天命のセナ


 セナ達は野宿を繰り返しながら、山奥にある村を目指して歩き続けた。
 険しい道も、冷たい夜も越えて――
 そして五日目の昼過ぎ、ようやく目的地に辿り着いた。

 山に囲まれた小さな村。
 家々は年季が入っており、人の気配はあるものの、どこか静かだ。

「……ここが、ラルク村」

 セナはそう呟き、近くにいた村人へと声をかけた。

「あの、すみません。この村に、天命の力について詳しい方がいると聞いて来たのですが……どこにいらっしゃいますか?」

 村人は一瞬、こちらを値踏みするように眺め、それから顎で村の奥を示した。

「あー、その話なら、あの中年のおっさんだな。案内するよ、ついてきな」
「ありがとうございます」

 セナ達は村人の後を追い、土の道を歩いていく。
 やがて、一軒の質素な家の前で立ち止まった。

「おーい、おっさん。あんたに用があって来た客人だぞ」

 村人がそう呼びかけると、家の中から足音がし、戸が開く。
 現れたのは、茶髪の混じった中年の男性だった。

「……客人だと?」
「ああ、そうだ。じゃあ、俺はこれで失礼するぞ」

 村人はそう言って立ち去り、私たちはその男性と向き合った。

「あなたが……天命の力について知っている方ですか?」
「ああ。とりあえず、家に入ってくれ」

 促されるまま、セナ達は家の中へと招き入れられた。

「私はロアスという。……わざわざ、こんな山奥の村まで来た理由は、天命の力のことを知るため、だな?」
「ええ」

 セナは一歩前に出て、はっきりと頷いた。

「私が持っている天命の力が、どんな力なのかを知りたくて。この村に、それを知る人がいると聞いたの」
「なるほど……」

 ロアスはセナの背後に立つ仲間達へと視線を移す。

「そこにいる四人は、天命の盾だな」
「……なぜ分かる? 俺たちが天命の盾だって」

 シウが鋭く問い返す。

「あなたは……何者なんですか?」

 リタの声にも、警戒が滲んでいた。
 そんなシウとリタの問いにロアスは肩をすくめる。

「私は何の力も持たない、ただの人間だ。だが――」

 ロアスと名乗った男は少し間を置いてから続けた。

「私の曽祖父は、天命の力を持っていた初代国王の護衛だった」
「……初代国王の、護衛?」

 ルソンが思わず声を上げる。

「ああ。だから私は、天命の力が何なのかを知っている」

 ロアスは再びセナを見た。

「……貴方は、セナ姫様だろう?」
「ええ、そうよ」

 セナが答えた瞬間、何故か胸の奥がざわついた。

「どうして分かったんだと顔に書いてあるな」

 ロアスは静かに語り始めた。

「曽祖父は言っていた。いつかこの村に、天命の力を持つ者がやって来ると」
「それは……初代国王から?」
「ああ。初代国王は知っていたのだ。天命の力を持つ者が、未来に生まれることを」
「……なぜ、そんなことが分かった?」

 シウの問いに、セルがぽつりと呟く。

「未来を見る力……?」

 ロアスは深く頷いた。

「その通りだ。初代国王の天命の力は未来視だった」
「なるほどな……」

 ルイアが低く唸る。
 そしてロアスは、決定的な言葉を口にした。

「セナ姫様。貴方が持つ天命の力も、初代国王と同じだ」

 ――その場の空気が、一瞬止まった。

「未来を見ることが出来る力。それが、貴方の天命の力だ」
「……」

 セナはすぐには言葉が出なかった。

「どうして、そこまで分かる?」

 ルソンがセナを庇うように一歩前に出る。

「もし、ここにセナ姫様がやって来たら、渡してほしいと。曽祖父から預かっている物がある」

 ――セナの天命の力。
 そして、初代国王から受け継がれた何か。
 それが、今、明かされようとしていた。

 ロアスはゆっくりと椅子から立ち上がると、長年使い込まれた木机へ向かった。
 
 引き出しを開けると、そこには他の書類とは明らかに違う、細長い封筒が一通、丁寧に収められていた。
 彼はそれを取り出し、しばし視線を落とす。

「……これだ」

 そう短く告げると、ロアスは封筒をセナの前へ差し出した。
 セナは一瞬だけ躊躇い、そして静かに受け取る。

「これは……?」

 封筒を開け、中から取り出した一通の手紙。
 紙の縁はわずかに黄ばみ、長い年月を経てきたことを物語っていた。
 セナは息を整え、ゆっくりと読み始める。

――未来の第一皇女への伝言だ。

 私は、この天蘭王国の国王であり、「天命の力」という不思議な力を持っている。
それは、未来を見ることが出来る力だ。

 私は、死ねばこの力も消えるものだと思っていた。だが、どうやらそうではないらしい。

 私が死んだ後、この力は未来に生まれる皇女へと宿る。
 ――そう、この手紙を読んでいるお前にだ。

 だからこそ、私が持っていたこの力を宿したお前に、伝えなければならないことがある。

 この力は便利だ。
 良くない未来を先に知れば、それを回避するために動くことが出来る。
良い未来を見ることも出来る。

 だが、使い方を誤れば、この力は恐ろしいものとなる。

 私は、本来起こるはずだった悪い出来事の未来を見て、それを回避し、変えた。
しかし、その結果待っていたのは、さらに最悪な結末だった。

 未来を変えるとは、そういうことだ。
 また、この力は他の者から見れば、あまりにも利用価値が高い。信用している者以外には、決して伝えるな。

 自分の力が何なのか理解できない限り、この力は使えない。
 だが、この手紙を読んでいるお前なら、もうきっと使えるはずだ。

 私と同じ力を持ったお前が、道を踏み外さぬことを願う。

 手紙を読み終えたとき、部屋には重たい沈黙が落ちていた。

「……初代国王から、姫さまへ……」

 ルソンが絞り出すように言う。

「ロアスさん。貴方は、この手紙を読んだのか?」

 セナから視線を向けられ、ロアスは苦笑いを浮かべた。

「ああ……読んでしまった。すまない」

 だがセナは首を振った。

「いいのよ。ロアスさん……ありがとう。この手紙を、ずっと捨てずに持っていてくれて」
「渡さないと、曽祖父に怒られるからな!」

 その言葉に、セナは小さく笑う。
 けれど、その表情はすぐに引き締まった。

「私の力は……未来を見れる力……」
「初代国王と同じ力、か……」

 シウが呟く。
 セナは手紙を胸に抱き、静かに立ち上がった。

「ロアスさん。私、もう行くわ」
「姫さま……?」
「私には、やらなければならないことがあるから」

 ロアスは深く頷いた。

「ああ。また何かあったら来るといい。どんなことがあっても――セナ姫様。貴方なら、きっと大丈夫だ」
「ええ。ありがとう」

 セナはルソン、そしてシウ達を見渡し、力強く言った。

「みんな、行くわよ」

 セナはそう言うとシウ達は頷き返す。
 家の外に出ると眩しい日の光がセナ達の姿を照らす。
 セナは振り返ることなく歩き出し、村を後にした。未来を知るという重荷を胸に抱きながら――。