天命のセナ


 セナを連れ戻したルソン達は黎明国(れいめいこく)の王都から少し離れた西に位置する街へと訪れていた。

「皆んな、助けに来てくれてありがとう」

 中華料理店の店内にいる人々の声が聞こえてくる中、セナは向かい側の席に座るルソン達に頭を下げて礼を述べる。

「いえいえ、姫さまが無事でよかったですよ」

 ルソンはほっとした安堵の笑みを浮かべながら、セナを見ていた。
 そんなルソンの左隣に座るシウはセナを静かに見つめ返しながら口を開く。

「セナを見つける為に天命の力を使ったんだ。
自分の力を使ったのは今回が初めてだった……」

 シウの言葉にセナは少し驚いたのか目を見開く。
 
「シウの天命の力って確か……」

 過去にシウが教えてくれた天命の力を思い出そうとしたが、あれからかなり時間が経っているため、うろ覚えだ。

「自分以外の過去の記憶を書き換えたり、過去を見ることが出来る天命の力だ。俺が今回使ったのは過去を視る力の方だな」
「なるほど。その力を使ったから私の居場所を突き止めることができたのね」
「はい、その通りです。姫さま」

 シウの天命の力がなかったら、自分(セナ)は今頃、殺されていたかもしれない。 
 そう思うと少しばかりの恐怖が湧いた。

 セナは微かに震える手を机の下で押さえながら、話を続けようとした。
 だが、とある男の声がそれを遮った。

「お姉さん、可愛いね〜!」

 唐突に声をかけてきたのは、金髪に緑の瞳をした、妙に軽薄そうな青年。
 彼(青年)は返事を待つこともなく、セナの左隣の席に腰を下ろした。

「ちょっと、あんた、なんなんだ?」

 ルソンは眉間に眉を寄せながら、警戒の瞳をセナの左隣に座った青年に向ける。
 ルソン以外のシウ達も警戒しながら、青年を見つめていた。

「あー、そんな警戒しないでくれよ〜! 俺はしがない旅人のジュダルっていうよ。たまたまこの中華料理店に入ったら、フードを被っているのに隠しきれてない可愛さに目を奪われてさ、思わず声をかけちゃったんだよ」

 どうやら悪意はなさそうだとセナ達が思うのと同時に、白いフードマントを羽織った一人の背の高い黒髪の男が近寄って来る。

「ジュダル様、何をやっているのですか! ご迷惑をおかけして大変、申し訳ございません。ほら、行きますよ!」
「え、嫌だ、待ってくれ、俺はもう少しこの可愛いお姉さんと話し…… おま、シャツを掴んで引っ張るなよ〜!」

 黒髪の男に首元のシャツを引っ張られ、抵抗しながらも連れて行かれる金髪の青年を見送ったセナ達は再び、互いの顔を見合わせた。

 先ほどまでの張り詰めた空気が、どこか拍子抜(ひょうしぬ)けしたように揺らぐ。
 
「なんというか、嵐のような人でしたねぇ」
「そうね、はっ……!? ねぇ、ルソン、もしかしてこれをナンパというのかしら?」
「まあ、世間一般的に言うとそうなりますね」

