それから織葉は燈子相手に型通りの事情聴取を行い、さらにいくつか調べ物をして尚侍に御目通りすることになった。
「榊原内侍、参上いたしました」
「まあ、いつもながら仕事が速いわね」
「まだわかっていないことだらけですが」
尚侍は扇を手にして優雅に座していた。その佇まいは妃に匹敵すると織葉は思った。前皇太子が早逝しなければ妃になっていた人物だ。妃教育も受けていた。
織葉はこれまでのことを報告した。矢には呪術がかけられていたこと、馬飼野家の妃——桐壺の女御が狙われていたこと、厳密には唐衣の装飾として安曇家が贈ったと思われる組み紐に当たるように呪術が仕掛けられていたこと。
結果として馬飼野家は身代わりの女官を桐壺の妃として配座させていたため傷を負ったのは女官になった。しかも殺傷力は怪しく、ほんとうに致命傷を与えたかったのかもわからない。
誰が何のために行ったか、今の時点では何も判断できない。
「その組み紐は安曇家が贈ったというのはまことなの?」
「それが——」
贈り主が安曇家であることは間違いない。しかし安曇家が出入りの商人に紐を用意させ、商人がそれぞれの家に献上したわけで、途中に何者かが介在する余地は十分にあった。多くの者が関わっていたのである。
「今後はそのあたりのことも考慮して警備を行う必要があるわね」
「承知しました」
必要がある——とは、やれということだ。
「豊穣祭の警備体制も見直さなければならないかしら」
「心得ました」
「右近衛府少将殿と密に連絡を取り合うべきよね」なぜか尚侍は扇で口許を覆った。
笑っている。織葉は瞼を半分落とした。
「どうかしら、七年ぶりの対面は?」
「何のことでしょう?」織葉は惚けた。
「本家からかなり遠い血筋だから異例の抜擢よ。本人も相当努力したのではない?」
「そうかもしれませんね」
自分の後ろをついて回った幼い男子の面影はわずかしか残っていない。今や立派な武官だ。おそらくはもう自分の方が敵わないだろう——と織葉は思った。
「再会から始まる恋——というものもあるわよね」
「は?」
「羨ましい。胸が高ぶるわね」
最近後宮内で恋物語が流行っていた。五家がそれぞれ抱えている物書きたちが綴る物語だ。
下位貴族出の女房の中には小説や絵画、楽器演奏に秀でた者がいて、その多くは高位貴族に召し抱えられた。彼らは五家の目に留まるようそれぞれの腕を磨いた。無聊をかこつ妃や高級女官にとって宮廷内を舞台にして仮想人物たちが織りなす恋物語は格好の暇つぶしになっただろう。
まさかその波が尚侍のところまで押し寄せていたとは。
「今後が楽しみね」尚侍は笑う。
「楽しみなんて、とんでものうございます。警備に頭を悩ませることになりました」
「きっと少将殿が助けてくれるわよ」
尚侍の頭の中には色とりどりの花々が咲き誇っているようだ。
「榊原内侍、参上いたしました」
「まあ、いつもながら仕事が速いわね」
「まだわかっていないことだらけですが」
尚侍は扇を手にして優雅に座していた。その佇まいは妃に匹敵すると織葉は思った。前皇太子が早逝しなければ妃になっていた人物だ。妃教育も受けていた。
織葉はこれまでのことを報告した。矢には呪術がかけられていたこと、馬飼野家の妃——桐壺の女御が狙われていたこと、厳密には唐衣の装飾として安曇家が贈ったと思われる組み紐に当たるように呪術が仕掛けられていたこと。
結果として馬飼野家は身代わりの女官を桐壺の妃として配座させていたため傷を負ったのは女官になった。しかも殺傷力は怪しく、ほんとうに致命傷を与えたかったのかもわからない。
誰が何のために行ったか、今の時点では何も判断できない。
「その組み紐は安曇家が贈ったというのはまことなの?」
「それが——」
贈り主が安曇家であることは間違いない。しかし安曇家が出入りの商人に紐を用意させ、商人がそれぞれの家に献上したわけで、途中に何者かが介在する余地は十分にあった。多くの者が関わっていたのである。
「今後はそのあたりのことも考慮して警備を行う必要があるわね」
「承知しました」
必要がある——とは、やれということだ。
「豊穣祭の警備体制も見直さなければならないかしら」
「心得ました」
「右近衛府少将殿と密に連絡を取り合うべきよね」なぜか尚侍は扇で口許を覆った。
笑っている。織葉は瞼を半分落とした。
「どうかしら、七年ぶりの対面は?」
「何のことでしょう?」織葉は惚けた。
「本家からかなり遠い血筋だから異例の抜擢よ。本人も相当努力したのではない?」
「そうかもしれませんね」
自分の後ろをついて回った幼い男子の面影はわずかしか残っていない。今や立派な武官だ。おそらくはもう自分の方が敵わないだろう——と織葉は思った。
「再会から始まる恋——というものもあるわよね」
「は?」
「羨ましい。胸が高ぶるわね」
最近後宮内で恋物語が流行っていた。五家がそれぞれ抱えている物書きたちが綴る物語だ。
下位貴族出の女房の中には小説や絵画、楽器演奏に秀でた者がいて、その多くは高位貴族に召し抱えられた。彼らは五家の目に留まるようそれぞれの腕を磨いた。無聊をかこつ妃や高級女官にとって宮廷内を舞台にして仮想人物たちが織りなす恋物語は格好の暇つぶしになっただろう。
まさかその波が尚侍のところまで押し寄せていたとは。
「今後が楽しみね」尚侍は笑う。
「楽しみなんて、とんでものうございます。警備に頭を悩ませることになりました」
「きっと少将殿が助けてくれるわよ」
尚侍の頭の中には色とりどりの花々が咲き誇っているようだ。


