後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 ふたりは後宮内侍所(ないしどころ)のはずれにやってきた。さびれた空気が漂う日陰の場所。
「ここに呪術に詳しい御卜女官(みうらにょかん)がいるの」
「ほう」
 二人を出迎えたのは髪の手入れも行き届かない蒼白い顔の女官だった。
 歳は織葉(おりは)や颯登(はやと)と変わらないだろう。
「内侍所で呪術を研究している御卜女官の弓削燈子(ゆげとうこ)よ」と織葉が本人の代わりに颯登に紹介した。
 燈子は蒼白い顔に浮かぶつぶらな目を細めて、妖しく笑った。
「これはまた極上に美しい殿方ですね。しかも隆々とした筋骨。さすがは『女千人』のお連れ」
 燈子はすでに颯登の腕や肩に触れていた。その頭を織葉は叩(はた)く。
「痛いですわ。取りやしませんわ。骨肉の理(ことわり)に興味があるだけです」
「俺は腑分(ふわ)けされるのか?」
「無駄死に——にはしませんわ。髑髏(どくろ)は飾らせていただきます」
「茶番はそのくらいにしてちょうだい」
 呪術を研究している御卜(みうら)女官の弓削燈子(ゆげとうこ)だが、不審死の検死も行っていた。骸(むくろ)の仕組みに興味があるらしく倉庫に大量の御仏(みほとけ)骨を保管しているのを織葉は見たことがあった。
「早速だけれど」織葉は燈子(とうこ)に顔を向けた。「遠く離れたところの的(まと)に確実に当てる弓について知っているわよね?」
「あらあなた、誰かを暗殺したいのかしら。もしや尚侍(ないしのかみ)——」
「——なわけないでしょ!」
「痛いわね」
「昨日の歌会のことは耳に入っているでしょう」
「安曇(あずみ)家私邸で起こった、塀の外から馬飼野(まかいの)家の女官が射られた件ね」
「かなり距離があったし、塀外にいたと思われる射手(いて)の場からは標的が見えない。方位・距離を考慮して射たとしてもかなりの手練(てだ)れ。左近衛府(さこんえふ)も狙撃手のあぶり出しに奔走しているでしょうね。でも呪術を用いた弓なら目標が見えなくても、弓の力量が乏しくても可能だったはず」
「そういう例がないわけではないわ。いくつか方法はある。たとえば標的となる人物の髪など何か体の一部が手に入れば、それに術を施し、その主に必ず当たるように弓を射ることはできるわね」
「今回は桐壺(きりつぼ)の御方(おんかた)の身代わりだったのよ」
「だったら身内ね。女官の髪など容易(たやす)く手に入る。これは自作自演かしら。安曇(あずみ)家の警備の不備を誹(そし)り、貶(おとし)めるための」
「その可能性は否定できないけれど、ほんとうに馬飼野家の妃——桐壺の御方を狙うとしたら?」
「術を施したものを相手に持たせる方法もあるわね。矢はそれをめがけて飛んでいく」
「もの——とは?」
「花だとか飾りだとか」
「呪術をかけたものに向かって飛ぶのよね?」
「そうね」
「身代わり女官は左肩を射られたようなの」
「肩に何か飾っていたのかしら?」
「本人から話を聞くしかないわね」
 織葉と颯登の二人は次の場——桐壺の御殿へと向かった。