天命のセナ


 麗らかな昼過ぎ頃。
 天蘭王国(てんらんおうこく)の城内にある執務室にシウォンとその父親であるソレザはいた。

「シウォン、戴冠式の準備はどんな感じだ?」
 
 父親(ソレザ)からそう問われたシウォンはそっと口を開く。

「順調に進んでおりますよ」
「そうか、引き続きよろしく頼むぞ」
「はい、ではまた報告に参りますね。失礼致します」

 シウォンは軽くソレザに会釈をしてから、執務室の部屋を後にし、城内の通路を歩き始める。

 シウォンは、自分の従兄弟にあたるセナの父親(ルク)を殺したのが自分の父であるという現実に、激しい怒りを覚えていた。

 しかし、その怒りを悟られぬよう必死に抑え込み、今はまだ自分の手で始末する時ではないと、冷静を装って振る舞っていた。

(父上、貴方は私が息子であるが故、私のことを信じてくれているようですが甘いですね。私はそれを利用します)

 シウォンは心の中でそう呟き、確かな決意を固めた。

✾✾✾

 セナ達が凛黎帝国(りんれいていこく)の山奥にある天明の力のことを知る者がいるラルク村を出たその後。
 
 一行は山を下り、東に位置する黎明国(れいめいこく)へと入った。
 そして今、セナ達は黎明国(れいめいこく)の西側に位置する月影村(つきかげむら)の宿屋で休息をとっていた。

「ベッドで眠れるのは凛黎帝国の王城以来だよ〜! セナも今頃、寝てる頃かなぁ?」

 リクスは隣の部屋にいるであろうセナのことを思い浮かべながら、毛布を引き寄せて身を横にしていた。

「ああ、姫さまも疲れてるだろうから、もしかしたら寝ているかもしれないな」
「そうですねぇ」

 ルソンとリタはそう言いながら、窓際に置かれている椅子に向かい合って座りながら、酒を飲んでいた。

 そんなルソンとリタを見ていたシウとセル、ルイアの三人は心配そうに二人(ルソンとリタ)を見ていた。

「おい、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「はいはい〜 お二人さん、そろそろやめとこうねぇ」

 ルイアとセルはそう言いながら、リタとルソンの前にある机に置かれた酒の瓶を取り上げる。

「あ〜、ちょっと、まだ飲もうとしていたところだったんですよぉ」
「おい、ルイア、セル、俺もまだ飲めるぞぉ」

 そう言うルソンとリタの頬は明らかに赤く染まっていた。 
 シウはそんな二人を見て「酔っ払いめ、早く寝ろ」と呟く。

 ルイアとセルに酒を取り上げられたルソンとリタは暫く、文句を言っていた。
 だが、時間が経つにつれて口数も少なくなり二人は椅子に持たれかかかったまま寝落ちしてしまった。

