入学したんだね。これからよろしくね」
桜子「ええ。よろしく」

席に着くと、教師が咳払いする。

教師「こほん。ではみなさん、今日の授業は--」


○帝国軍・駐屯地(同時刻)

書棚に囲まれた一室で、書類と睨めっこしている桐仁がいる。

桐仁「……やはり怪しいな」
孝次「花宮家の没落に関してですか?」
桐仁「ああ」

桐仁、書類をめくる。

桐仁「あれだけ先見の明で事情拡大していたのに、突然のやらかし……妖魔の嫌がらせでよくあることだ」

桐仁、書類に『妖魔関与の疑惑あり』と書き込む。

孝次「そういえば、空森少尉。ご結婚おめでとうございます。その花宮家のご令嬢を娶られたんでしょう?」
桐仁「そうだ。出世のために使えるかと思ってな」

孝次、顔をしかめる。

孝次「そのような物言いはおやめになった方がよいかと。数あるご令嬢から彼女を選ばれたのは、何か理由がおありなんでしょう?」
桐仁「……まぁ。没落しても、めげずに強く生きる姿が美しいとは感じていた」
孝次「でしたら、どうぞ大切にされて下さい」
桐仁「余計なお世話だ。--孝次」
孝次「はい」
桐仁「調査に行くぞ」
孝次「承知いたしました」

席を立った桐仁、戸口まできびきびと歩く。