後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 織葉(おりは)は颯登(はやと)を伴って後宮の正門までやって来た。
「ここから先は男子禁制よ」
「だよな」
「尚侍(ないしのかみ)様より通行札(ふだ)を賜(たまわ)ったわ。本日のみ入構できる。私のそばを離れないという条件で」
「離れやしないさ」
 颯登が織葉と距離を詰める。
 颯登の武官服から焚(た)き染(し)めた香(こう)が漂ってくる。
 織葉は半歩離れる。
「一間(いっけん)以内なら良いのよ」
「影のように付き従うさ」
 織葉は溜息をついた。
 たしかに、私塾で武芸を学んでいたころはそういう距離感だった。どんなに打ち負かされても目を輝かせてついて来た。背も織葉より小さかった。
 今や大きな体になり、こっちが影に入るくらいだ——と織葉は思った。
 並んで後宮内に入る。門番をしている武装女官が織葉に敬礼する。
 颯登(はやと)があちこち目を走らせる。
 好奇心のかたまりか? そういうところは変わっていないなと織葉は思う。
「いざという時のためにしっかりと頭に入れておかないとな」
「そんな『いざ』は永遠に訪れないわよ。無駄な努力ね」
「そうなのか……」
 すれ違う女官たちが揃って颯登に目を向ける。
 滅多にない男の入場に対しての警戒か?
 その割に尊いものを見るかのように目を瞠(みは)り、そしてひそひそと囁いているようだ——と織葉は思った。
 織葉は耳を澄ます。幼少期からの訓練で織葉の聴力は並外れていた。
「あの方、近衛府の武官かしら」
「後宮に入ることを許されるなんて、やんごとなきお方にちがいないわ」
「右近衛府に異例の出世で少将となられた若い武官がいらっしゃるそうよ」
「きっと、その方だわ」
「なんと、お美しい。そして凛々しい」
「気高く、麗しいお姿……」
「まことに……」
 は? 見惚(みと)れている場合ではないでしょう——と織葉は呆れた。
 後宮を出ない限り男の姿を見ることはない。珍しいからつい見てしまうのかと思っていたが、逞(たくま)しい体と美貌にあてられたようだ。女官たちの颯登を見る顔はうっとりとしている。
「榊原内侍(さかきばらないし)がご案内しているのかしら」
「さすがは『女千人』。もうお手をつけられてしまったのね」
「手の早さは後宮随一という噂よ」
「少将殿もおいたわしや……」
 女官たちの妄想に織葉は言葉を失う。
「聞こえているし……」とだけ口から漏れた。
「ん? どうした?」
 颯登は呑気に織葉の顔を覗き込むのだった。