借金一億、冷徹軍人の妻になりました


○旧花宮邸(日中)

純和風の家屋の中を、桜子と桐仁は歩く。

桐仁「ここが旧花宮邸だ」
桜子「家具などそのまま残っているんですね」
桐仁「息子たちが放置したままにしていたらしいな」
桜子「なぜでしょうか……」
桐仁「さて。何か家族の遺恨があったのかもしれない」

まずは家の中をぐるりと見て歩く。どこにどの部屋があるか把握する。

桜子(『桜子』は……ポン助の仇でもある方に嫁いで、ここでどんな毎日を過ごしていたんだろう。夫に好意を寄せたのかしら)

ふと、居間の棚の上にある白黒写真に気付く。五人の家族写真だ。『桜子』らしい女性が、穏やかな笑みを浮かべている。

桜子(幸せそう……あの後、幸せになれたのかもしれない)
桜子(でも、『桜子』たちの様子をポン助が見ていたとしたら……何を思ったんだろう)

桐仁「桜子? ……ああ、家族写真か」
桜子「はい。『桜子』さんが幸せそうなのはいいんですけど……ポン助は何を思ったのかなって」
桐仁「……複雑かもしれないな。自分を滅した男と結ばれるなんて」
桜子「それで『桜子』のことを許していないんでしょうか……」
桐仁「分からない」

桜子と桐仁、次は『桜子』の部屋に行く。

桜子「うーん、何もありませんね……」

文机の引き出しを漁るも、めぼしいものは見つからない。
桜子、ため息をつく。

桜子「なんだか空き巣でもしているみたい」
桐仁「仕方あるまい。手がかりを探すためだ」

桐仁、押し入れを漁っている。しかしこちらもそれらしきものを見つけられず。

桜子「手紙とかないかしら……あら?」

引き出しの奥に大きな箱を見つける。南京鍵がかかっていた。
桜子、ぱっと顔を明るくする。

桜子(もしかして!)

桜子「桐仁さん! 鍵のかかった箱を見つけました!」
桐仁「本当か?」

桐仁も桜子の元にやってくる。

桜子「鍵はどこかしら……」
桐仁「面倒だ。刀で壊す。桜子、下がっていろ」
桜子「は、はい」

ガァンッ!
南京錠を破壊する桐仁。
桜子、早速中を開けてみる。

桜子「!」

中に入っていたのは、分厚い日記帳だった。背表紙には何も書かれていない。

桜子(ごめんなさい、『桜子』さん)

思い切って日記帳をぱらぱらとめくる。
まず、一行目に『拝啓 私の大切な親友へ』と書かれていた。

『あなたは今、穏やかでいられているでしょうか? 突然ですが、あの男に嫁ぐことが決まりました。ごめんなさい。でも、私はあの恨みを忘れていない』

桜子(やっぱり……そうよね)

次のページをめくる。

『あの男は妙に優しい。私を包み込むような、そんな優しさに戸惑ってる。あの男は……あなたを勝手に滅した悪い奴なのに』

さらに後ろのページ。

『ごめんなさい、ポン助。あの男のことを愛してしまった私を許して』

そこまで読んで、桜子は少し涙を流す。

桜子(『桜子』さん……ずっと、苦しんでいたんだわ。伝わってくる。仇の男を愛してしまった葛藤が……)

日記帳は最後にこう締めくくられていた。

『あなたのことはずっとずっと忘れない。私の大切な親友』

桜子「『桜子』さん……ポン助のことを死ぬ間際まできっと覚えていたのね」
桐仁「何か書いてあったか?」
桜子「はい。これをポン助に見せてあげたい」

桜子(そうすれば、きっと悲しいすれ違いを解けるはず)

桐仁「しかし……どうやって呼び寄せるんだ」
桜子「この指輪を外してみます」
桐仁「! な……そんな危険なことはさせられない!」

血相を変える桐仁。桜子は微笑む。

桜子「万が一の時は、桐仁さんが守ってくれる。そう信じています。わがままを許して下さい」
桐仁「だ、だが!」
桜子「この問題は、今ここで解決しておくべきことだと思うんです」
桐仁「……。はぁ。分かった」

