天命のセナ


「セナ、いますか!」
 
 その日、セナは中々寝付けず、護衛であるルソンを呼び出し、眠くなるまで雑談に付き合って貰っていた。

 そんな中、シウォンがセナの自室に息を切らしてノックもなしに入ってきたのはルソンと他愛のない会話をしている最中であった。

「シウォン! びっくりしたわ。 どうしたの? そんなに息を切らして」
「何かあったのか?」
 
 シウォンは息を切らしてセナの部屋に入るなり、深く息を吸っては吐くのを三度繰り返した。
 ようやく呼吸を整え、目の前のルソンとセナに、先ほど見てしまった出来事を告げた。

「セナ、ルソン、私は先程、父上に用があって、父上の自室に行ったのですが居なくて。ルク陛下の元にいると兵の方に聞いてルク陛下の自室まで行ったら…… 父上がルク陛下を殺している所を目撃してしまいました」
「何ですって!?」
「ソレザ様がルク陛下を殺しただと……!」

 セナとルソンはシウォンから話された出来事を聞き、平静さを失い声を上げる。

「父上はセナも始末すると言っていました。きっとセナも殺すつもりなんでしょう…… 」
「父上が死んでしまった……」
「姫さま、気を確かに持ってください。どうしますかね、シウォン様」

 ルソンはセナの背中を優しく撫でてから、目の前にいるシウォンに向けて問い掛ける。
 
「王城にいては危険です。セナ、ルソンと共に一度城を出て下さい。私はセナもルソンも大切なんです。死んでほしくない。父上のことは私が何とかします」
「シウォン、貴方も一緒に……」
「行けません。私まで居なくなったら父上のことを止める者が居なくなります。ルソン、セナのことを頼みましたよ」

 シウォンの真剣な眼差しを受けて、護衛として守ることを託されたルソンは力強く頷き返す。

「姫さま、立てますか?」
「ええ、立てるわ」
「シウォン様、後のことはよろしくお願い致します」
「シウォン、死なないでね……」

 当分、会えなくなるであろうセナとルソンからの言葉にシウォンは「安心してください。死にませんから」と返事を返す。

 そしてシウォンはセナの部屋に来る前に父上(ソレザ)の部屋に戻り、セナに渡す為に持ってきた外の世界の地図を和服の着物のポケットの中から取り出しセナに手渡す。

「セナ、これを」
「これは?」
「これは天蘭王国と他国の地図です。きっと何かの助けになるでしょう」
「そうなのね、わかったわ。ありがとう、シウォン」

 セナはシウォンに礼を述べてからルソンに手を引かれて部屋から出て行く。
 シウォンはセナとルソンの背を見送ってからセナの部屋を後にした。

✾✾✾

兵に見つかることなく王城の外へ出たルソンとセナは、王都とは反対に位置する森の中を歩いていた。
 静かな夜の空気が二人の身体を包み、夜空に浮かぶ丸い満月がセナとルソンを照らしている。

「姫さま、大丈夫ですか?」
「ええ、でもちょっと疲れたわ……」
「そうですよね、少し休みますか」
「ええ、」

 ルソンとセナは桜の花びらが少し落ちている土の上に座り込む。
 セナは王城を出てから一言も喋ることはなくルソンはセナの精神を心配していた。

「姫さま、辛かったら辛い、悲しかったら悲しいと言ってくれていいんですよ」
「そうね…… つらいし悲しいわよ。父上が死んでしまったのだから……」

 セナは抑え込んでいた気持ちを口にすると我慢していた感情が溢れ出したのか、自身の空色の瞳から涙が溢れ出す。
 ルソンはそんなセナを見て辛そうに顔を歪ませた。

「姫さま、少し寝たらどうですか? 明日も沢山歩くと思いますし」
「そうね、少し寝るわ」
「はい、」

 セナはルソンが側にいる安心感からすぐに寝落ちる。
 ルソンはすー、すーと寝息を立てて寝るセナを優しげに見つめながらセナの空色の髪を優しく撫でた。

「姫さまのことは俺が命をかけて守りますから」

✾✾✾

 鳥のさえずりと暖かな日の光でセナは閉じていた瞼をそっと開ける。
 
「んん…… 朝……?」

 セナはそう呟いてから、右肩がとても重いことに気付く。
 恐る恐る右肩を見れば、ルソンがすやすやとセナの右肩に頭を預けて寝ていた。

「ルソン……!」
「んん? 姫さま、おはようございます」
「え、ええ、おはよう」
「よく寝れましたか?」
「ええ、眠れたわ」

 セナがそう返答すると、ルソンは「よかった」と安堵した。
 セナはそんなルソンを横目で見ながら、木々の隙間から覗く夜明け前の空を見上げた。

 もう、この空を三人で見ることは当分できないのだな、と心の中で思った。