どうにか処分を免れたとはいえ織葉は憂鬱だった。武装女官が警備する後宮内とは異なり後宮の外は近衛府の武官が警備している。その男たちと連携をとれと言われたのだ。
正直なところ男どもと言葉を交わすのは好きではない。いかに武芸に秀でていても、いかに学才があったとしても、そこに好色しか感じないからだ。
鬱々と考えていても足は自然と目的地まで身柄を運ぶ。織葉は後宮を出て右近衛陣までやって来た。陣座の御簾をくぐる。
織葉を迎えたのは昨日七年ぶりの再会を果たした颯登だった。
「現場指揮を司る長に面会に来たのだけれど」
「此度、右近衛府少将を拝命した橘颯登だ」
「右近衛少将? 戯言かしら」
「まことだ」
にわかには信じられない。颯登も藤宮傍系分家の出だ。しかも藤宮本家からの距離は織葉よりも少し遠いくらいだ。そこから近衛少将とは――
「近衛府も地に落ちたのかしら」
「地に這いつくばったのは織葉ではないか」
刹那に繰り出した手刀は颯登の面をすり抜けた。手を戻したとき、残像が消えて颯登の笑顔が同じ場所に浮かんだ。
「寸止めしないのだな?」
「避ける術は身につけたようね」
「織葉の足もとに及ぼうと必死だったからな。織葉並みの見切りを会得するのには苦労したが」
「ふん」
しばらく見ないうちに体だけではなく態度も大きくなったな――と織葉は思った。
近衛少将だから当然か。しかし――
これだから男は……。
織葉の脳裡にはまだ幼く可愛らしい颯登の姿が残っていた。その無垢な笑顔が今や下劣な臭いに塗れている。
「矢を射た者を見なかった?」織葉は思い出したかのように颯登に訊ねた。
「残念なことに見なかったな」
「あんなところで何をしていたの?」
安曇家の御殿。その前庭の塀の外だ。
「見回りだ」
「丸腰で?」しかも近衛少将自ら?
「まだ右近衛府の任に着く前だったからな。今日から正式に着任だ」
「怪しいわね」
「下見がてら歌会が行われている安曇家の周囲を見回っていた。俺ならどこから狙うかなどと考えながら」
「それであそこにいたのね」
「あの場は人通りも少なく、目撃されることもない。ただ……」
「弓を射るとしても、的が全然見えないわね」
「その通り、あの位置から要職の誰かを狙うなど、ふつうは考えない。目標も考えずにただ混乱を呼ぶために適当に射たのだろうか」
「矢は見事に馬飼野家座間の御簾を貫いて、妃がおわすところに到達したわ。そこに座していたのは馬飼野家の女官だったけれど」
「身代わりだったわけだ。自作自演の可能性もあるな。といって、どうやって見えない的に当てるかだが」
「的の方位と距離、御殿の高さがわかっていれば、仰射で見えぬ的を射ることは可能ね」
「そんな腕を持つものは限られるだろうな」
「的の位置を知っておく必要があるけれどね。すでに左近衛府が弓の達人を洗い始めている」
「右近衛府には指示がないな」
「隊長が新任だからでしょう」
「そうなのか?」
「だから私が来たのじゃない」
「ん?」
「見えない的に当てる方法は他にもある。何か呪術を使ったとか」
「五家の隠密に呪術の使い手がいると聞いたことがあるな」
「それについて考えがあるわ」
「ほう」
「興味があるならついて来なさい」
「承知した」
正直なところ男どもと言葉を交わすのは好きではない。いかに武芸に秀でていても、いかに学才があったとしても、そこに好色しか感じないからだ。
鬱々と考えていても足は自然と目的地まで身柄を運ぶ。織葉は後宮を出て右近衛陣までやって来た。陣座の御簾をくぐる。
織葉を迎えたのは昨日七年ぶりの再会を果たした颯登だった。
「現場指揮を司る長に面会に来たのだけれど」
「此度、右近衛府少将を拝命した橘颯登だ」
「右近衛少将? 戯言かしら」
「まことだ」
にわかには信じられない。颯登も藤宮傍系分家の出だ。しかも藤宮本家からの距離は織葉よりも少し遠いくらいだ。そこから近衛少将とは――
「近衛府も地に落ちたのかしら」
「地に這いつくばったのは織葉ではないか」
刹那に繰り出した手刀は颯登の面をすり抜けた。手を戻したとき、残像が消えて颯登の笑顔が同じ場所に浮かんだ。
「寸止めしないのだな?」
「避ける術は身につけたようね」
「織葉の足もとに及ぼうと必死だったからな。織葉並みの見切りを会得するのには苦労したが」
「ふん」
しばらく見ないうちに体だけではなく態度も大きくなったな――と織葉は思った。
近衛少将だから当然か。しかし――
これだから男は……。
織葉の脳裡にはまだ幼く可愛らしい颯登の姿が残っていた。その無垢な笑顔が今や下劣な臭いに塗れている。
「矢を射た者を見なかった?」織葉は思い出したかのように颯登に訊ねた。
「残念なことに見なかったな」
「あんなところで何をしていたの?」
安曇家の御殿。その前庭の塀の外だ。
「見回りだ」
「丸腰で?」しかも近衛少将自ら?
「まだ右近衛府の任に着く前だったからな。今日から正式に着任だ」
「怪しいわね」
「下見がてら歌会が行われている安曇家の周囲を見回っていた。俺ならどこから狙うかなどと考えながら」
「それであそこにいたのね」
「あの場は人通りも少なく、目撃されることもない。ただ……」
「弓を射るとしても、的が全然見えないわね」
「その通り、あの位置から要職の誰かを狙うなど、ふつうは考えない。目標も考えずにただ混乱を呼ぶために適当に射たのだろうか」
「矢は見事に馬飼野家座間の御簾を貫いて、妃がおわすところに到達したわ。そこに座していたのは馬飼野家の女官だったけれど」
「身代わりだったわけだ。自作自演の可能性もあるな。といって、どうやって見えない的に当てるかだが」
「的の方位と距離、御殿の高さがわかっていれば、仰射で見えぬ的を射ることは可能ね」
「そんな腕を持つものは限られるだろうな」
「的の位置を知っておく必要があるけれどね。すでに左近衛府が弓の達人を洗い始めている」
「右近衛府には指示がないな」
「隊長が新任だからでしょう」
「そうなのか?」
「だから私が来たのじゃない」
「ん?」
「見えない的に当てる方法は他にもある。何か呪術を使ったとか」
「五家の隠密に呪術の使い手がいると聞いたことがあるな」
「それについて考えがあるわ」
「ほう」
「興味があるならついて来なさい」
「承知した」