「はぁ、たっく、やっと寝たか」

 シウは寝息を立てながら、寝ているリタとルソンを見つめながらため息をつく。
 そんなシウの両隣に立っていたセルとルイアもルソンとリタを見下ろしながら口を開く。

「ねぇ、ルソンとリタって普段は頼りになるお兄ちゃん的な感じだけど。酔うとこんなに子供ぽっくなるんだねぇ」

 セルの言葉にルイアは苦笑する。
 
「ああ、そうだな。だが、この二人は一番、酔っ払うとめんどくさいタイプだな」

 ルイアの言葉に、セルは肩をすくめ、シウは小さく息を吐いた。

「面倒な上に、翌朝覚えてないからな」
「だから言ったじゃん、飲ませすぎない方がいいってぇ」

✾✾✾

 翌日の朝。
 早く目を覚ましたルソンは、セナのことが気になり、物音を立てないように部屋を出た。
 そして、セナのいる部屋のドアの前へと足を止める。

 ルソンは一度、小さく息を整えるとコンコンと二回、控えめにセナがいる部屋のドアをノックした。

「……姫さま、起きてますか?」

 そう問いかけてもセナからの返事は返ってこない。
 しばらく耳を澄ませていたが、部屋の中からは物音ひとつ聞こえてこなかった。

「……まだ、寝ているか」

 そう小さく呟き、ルソンはそれ以上ノックすることはせず、その場を離れた。

 昨夜の疲れも残っている。
 起こすほどのことでもないだろうと自分に言い聞かせ、静かに自分の部屋へ戻ると、ベッドに身を横たえ、そのまま二度目の眠りに落ちていった。




「おい、ルソン。起きろ」

 肩を強く揺さぶられ、ルソンは小さく声を漏らしながら目を開けた。

「……んん、な、なんだ……?」
「起きて。今すぐ」

 枕元にはシウとセルが立っていた。
 セルの表情は、いつになく強張っている。

「……セナが、いない」

 セルが放った言葉の意味が、一瞬、理解できなかった。

「……いないって、どういう……」
「セナが中々起きてこないから、部屋を見に行ったんだけど返事がなくて。心配になって店主の人に言って部屋を開けてもらったらセナがいなかったんだ……」

 その言葉に、ルソンは勢いよく体を起こした。胸の奥に、冷たいものが落ちていく。

「……まさか」

 嫌な予感を振り払うように、ルソンは急いで身支度を整えた。
 シウ達も同じく準備を終えると、五人は宿の中を手分けして探し始める。

 廊下、食堂、裏口、物置。
 どこを探しても、セナの姿は見当たらなかった。
 業を煮やしたルソンは、宿屋の店主に声をかける。

「先ほどは、部屋を確認してもらってありがとうございました」

 ルソンはそう前置きしてから店主に問いかける。

「今朝、この宿に泊まっていた女性を見かけませんでしたか?」

 ルソンの問いに店主は困ったように眉を下げ、首を横に振る。

「いや、見てないね。朝は静かだったし、出ていく様子もなかったよ」

 ルソン達は他の客にも聞いて回ったが、返ってくるのは同じ答えばかりだった。

「知らないな」
「そんな人、いたか?」

 ――誰も、セナを見ていない。

 宿の二階に戻ったルソンは、思わず拳を握りしめた。
 今朝、ドアをノックしたときのことが脳裏をよぎる。返事のなかった、あの沈黙。

「……俺が、起こしていれば……」

 後悔が、遅れてルソンの胸を締めつけた。
 そんなルソンの肩に、そっと手が置かれる。

「大丈夫だ」

 シウの低い声に続き、ルイアも穏やかに笑ってルソンの背を軽く叩いた。

「そうだ、まだ何も決まったわけじゃない」
「自分を責めるのは、後でもできるさ」

 シウにぽん、ぽん、と肩を叩かれ、ルソンは小さく息を吐いた。

「……ああ」

 ルソンは一度だけ頷くと、セナの部屋の扉に手をかけた。

「行こう」

 ルソンはそう言い、部屋に足を踏み入れた瞬間、空気がわずかに張りつめる。
 シウはそっと目を閉じ、床に落ちた小さな擦り跡と、わずかに残る異臭に意識を集中させた。

 シウが持つ――天命の力。
 過去を視る、その力が発動する。
 視界が歪み、景色が塗り替わる。

 明け方。
 まだ空が白み始める前の時刻。

 静かなはずの部屋の窓が、外から音もなく押し開けられた。
 三人の男が、次々と部屋の中へ侵入する。

 それに気付き、目を覚ましたセナが声を上げ、必死に抵抗する。
 だが、男たちは躊躇なく彼女を押さえつけた。

 ――小さな筒が差し出される。
 白い煙が噴き出し、セナの口元を覆った。

「……っ、やめ……」

 言葉は途中で途切れ、力なく崩れ落ちる身体。
 眠りに落ちたセナを抱え上げ、男たちはそのまま窓から姿を消した。

 景色が弾けるように消え、現実へと引き戻される。シウはゆっくりと目を開けた。

「……連れ去られた」

 静かな声だったが、その言葉は重く落ちた。

「明け方頃、三人の男だ。窓から侵入して、抵抗するセナを押さえ……睡眠薬入りの煙を吸わせて眠らせた」

 ルソンの顔から血の気が引く。

「……そんな……」

 シウは拳を握りしめる。

「事故でも、逃げ出したわけでもない。
 ――はっきりとした、誘拐だ」

 その場に、短い沈黙が落ちた。
 だが次の瞬間、ルソンは顔を上げた。

「……なら、追える」

 悔恨(かいこん)の色はまだ残っている。
 それでも、ルソンの目には迷いではなく決意が宿っていた。