 ルソンの答えを聞いた瞬間、セナの目が輝いた。

「これがナンパなのね、初めての経験だわ!」

 ルソン達はそんなセナを見てから、顔を見合わせ、そろって苦笑する。

✾✾✾

 一方、先程、中華料理店にてセナに声を掛けた金髪の青年(ジュダル)は出店や料理店など様々な店が立ち並ぶ街並みを護衛の男(リン)と歩いていた。

「たっく、せっかく可愛い女の子と話せるところだったのにさぁ、あーあ、見つけるのもう少し遅くてよかったのになぁ」

 金髪の青年(ジュダル)は同じ歩幅で隣を歩く護衛(リン)に対してそう呟くと、護衛(リン)から睨みつけられる。

「ジュダル様、私は貴方の命を守ることと貴方が何かしでかさないかと監視することが仕事なのです」
「ああ、それはわかっているぞ。それより……うっわ……」

 ジュタルは前を見ずに歩いていなかったせいか、前方から来た何者かに思いっきりぶつかってしまった。
 
 慌てて前を向いて、すぐに軽く会釈して謝罪するジュダルであったが、ぶつかってきた男は舌打ちする。

「ちっ……! いきなりぶつかってきやがって、商品の果物が落ちたじゃないか!」

 男の声から苛立ちを感じる。
 金髪の青年は申し訳なさそうな顔を浮かべながら男を見る。
 
「大変、申し訳ありません。こちらの不注意です。荷物拾いますね」

 ジュダルが腰をかがめ、地面に散らばった果物へ手を伸ばす。
 しかし、次の瞬間、男の怒声が飛んだ。

「触るな!」

 男の怒声にジュダルは手を止めて、男を見上げる。
 男の顔は怒りに満ちており、ジュダルを睨みつけた。

「自分で拾うからこれ以上、触るな!」

 男はそう言いながら、果物を拾おうと背にかけていた果物が入っていたバスケットをその場に下ろす。
 しかし、ふと、意味深な笑みを溢して、ジュダルを見てきた。

「お前、責任もって弁償しろ。ここに落ちた物は全部、商品なんだぞ。どうしてくれるんだ?」

 男はジュダルにそう問いかけるなり、苛立ちを露わに一歩踏み出した。

 威圧するつもりなのだろう。
 だが、ジュダルは動かなかった。
 ただ静かに、男を見ている。

 怒りも、怯えも、弁解もない。
 まるで――値踏みするような目だった。

「……なんだ、その目は」

 男の声がわずかに鈍る。
 そのときだった。

「あ、あなたさっきの……!」

 人混みの向こうから、少女の声がした。
 ぱたぱたと駆け寄ってくる足音。

「はぁ、はぁ…… あなた、さっき私に声を掛けてきた方よね?」

 息を弾ませながらジュダルの前に現れたのはセナだった。
 セナはジュダルの顔を覗き込み、確信を深めたように目を丸くする。

「やっぱりそうだわ! ほら、さっき変なこと言ってきた――」
「変なことじゃないさ」

 ジュダルが即座に訂正する。
 だが否定の仕方が妙に真面目で、逆に胡散臭い。

「ナンパって言うんだよ、それ」
「ええ、知っているわよ」

 ジュダルの言葉にセナは頷き返す。
 そんなセナとジュダルの会話を聴いていた目の前の男(商人)は苛立った声を張り上げる。

「おい! 関係ない奴は引っ込んでろ! こいつが商品ぶちまけたんだぞ!」

 足元には籠から転がり落ちた果物が散らばっていた。赤や橙の色をした果物が地面の上に転がっている。
 そのとき、セナの左隣に立っていたルソンが静かにしゃがみ込んだ。

「……ほーら、ほーら、ほら〜!」

 彼は何事もなかったかのように果物を拾い上げ、籠に戻していく。
 ひとつ、またひとつ。手際がいい。

「な、なんだお前」

 商人の男が眉をひそめる。
 ルソンは視線も上げずに言った。

「落ちたままにしておくと、もっと傷む。商売物なんだろ」

 淡々とした口調だった。責めてもいないし、庇ってもいない。ただ事実だけを置く声。

 そして最後の一つを拾い上げてから、ようやく男を見上げる。

「ここは人目がつく。あまり大事にしない方がいいんじゃないか?」

 周囲を見れば、通行人たちが足を止め、遠巻きに様子を窺っている。
 ひそひそ声まで聞こえてきた。
 ルソンの言葉に男は舌打ちを一つして「俺は許した訳じゃないからな!」と吐き捨てその場から立ち去って行く。

 ジュダルは男の背を無表情で見送った。
 セナはその横顔を見て、小さく首を傾げた。

(この人……さっきも思ったけど)

 ただの軽薄(けいはく)な旅人には見えない。
 妙に落ち着いていて、妙に――
 場に馴染まない。

「……ねえ」

 セナは思わず声をかける。

「あなた、何者?」

 ジュダルは一瞬だけ彼女を見た。
 そして、ほんのわずか口元を上げる。

「何者か当ててみてよ」

 ジュダルはそう言い、優しくセナに笑いかける。
 その深い緑の瞳は、どこか期待を含んでいるように見えた。