天命のセナ


 セナ達が天蘭王国へ帰還してから、一ヶ月が過ぎた。王城には、穏やかな時間が流れていた。

 朝は中庭で剣の稽古をし、昼は執務の合間に顔を合わせ、夜は食卓を囲む。
 天命の盾の四人――シウ、セル、リタ、ルイア達は王城の警備(けいび)と鍛錬(たんれん)を担(にな)い、リクスは変わらず皮肉を言いながらも側(そば)で目を光らせていた。

 血の匂いが消えたわけではない。
 けれど、少なくとも表面上は平穏だった。


 そんなある日の夕刻。
 現王(シウォン)の執務室に、セナとルソンが呼ばれた。
 大きな窓から差し込む橙色(だいだいいろ)の光が、机の向こうに立つシウォンを照らしている。

「……話があります」

 いつもより静かな声だった。
 セナは椅子に腰かけ、首を傾げる。

「どうしたの?」

 シウォンは一度、視線を伏せた。
 それから、はっきりと言う。

「私は――王位を退きます」

 室内の空気が止まった。

「そして、セナ。あなたに王位をお渡しします」

 迷いのない宣言。
 ルソンの眉がわずかに動く。

「……本気か?」
「ええ」

 シウォンは頷く。

「私は王としての責務を果たす覚悟で即位しました。しかし、本来この国を継ぐべきはあなたです、セナ」

 シウォンからまっすぐな眼差しが向けられる。

「私は、あなたを支える側でいたい」

 静かな誠意だった。
 だが、セナはゆっくりと首を横に振った。

「……ごめんね。私はもう少し外の世界を知りたいと思っているの」

 シウォンが息を呑む。

「城の外にはまだ見たことのないものがたくさんあった。人も、国も、価値観も」

 セナは立ち上がり、窓の外を見た。

「王になるなら、それを知ったうえでなりたい。だから、一年だけ時間をちょうだい」

 それはセナの願いだった。
 逃げではない。覚悟のこもった選択だ。
 その場に沈黙が落ちる。
 やがてシウォンは、小さく息を吐いた。

「……わかりました。一年、あなたの望むままに」

 穏やかに頷く。
 その表情に、無理はない。

「帰る場所は、ここにあります」
「うん、ありがとう。シウォン」

 セナは微笑んだ。
 ルソンも静かに頷く。
 こうして、セナの決意は固まった。

✾✾✾

 翌朝。
 王城の門前には、見送りの人影が並んでいた。

 シウォンと、その護衛達。
 天命の盾の四人とリクスは、既に旅装を整えている。

「本当に行くんですね、セナ」

 シウォンの言葉にセナは笑い返す。

「もちろんよ。一年後、もっと強くなって帰ってくるわ」

 シウォンが一歩前に出る。
 王の衣をまといながらも、その目は昔のままだった。

「あなたがまた帰ってくるその日を楽しみにして待っています」
「ええ、ありがとう。シウォン」

 セナが軽く拳を突き出す。
 シウォンは苦笑し、それに拳を合わせた。
 幼い頃から変わらない、三人だけの挨拶。
 ルソンが背を向ける。

 セナは最後にもう一度、城を振り返った。
 高くそびえる王城。大切な人が待っていてくれる場所。

「いってきます」

 そう告げて、セナはルソン達と共に歩き出す。
 天命の盾の四人が続き、リクスがその後ろにつく。朝日が、彼らの背を照らしていた。

 シウォンは門前(もんまえ)に立ち尽くし、その姿が小さくなるまで見送る。

 一年。それは長いようで、きっと短い。
 王と王女。それぞれの道が再び交わる日まで。
 セナ達は再び外の世界へと歩み出した。