後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 尚侍(ないしのかみ)に呼ばれ織葉(おりは)は首筋に冷汗が滴(したた)るのを感じた。
 後宮を仕切る最上位の女官の一人——藤宮志保(ふじみやしほ)。藤宮(ふじみや)本家の高級女官だ。妃(きさき)である藤壺(ふじつぼ)の女御(にょうご)の異母姉にあたる。
 現帝より八つ歳上という理由で妃の座を妹に譲った人物でもある。早逝した前皇太子が帝になっていたら最も皇后の地位に近い妃になっていた。
 しかし尚侍(ないしのかみ)になった方(ほう)がこの方(かた)には向いていると織葉は思っている。何より策略家だ。
 そんな尚侍(ないしのかみ)に呼び出されたのだから織葉は叱責を受けるものと考えていた。
 降格で済めば良いが……。
 後宮全体を守護する立場とはいえ、藤壺(ふじつぼ)に住まう妃の警備に当たっていた最も武芸に秀でた武装女官が、主(あるじ)の警護を他の女官に任せてその場を離れ、あろうことか隣の馬飼野(まかいの)家の妃――桐壺(きりつぼ)の御方(おんかた)を狙った射手(いて)を捕らえようとした。これは職務放棄とそしられても仕方がない。
 ましてや射手は確保できず、たまたま塀の外にいた「謎の男」にあっさりと組み敷かれてしまったのだから、たとえその場を誰かに見られてはいなかったとしても恥ずべきことだった。
 ああそれにしても颯登(はやと)だったとは。
 織葉は思い出す。織葉は幼少期より藤宮家の私塾で武芸を学んだ。そこでともに鍛錬を積んだのが颯登(はやと)だった。
 同年代に織葉に敵(かな)う者はいなかった。颯登はさらに並の部類で織葉は颯登に一度も負けたことはない。
 にもかかわらずあの時、織葉はあっさりと颯登の返し技をくらい地に背中を叩きつけられた。
 「大丈夫か?」と微笑む颯登(はやと)の顔が憎たらしい。
 丸腰だからと油断したのがいけなかったのだ——と織葉は思うことにした。颯登が弓か刀を手にしていたら違う展開になっただろう。
 それにしても思い切り叩きつけやがって……、痛いではないか。
 そんなことを考えているうちに尚侍(ないしのかみ)が待つ部屋に通された。織葉はため息をついた。そして気を引き締めた。