後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 いかに通行札があるにしても颯登(はやと)を連れて桐壺(きりつぼ)の御殿に入るわけにはいかない。織葉(おりは)は桐壺の御殿を囲む透垣(すいがい)の門前まで件(くだん)の女官を呼び出してもらった。
 左肩を射られた女官は白布で左腕を吊っていたが、しっかりとした足どりで出てきた。顔色はわずかに蒼いように織葉には見えた。そして織葉を見る訝(いぶか)しげな目。
 織葉は後宮内の警備にあたる武装女官の二番手で「女千人(おんなせんにん)」と呼ばれるほどの武芸の達人だったが、織葉の家は藤宮(ふじみや)本家の傍系だ。本家に取って代わろうとしている馬飼野(まかいの)家の者が笑みをたたえて出迎えるはずもない。五家の間の緊張感は女官同士でも張り詰める。
 しかしその女官は颯登(はやと)の顔に目を奪われるとすぐに血色が良くなった。
「こちらは右近衛府(うこんえふ)少将殿です」織葉がはじめに紹介する。
「本日着任した橘颯登(たちばなはやと)だ。傷は大丈夫なのか? もう歩けるのだな?」
 女官の頬がさらに赤くなった。
 颯登は真剣に女官の体を気遣っているように見える。
 私への態度と全く違うな――と織葉は思った。投げ飛ばしておいて「大丈夫か?」と笑った颯登の顔を思い出すと織葉は苛立ちを覚える。
「肩はまだ思うように上がりませんが、歩くのは支障ございません」
 左腕に右手をあてがい。女官の目が颯登を見据える。
 少し弱弱しくなったのは、もっと気遣って――と甘えているように見えて織葉は怒りさえ覚えた。
「主(あるじ)を守るための名誉の負傷だな。大事にせよ」
「ありがとう存じます」
「少し話を伺っても良いかしら」織葉は口を挟んだ。
 女官は現(うつつ)に戻ったような顔をした。ここに「女千人」がいたのだったなと思い出したかのようだ。
「矢は左肩に当たったのよね?」
「そうですが」女官は顔をしかめた。
「十二単(じゅうにひとえ)を着ていたの?」
「はい」
「何か飾りなどをつけていなかった?」
「飾りというものではありませんが、香(こう)を施した組み紐を唐衣(からぎぬ)の上に身につけておりました。幸いなことにその組み紐が矢を食い止め、傷を浅くしたと思います」
「その組み紐は馬飼野(まかいの)家のもので桐壺(きりつぼ)の御方(おんかた)がお召しになるものだったの?」
「そうですが、此度(こたび)は——」女官は言葉を濁した。「私があの場におりましたので」
 馬飼野家の妃——桐壺の女御(にょうご)が身につけることはなかった。身代わり女官が桐壺の御方に扮して御簾の向こうに座し、そしてその唐衣の肩に香を施した組み紐が垂らされていたのだ。
「新たに用意したものだったのね。そしてそれを初めて身につけたのもあなた」
「はい」
「その組み紐はどなたが用意されたものかしら?」
「さあ——私にはわかりかねます」
「昨日身につけていた唐衣(からぎぬ)、裳(も)、表衣(うわぎ)と組み紐など一式、借り受けることはできるかしら」
「わたしの一存では……」
 女官の判断で押収させてもらえるものではないだろう——と織葉も思う。織葉は後宮全体の警備を任せられているが捜査権を持っているわけではない。ましてや藤宮本家の出だ。馬飼野家が簡単に言うことをきくはずもない。
「俺からも頼む」颯登が女官を見つめた。
 すると女官の態度は一変した。
「少々お待ちください。上の者に聞いて参ります」
 そう言って女官は奥へと姿を消した。
 織葉は悠々とする颯登を唖然と見上げた。
「なんだか……男って、ずるいわね」
「ずるい? 役に立てて光栄だ」
 織葉は口をへの字に曲げた。