後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 間もなく、女官は初老の女官を伴って戻って来た。後宮全体の警備を担当する織葉(おりは)はこの女官を知っている。桐壺(きりつぼ)の御殿を仕切る女官長だ。「馬飼野(まかいの)の別当(べっとう)」と呼ばれていた。
「尚侍(ないしのかみ)様のご意向ですかな」
 そう思ってくれるなら好都合だと織葉は思い、曖昧に頷いた。
 あとで尚侍様のお叱りに合うかもしれないな。
「血で穢(けが)れてしまったため焼き払う所存でしたが、どうぞお持ちください」
「これはすべて馬飼野家で用意したものですか?」
「この組み紐以外は」
「では組み紐は?」
「安曇(あずみ)家より贈られたものにございます」
「安曇家?」
「馬飼野家のみならず、千種(ちぐさ)家、神和住(かみわずみ)家にもお贈りになったと聞いております。藤宮本家もそうではなかったのですか?」
「私は承知しておりません。そうだったのかもしれませんね」
 開催主の安曇家から、妃たちに贈られたもののようだ。それを身につけて歌会に参加してほしいという意味だろう。藤壺(ふじつぼ)の御方(おんかた)が身につけたかどうか織葉は承知していなかった。
 もしその組み紐にも何か呪術が施されていたとしたら、藤壺の御方も標的になったかもしれない。そう思うと織葉は冷汗が流れ、怖気(おぞけ)が走った。
「処分するものですので、お返しにならなくて結構です」
 老女官長の一言に織葉は我に返る。
 どうもこの老女官長は苦手だ——と織葉は思った。
 安曇家からの贈り物など桐壺の女御の御身(おんみ)に飾れない。そう思ったから身代わりの女官をたてたのではないか——とまで考えてしまった。
 結果としてそれが奏功したことになった。
「ではお預かりいたします」織葉は簡素な衣包(ころもづつみ)につつまれた装束(しょうぞく)一式を受け取った。
「ご協力、感謝する」颯登が目の動きだけで謝意を告げた。
 老女官長がなぞの微笑を浮かべた。
 その社交術はいつ身につけたのだ?と織葉は不覚にも感心してしまった。