後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 豊穣祭は秋の収穫を祝う神事でもあった。神祇官(じんぎかん)の神職が祝詞(のりと)を唱え、粛々と行事は進んだ。
 左近衛府(さこんえふ)の武官たちが帝(みかど)の周囲——といっても前庭(ぜんてい)だが——に配属されていた。颯登(はやと)たち右近衛府(うこんえふ)の一部の武官たちは関白公の周囲にいた。
 織葉(おりは)たち武装女官は五家の妃たちの周囲にいて、織葉は藤壺(ふじつぼ)の女御(にょうご)がいる御簾の前の前庭に膝をついていた。
 楽器演奏とともに舞が演じられる。五家それぞれが抱える舞い手たちが優雅に舞う。帝の目に留まった舞い手には豪華な品が送られる。もっともその評価は実質的には関白公の評価だという噂もあった。関白公が遣いを送り帝に進言を伝えるのだ。
 即位したばかりの帝はまだまだ形だけの存在だった。
 楽器演奏と舞いが終わるのにひと時は要した。最も高い評価を得た舞い手は梅壺(うめつぼ)の女御(にょうご)の実家——安曇(あずみ)家が擁した女房だった。安曇家は藤宮(ふじみや)本家と並び称されるほどの古参の家だ。古くから芸術に力を入れていた。
 前庭が片付けられ、弓の場へと様変わりする。競射(きょうしゃ)は豊穣祭最大の行事だった。五家から送られた五人の代表が矢を放つ。最も成績が良かった射手(いて)がその恩賞として最後の神事——蟇目(ひきめ)の儀で蟇目矢(ひきめや)を射る資格を与えられるのだ。
 五家お抱えの弓の達人たちはこの名誉をかけて競射に挑むのだった。
 舞台替えの際、織葉は目を光らせていた。五家代表の射手たちが謀反(むほん)を起こして翻(ひるがえ)り、権力者に矢を放つ可能性は皆無ではない。射手たちが持参した弓と矢への検分を颯登(はやと)たち武官に混じって行った。
 ほんとうは御卜(みうら)女官弓削燈子(ゆげとうこ)も連れてきたかったのだが、燈子(とうこ)は自室から出てこなかった。豊穣祭に参加する意思もないようだ。そのようなことが許される人物は滅多にないだろう。
 ふと気づくと、傍らに颯登(はやと)がいた。
 子供のころは一緒にいることが多かったのでそばに颯登がいることに慣れ過ぎて、いても気づかないこともあった。それが今も続いているのか、それとも颯登の気配消しの技術が向上したのか、織葉にはわからなかった。
「匂(にお)うな」颯登が鼻をひくひくとさせた。
「何が?」という織葉との距離を颯登は一気に詰めた。
「お前から藤宮家の匂いが強烈にしてくる。湯あみをしていないのか?」
「ちゃんと清めたわよ! だから香袋を使ったの!」
 湯あみしなかったから臭い消しのために香を使ったのではない。神事の前の清めを行い香袋を使っているのだ——と織葉は颯登に言った。
「そうなのか?」颯登は織葉の首筋にまで鼻先を伸ばしていた。
「匂うのなら、そんなに近くで嗅がなくても良いでしょ!!! まったく意味がわからない。くさいのだったら離れなさいよ」
「男は女の匂いに惹かれるものだろう」
「は?」
 どこをどう間違ったらこういう考えになるのだ。本当にこやつがあの颯登なのか?と織葉は首を傾げざるを得なかった。
 颯登は「すまぬ」とか言いつつ、全く反省のない笑顔を向け、持ち場へと戻って行った。
 少し香袋を使いすぎたか——と織葉は思った。