後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 そして豊穣祭(ほうじょうさい)を迎えた。場所は宮廷内豊楽殿(ぶらくでん)。後宮ではないから左右の近衛府(このえふ)をはじめ男性武官たちも警備を行う。しかし御簾(みす)で隠された座間(ざま)におわす五家の妃たちの周囲には女官しかいない。胸当てをつけ襷(たすき)をかけ、袴(はかま)姿の武装女官は座間ではなく御簾の外に配置されている。
 織葉(おりは)も武装女官の一人として開祭前は藤壺(ふじつぼ)の座間のすぐそばに立ち、周囲に目を配っていた。そして藤壺の女御(にょうご)が御簾に隠された座間に入った時には織葉もまた御簾の中へと上がった。
 先日の事件では馬飼野(まかいの)家が妃である桐壺(きりつぼ)の女御(にょうご)の身代わりとして女官の一人が御簾の中に座していたことが発覚し、そしられたのだが、こうしたことは他の家もときどき行っている。織葉も藤壺の女御の身代わりを演じたことがあった。歌会であればその手を使うことも考えられたが、今回は豊穣祭。御簾を高く巻き上げて百官(ひゃっかん)の前にその尊顔(そんがん)を拝謁(はいえつ)させる場面もあるため身代わりを立てることはかなわなかった。
「御方(おんかた)様におかれましては本日も麗(うるわ)しゅうございます」織葉は藤壺の女御の傍らに膝をついていた。
「織葉がいれば千人力(・・・)ね」
「畏れ多く存じます」
 「千人力」というのは「女千人」に絡めて藤壺の女御がたびたび織葉をからかう時のお戯(たわむ)れの言葉だ。織葉は首(こうべ)を垂れてそれを受け入れるしかない。
「どこにでも飛んでいく翼があるのも羨ましいわ」
 先日の事件の際に主(あるじ)のもとを離れ射手(いて)を捕らえようとしたことまで「羨ましい」とのたまう。
「翼は畳んでおくよう努めます」としか返せない。
 藤壺の女御こと遵子(じゅんし)は当代の最高権力者関白藤宮秀長(ふじみやのひでなが)公の娘で、尚侍(ないしのかみ)藤宮志保(ふじみやしほ)の異母妹にあたる。織葉をからかって楽しむところは尚侍(ないしのかみ)にそっくりだった。歳は十五歳。即位して間もない帝(みかど)が十六歳でまだどの妃のもとへも通っていないから清純な美しさを放っていた。
 織葉は慎ましく主(あるじ)を見上げ、身に纏(まと)った衣装を観察する。十二単衣(じゅうにひとえ)も装飾品も全て藤宮本家が用意したものだ。術を施された矢の標的となるものはなかった。おそらくはどの妃も身につけるものに細心の注意を払っているのではないか。尚侍(ないしのかみ)志保が五家それぞれにそれとなく注意喚起したはずだった。
 ただそれでも矢が飛んでくる可能性は捨てられない。豊穣を祝う行事として、舞や琴などの演奏に加え、五家それぞれを代表する武人による弓が披露される。その際に御簾は上げられ面(おもて)をさらすことになる。呪術を使わなくても射的は可能だった。
 程なくして祭は幕を上げた。