後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 尚侍(ないしのかみ)に呼び出され、織葉(おりは)は参上した。
「とても良い働きでしたね。さすがは『女千人』」
 扇(おうぎ)を口許(くちもと)に当てて尚侍(ないしのかみ)は目を細めた。
「ありがたきお言葉」織葉は平伏する。
 何も解決できていない。ただ飛んできた矢をうち落としただけだ。
「豊穣祭に凶兆(きょうちょう)を見たという声もありましたが、私は良い催しだったと思いますよ。不吉な矢を祓(はら)ったのですから。終わり良ければ総(すべ)て良しですね」
 矢を祓ったところまでを演(だ)し物(もの)としたわけだ。そしてそのように広めている。転んでもただでは起きないのはさすがと言うべきか。
「矢のすり替え、組み紐の仕込み、呪術など、未知のものがまだまだ多いと思われます」
「あら、そうかしら? もっと単純に考えたら?」
「単純とおっしゃいますと?」
「先の件では安曇(あずみ)家と馬飼野(まかいの)家が評判を落としたわ。此度(こたび)は我が本家を狙ったのでしょう。貶めることはできませんでしたけれど。もし残り二つの家が無事に済むようならその家が怪しいのでは?」
 それはいくら何でも安直すぎるのでは?とは織葉は言えなかった。
「特に千種(ちぐさ)家などは薫物(たきもの)や矢細工(やざいく)など職人の養成に力を入れているでしょう? 呪術にも明るいと思うわ。怪しくない?」
「推測だけでものを言うのは……」言いかけて織葉は口を噤(つぐ)んだ。「失礼しました」
「ものを言わなくても釘を刺すことはできるわよ。千種家の女官長はお友達だから、こんど薫物合(たきものあわせ)に誘うわ。きっと楽しいお話ができるでしょうね」
 それはきっと狂気に満ちた楽しみだと織葉は思う。
 関白公もあまり大きな問題ととらえていないようだ。だから蟇目矢(ひきめや)の件も演(だ)し物(もの)で通っている。ずっと五家で争って来たからこの程度は当たり前だと思っているのだろうか。関白公にとっては権謀術数も日常の些末に過ぎない。
 もし尚侍(ないしのかみ)が千種(ちぐさ)家や神和住(かみわずみ)家に働きかけたら、その二つの家も貶められる事件が起こるのだろうか。五家が揃って災難に合えば公平——という結末になりそうな気がして織葉は慄(おのの)いた。