後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 翌日、蟇目矢(ひきめや)を放った射手(いて)は拘束を解かれた。疑いが晴れたというより藤宮(ふじみや)本家から解き放つよう申し入れたからだ。
 藤宮本家からの申し入れ——それは関白公の意思に等しい。
 蟇目矢そのものに細工がなされていた、犯人は射手ではなく細工した者——という話が織葉(おりは)から尚侍(ないしのかみ)に伝わり、それが拘束を解けというお達しになった。
 藤宮本家のお抱えの射手が藤宮本家の妃に向けて矢を射るというのもおかしな話だし、矢が向かった先が妃自身ではなく「女千人」だったことも幸いした。
 織葉は颯登(はやと)とともにこの射手から直接話を聞くことになった。
「矢を手にしたときにおかしいとは思ったのです」と射手は当時を振り返った。
 蟇目矢(ひきめや)にしては重いのではないかと思ったらしい。
 問題の矢については弓削燈子(ゆげとうこ)が調べている。はじけて飛び散った鏑(かぶら)の破片も可能な限り集められ、それも合わせて調べたようだ。
 風を切って飛ぶうちに爆(は)ぜるような細工が施されていたのだろうということだった。そして鏑(かぶら)の中には鋭利にされた鏃(やじり)が組み込まれていた。その重さを射手は訝(いぶか)しんだのだろう。
「おかしいと思った時点で他の矢にすればよかったです」射手は俯(うつむ)いた。
 用意された矢をすべて射るわけではなかった。十本ばかりあった矢のうち射るのは五本程度のようだ。
 蟇目矢は音で人の歓心を得る。職人はいかに美しい音を奏でるか日々細工を工夫しているらしい。用意された十本の矢はそうした職人たちが献上したものだった。一人の職人が作ったものではない。
 問題の矢に関して、自分が作ったと答えた職人はいなかった。
「誰かがすり替えたのだろうか」颯登(はやと)が言った。
「でしょうけれど、突き止めるのは難しいでしょうね」
「しかし、誰でも簡単に作れるようなものではないだろう?」
「たしかに」
 藤宮五家それぞれにお抱えの矢細工(やざいく)職人がいる。証拠もないのに彼らを尋問することは難しい。五家の当主たちの許可がなければ叶(かな)わない話だ。
「香(こう)についてはどうだ?」
「これも五家すべてが香を扱うお抱えの薫物師(たきものし)を擁しているわ。私たちではどうにもできない」
「五家の中に仕組んだ者がいることは間違いなさそうだけれど、どこも怪しいとなるとどこも疑えないな」
「そうね」
 警護担当の女官ではそれ以上のことは明らかにできず、織葉は自分の無力を感じた。