桐仁、渋々と納得する。桜子、桐仁に笑いかける。

桜子「ありがとうございます」

桜子、結婚指輪を外す。すぐに何かが身の内に侵入してきた感覚に襲われる。ポン助が憑依したのだ。

桜子「ポン助、この日記帳を読んで。『桜子』さんからのお手紙よ」
妖魔「……」

桜子、一冊まるごと目で読み続ける。

『あなたと出会ったのは……もう何十年も前になるのね。懐かしく思うわ』

『家族から冷遇され、一人ぼっちだった私に寄り添ってくれていたこと……今でも覚えてる。あなたと出会ったから、今の私がいる。感謝してもしきれない』

『いつか私も……あなたと同じところへ行くわ。本当にごめんね。そしてありがとう』

妖魔「……『桜子』は僕を裏切ったわけじゃなかったんだね」

心が震える。桜子、知らぬうちに目から涙を流していた。ポン助の感情だ。

妖魔「会いたかったなぁ……」

ポン助、桜子から離れていく。

妖魔「ごめんね」

最後にそう言い残し、ポン助はどこかにいなくなった。
桜子、ふらついてしまう。
すかさず、桐仁が桜子の体を支える。

桐仁「桜子、大丈夫か!」
桜子「は、はい。大丈夫です」
桐仁「ポン助は……納得していなくなったのか」
桜子「おそらくは」

桜子、桐仁に支えてもらいながら、窓の外を見やる。快晴だ。

桜子(ポン助……いつか『桜子』さんと再会できたらいいな)

そうしてその時はずっと一緒にいられたらいい。


○帝都の往来(夕方)

桜子「ポン助はきっともう悪さをしないと思います」
桐仁「そうか」

桐仁、考え込んでいる。

桐仁「考えさせられる一件だった。そういった妖魔も本当にいるのだな」
桜子「そうですね」

桜子(お父様の件は……許しがたいけれど。でも、もう過去の話。それに)

桜子、ちらりと隣を歩く桐仁を見上げる。

桐仁「? なんだ?」
桜子「いえ。桐仁さんと一緒になれてよかったなって」
桐仁「ふっ、そうか」
桜子「桐仁さんは?」
桐仁「もちろん、俺だってよかったと思っている」

その時だった。道の向かい側から桜子の妹・梓が現れた。

梓「あれ? お姉ちゃん!?」
桜子「……梓?」

桜子、目を丸くする。なにせ、しばらく連絡が取れなかったから。

桜子「もう、どこに引っ越したのよ! 連絡が取れないから心配していたんだから!」
梓「え? 日向家にはあとで手紙を送ったけど?」
桜子「ええっ、じゃあ入れ違い?」
梓「入れ違い? もしかしてお姉ちゃんも職を変えたの?」

不思議そうな顔をする梓は、ふと桐仁の姿に気付く。

梓「お姉ちゃん、そちらの方は……?」
桜子「あ、私の夫よ」
梓「お姉ちゃんの旦那様!?」

梓は驚愕の顔をしている。そしてその目には嫉妬があった。

梓「……じゃあ、もしかして仕事は」
桜子「今はしていないわ。しばらく女学校に通うことになって」
梓「じょ、女学校!?」

もはや愕然としている梓。

梓「……っ、そ、そう! それはそれはおめでとう」

にこりと笑って祝意を述べる梓。桜子、その嫌味に気付かない。

桜子「ありがとう。借金もなくなったから。梓も幸せになりなさいね」
梓「言われなくても、なるわよ」

梓、表向きは愛想よく笑いながら立ち去っていく。桐仁にも一礼して。

桐仁「妹君だったのか?」
桜子「はい。しばらく連絡が取れなくて……心配していたんですが、元気そうでよかったです」
桐仁「そうだな」

桐仁、さりげなく桜子の手を掴む。桜子、ちょっとどきりとする。

桐仁「帰ろう。我が家へ」
桜子「はい!」

仲睦まじく歩いて行く二人を、梓は無機質な目で見つめていた。