後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

「榊原内侍(さかきばらないし)、参上いたしました」
 織葉(おりは)は藤宮(ふじみや)本家の傍系で榊原(さかきばら)という姓を名乗っていた。榊原家は藤宮五家には入っていない。藤宮本家以外の五家は分家ではあるがいずれも妃(きさき)を後宮に送り出す名家であり特別だ。それ以外の分家は稀に五家の代表として姓を五家のものに変えることもあるが、そうでなければ下位貴族だった。
「面(おもて)を上げなさい」
 尚侍(ないしのかみ)は扇(おうぎ)で口許(くちもと)を隠している。織葉にはわかる。これは笑われているな——と。
「見事な活躍でしたね。真っ先に飛び出して。主(あるじ)のもとを離れるのはどうかとは思ったけれど」
 織葉は滝のように冷や汗を流した。
「降格はお受けします。ですが警備の末席にだけはお加え下さいまし」
 織葉は武芸の才を認められ事実上後宮警備の第二位の座にいた。一位は藤宮本家の者で、武芸では織葉が勝る。後宮内の武装女官で織葉の右に出る者はない。
「まさか『女千人(おんなせんにん)』を警備から外すこともできないでしょう」
 織葉は言葉に詰まる。いつの間にか千人斬り伝説が広まり、ひそかに『女千人(おんなせんにん)』と呼ばれるようになったのだ。
 しかしこの通し名、千人の男と交わったようにも聞こえるので織葉は受け入れていない。尚侍(ないしのかみ)でなければ一撃をかましているところだ。
 こうして織葉をいじって尚侍(ないしのかみ)は喜んでいる。
「此度(こたび)の件に帝(みかど)は憂慮されています。もちろん藤壺(ふじつぼ)の御方(おんかた)も」
 代々、帝に妃を献上する藤宮家はこの数十年栄華をきわめてきた。五人の妃を送り出す藤宮五家はその頂点に位置する名家だ。即位して間もない現帝にはまだ正式な皇后はいない。最もその座に近いとされるのが藤宮本家の妃——藤壺(ふじつぼ)の女御(にょうご)だった。
 元は五人の兄弟の家に始まった藤宮五家だが、頂点をとるために暗殺を謀(はか)ることも珍しくなく、実際それで命を失う当主や妃も多かった。
 今回は安曇(あずみ)家主催の歌会(うたかい)で安曇家の邸宅で開かれた場で馬飼野(まかいの)家の妃(きさき)が狙われた。ただ——実際に矢で射られたのは妃ではなく、妃の格好をした身代わりの女官だった。その女官は肩を射られたが命に別状はない。
 安曇家は警備に不備があったと糾弾され、馬飼野家は招かれた歌会に影武者を立てたとそしられた。安曇家を信頼していない証だと疑われている。誰の策略かは不明だが安曇家も馬飼野家も信用を落としている。
「次の豊穣の祭は藤宮本家が執り行うことになっています。場所は宮中豊楽殿(ぶらくでん)。後宮としても藤宮本家としても不祥事は許されません」
 扇を手にする尚侍(ないしのかみ)は清楚に目を細める。権謀術数の世界で暗躍する影の女王の姿を織葉は垣間見(かいまみ)た。
「新たに右近衛府(うこんえふ)に着任した有能な少将と連携してことにあたることを命じます」