天命のセナ


 その夜。
 王城の奥まった一室に、灯りがともっていた。

 豪奢(ごうしゃ)な調度(ちょうど)も、王の間の重苦しさもない。
 幼い頃から三人がよく集まっていた、小さな私室だった。

 丸い机を囲み、簡素(かんそ)な茶器(ちゃき)を前にしているのは――セナ、ルソン、そしてシウォン。

 昼間の再会の喧騒(けんそう)が嘘のように、静かな時間が流れていた。

「……城の外は、思ったより広かったわ。危ない目にも遭ったけどね」

 セナが湯呑(ゆの)みを両手で包みながら言う。ルソンがそんなセナの言葉に苦笑する。

「姫さまが無鉄砲だからですよ」
「うるさいわね」

 軽い言い合い。
 それを見つめるシウォンの表情は、穏やかだった。

「でも、楽しかったわ。知らなかったことを、いっぱい見て知れたもの」

 セナはそう付け加える。
 ルソンも頷く。

「……俺たちがいなくなったあと、城はどうだったんですか?」

 その問いに、シウォンは少しだけ視線を落とした。

「父上を、監視していました。セナとルソンがいなくなってから……父上の動きが、あまりにも不自然だった。だから、証拠を集めたんです」

 部屋の空気が、わずかに張り詰める。

「そして、戴冠式前夜。――私が、父上を殺しました」

 シウォンはそう言い二人を見た。
 逃げも隠れもせず、まっすぐに。
 その場に静かな沈黙が流れた。
 風の音だけが、窓の外で鳴っている。

「私の手で」

 繰り返す。
 その声に震えはない。
 だが、どこか遠くを見ているようだった。

 セナが、そっと立ち上がる。
 そして、シウォンの背後に回ると、ゆっくりとその背を撫でた。優しく、何度も。

 ルソンも、無言で歩み寄る。
 ぽん、と。シウォンの頭に手を置いた。

「……一人で、つらい思いをさせてしまいましたね」

 低く、悔いるようなルソンの声。

「ごめんね、シウォン」

 セナも続ける。
 責める色は、どこにもない。
 ただ、幼なじみとしての後悔と、労わりだけがあった。シウォンは目を伏せる。

 ほんの一瞬、呼吸が乱れた。
 けれど、すぐに整え――小さく笑う。

「大丈夫ですよ」

 柔らかい声音だった。

「二人が生きていてくれたことが、私は何より嬉しいのですから」

 それは本心だった。
 王としてではなく、ただのシウォンとしての言葉。

「……そっか」

 セナが安堵したように笑う。

「なら、今日は泣かないで済みそうね」
「え、姫さま、泣くつもりだったのか?」
「ちょっとだけ」

 三人の間に、くすりと笑いが生まれる。
 やがて話題は変わった。

 旅先で食べた変わった料理の話。
 ルソンが野犬に追いかけられた話。
 幼い頃、三人で王城の離れにある塔に登って叱られた思い出。

「覚えてますか? 姫さまが落ちかけて」
「ルソンが大騒ぎしてたわね」
「はぁ、誰のせいですか……」
「でも最後はシウォンが誤魔化してくれたのよ」
「……ああ、あれは大変でした」

 他愛もない会話。
 王と王女と側近ではなく、
 ただの幼なじみとしての時間。
 夜は静かに更けていく。

 重たい現実も、血に染まった記憶も、
 この部屋の中では一度だけ、遠くへ押しやられているようだ。
 そして三人は、同じ灯りの下で笑い合っていた。