○桐仁邸(翌日、朝)
玄関先にいる桐仁を笑顔で送り出す桜子。
桐仁「じゃ、行ってくる」
桜子「はい。お気をつけて」
二人、自然とキス。顔を離すと、照れ臭そうにはにかむ。
桐仁は桜子の頭を撫でる。
桐仁「戸締まりには気を付けてな。それじゃ」
屋敷を出て行く桐仁。職場へ出勤するのだ。
桜子、桐仁に撫でられた頭に触れながら、ちょっとうっとり。
桜子(今日は帰ってこないなんて……寂しいな)
桜子「……さっ。私も女学校に行く用意をしよう」
○桐仁邸(夕方)
女学校から帰ってきた桜子。
桜子「ふぅ。今日も楽しかった」
桜子(お裁縫の授業は苦手だけど……ああ、指が痛い)
自室でセーラー服を脱ごうとしていると、家のドアチャイムが鳴る。
桜子「? はーい!」
桜子、いそいそと玄関へ。
そこには、なんと梓がにこりと笑いながら立っていた。
桜子「梓!? どうしたの、こんな時間に」
梓「日中は仕事だもの。いいでしょ、ちょっとお家の中を見てみたい」
桜子「ま、まぁいいけど……。ちょっとだけよ?」
梓、屋敷の中に入る。ぐるりと中を見回しながら、歩く。
梓「思ったよりは小さいのね、この屋敷」
桜子「そう? 二人で暮らすには十分な広さだけれど」
梓「あー、確かに。舅姑と暮らさなくていいのはいいわよね」
桜子「……桐仁さんのご両親は優しい方たちよ」
桜子、ちょっとむっとして言い返す。梓は聞いていない。
梓「よい方に見初められたのね、お姉ちゃん。少尉の地位におられる方なんでしょ? あの若さで……すごいわ」
桜子、ちょっと驚く。
桜子「どうして知っているの? そこまで」
梓「この前、たまたま私の仕事先で会って。部下の方と話しているのを聞いたの。ふふ、聞いてないの?」
桜子「あ、ああ。そういえば、定食屋で会ったと聞いたわ」
桜子、笑顔になる。
桜子「今度は定食屋で働いているのね。すごいわ、今度私も食べに行っていい?」
梓、途端に面白くなさそうな顔になる。
梓「……いいご身分ね。働かずとも生活できて、その上、外食だなんて」
桜子「え?」
虚を突かれる桜子のセーラー服姿を、梓は憎々しげに見つめる。
梓「女学校にも通わせてもらえてる。……なんでお姉ちゃんなの? 元は家名目当ての結婚だったんでしょ? 私に申し込みがきてもよかったのに」
梓の口調が語気強くなっていく。
梓「純一さんだってそう……! お姉ちゃんばっかりずるいよ! どうしてそう……私から幸せを奪っていくの!?」
桜子、戸惑うしかない。
桜子(私が梓から幸せを奪った? え、そんなこと……)
桜子「あ、梓っ。落ち着いて。私はそんなことしてな--きゃっ!?」
桜子、梓に突き飛ばされる。よろめいて畳に尻餅をつく。
梓「どうせ、お姉ちゃんが色目を使ったんでしょ!? ひどいよっ、私だって……桐仁さんに
嫁いで、もう賃労働から解放されたかった! 物心ついた時から貧乏で、もううんざり!」
桜子「あ、梓!」
梓が八つ当たるように、燭台を次々と倒していく。
桜子、びっくりとして慌てて飛びかかる。
桜子「やめなさい! 燃え移ってしまうでしょう!?」
梓「お姉ちゃんも私と同じようになればいいのよ! こんな家、燃やしてやる!」
桜子「梓!」
桜子、梓の体をぐいっと引っ張り、頬をビンタする。
ぱぁん!
梓、カッとなって桜子を睨みつける。
梓「何するのよ!」
桜子「冷静になりなさい! さっ、早く逃げるわよ!」
梓「嫌よ! 私はここに残って死ぬ!」
桜子「バカなことを言わないで!」
駄々をこねる梓を、桜子は引きずってでも連れて行こうとする。が、暴れて難しい。
桜子「梓……お願い! どうして死ぬなんて悲しいことを言うの……!?」
梓「お姉ちゃんには分からないわよ!」
桜子「何かつらいことでもあったの? 理由を話してよ! 梓が死んでしまったら……お姉ちゃん、悲しいわ」
梓「……」
悲痛な声を上げる桜子。
梓、少し落ち着きを取り戻す。
梓「……騙されたのよ。付き合ってると思ってた人に。散々貢がされて……捨てられた。もう嫌だよ、こんな借金だらけの生活。うわぁああああん!」
大泣きする梓を、桜子はそっと抱きしめる。
同時に驚いた。
桜子「借金!? あなたまで借金を負ったの!?」
梓「う、ん……だって、だってぇ」
桜子「……つらかったわね。一人で抱え込んで頑張って」
桜子、ぎゅっと強く梓を抱きしめる。
桜子「私もすぐに働きに出るわ。一緒に早く返済しましょう」
梓「え……?」
梓、信じがたい目で桜子を見上げる。すぐに目がまた潤む。
梓「お姉ちゃん……! ごめんなさい……! ぐすっ」
桜子「泣いている場合じゃないわ。早く、避難しま……、っ!?」
桜子、愕然とする。火の回りが早く、玄関や窓に続く道が封鎖されていた。
二階に続く階段しか道は残っていない。
桜子「梓! ひとまず、二階に行くわよ!」
梓「う、うん」
二人で二階へ。
部屋の窓から脱出を考える。
桜子(二階から飛び降りれば……で、でも本当にそれで助かるのかしら)
梓はひたすら泣いている。
桜子も泣きたいくらい不安。
桜子(桐仁さん……。って、しっかりしなさい、私。どうしたら無事に地上へ下りられるか考えるのよ)
○帝都の往来(夕方)
孝次と見回りに出ていた桐仁。そこへ、ポン助が憑依した男が現れる。
妖魔?「おい! お前の家、火事になり始めてるぞ!」
桐仁「?」
いきなり話しかけられて一瞬びっくりとするも、すぐにポン助だと見抜く。
妖魔の気配に気付いた孝次が刀を抜こうとする。
桐仁は手で制す。
桐仁「ポン助か。どういうことだ」
妖魔?「桜子の妹が暴れて燭台を倒したんだ。今、炎の中に二人はいる。早く助けに行ってやれ。--じゃあね」
ポン助、言うだけ言って去る。
憑依されていた男はその場に倒れた。孝次が慌てて介抱する。
孝次「事実なのでしょうか……」
桐仁「おそらく。すまない、家の様子を確認しに行く」
桐仁、額に冷や汗を浮かべながら、走って行く。屋敷へと。
桐仁(桜子、無事でいてくれ--!)
