実地と言われても事件があった安曇家の御殿を使うわけにもいかず、宮廷内の射的場を使うことになった。
右近衛府少将の颯登がいるので容易に織葉や燈子も入ることができた。武装女官の織葉はともかく、戦とは無縁の女官燈子が射的場に入るのは異例のことだった。
幸いなことに他に人影はなかった。怪しげな御卜女官の不可思議な振る舞いが人に知られることはなかった。
燈子は黒ずんだ血が染み込んだ組み紐の一部を切り取り矢の先を覆うように置いた。そして組み紐を並べる。手を合わせ、何かぶつぶつと唱えたかと思うと両手の指を複雑に立てたり畳んだり、十字を切ったりし始めた。そして最後に大声で詠唱した。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前——と言ったかどうかはわからないが、それらしい言葉を織葉は聞いた。
呆気にとられる織葉に対して颯登は目を瞠って燈子の動きを追い続けた。昔の——珍しいものに目を輝かせる颯登の姿が浮かんだ。
「さて……、これでどうなるか。……検分ね」
「息が上がってるわよ」
「体力を使うのよ」
「単にひ弱なだけじゃない?」
的に組み紐を固定した。矢の先から組み紐の一部は取り払われた。
「それ——矢の先につけなくて良いんだ?」
「もう呪はうつったわ。先につけたままだと仕掛けがバレるじゃない」
「なるほど」
矢を射るのは颯登だ。
「的ではなく、何もない虚空に向かって射て下さい」
「承知した」
言われた通りに颯登は的とは異なる方を向いた。
「そんなので当たるの?」織葉は半信半疑だった。
颯登は黙って弓を引く。剥き出しになった腕の筋肉がはっきりと浮き上がり金色に光ったように織葉には見えた。
矢が放たれ、弧を描いた。その動きは上下のみならず右へと傾いだ。そして見事に的に留められた組み紐を貫いた。
「信じられないけれど、当たったわね」
それで終わらなかった。
「今度は的を背にして射て下さい」燈子が薄ら笑いを浮かべていた。
「は?」
「わかった」颯登は楽しそうだ。
颯登は組み紐が仕掛けられた的の隣の的の前に立ち、本来射手が立つ場に向かって矢を放った。織葉と燈子は颯登の脇に立って見ていた。
放たれた矢は宙で向きを変え、戻ってきた。そして組み紐に命中した。
「なんてことなの!?」
織葉は突き刺さった矢を見た。
「威力は落ちるな」颯登が言った。
たしかに——二本目の矢は組み紐に刺さってはいるが一本目よりも明らかに浅かった。
「返り矢だから威力も落ちるか」
「殺傷力はなさそうね」
「向かい合っていなくても隣にいた者が放った矢が当たる。しかし威力はどうしても落ちるわね」
「当てようと思えばどこからでも当たるけれど致命傷は与えられない」
「殺すつもりなら矢の先に毒を塗るでしょう?」燈子が無気味に笑う。
「はじめから命を奪うことまで考えていないということか」
「そうなると自作自演説も捨てられないわね。あるいは単に騒ぎを起こしたかっただけ」騒ぎで安曇家や馬飼野家を貶めることは成功している——と織葉は思った。
「または——これは練習。本番は次——かもしれないな」颯登が言った。
「次ということは豊穣祭……」
藤宮家主催の豊穣祭。狙われるのは誰か。
右近衛府少将の颯登がいるので容易に織葉や燈子も入ることができた。武装女官の織葉はともかく、戦とは無縁の女官燈子が射的場に入るのは異例のことだった。
幸いなことに他に人影はなかった。怪しげな御卜女官の不可思議な振る舞いが人に知られることはなかった。
燈子は黒ずんだ血が染み込んだ組み紐の一部を切り取り矢の先を覆うように置いた。そして組み紐を並べる。手を合わせ、何かぶつぶつと唱えたかと思うと両手の指を複雑に立てたり畳んだり、十字を切ったりし始めた。そして最後に大声で詠唱した。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前——と言ったかどうかはわからないが、それらしい言葉を織葉は聞いた。
呆気にとられる織葉に対して颯登は目を瞠って燈子の動きを追い続けた。昔の——珍しいものに目を輝かせる颯登の姿が浮かんだ。
「さて……、これでどうなるか。……検分ね」
「息が上がってるわよ」
「体力を使うのよ」
「単にひ弱なだけじゃない?」
的に組み紐を固定した。矢の先から組み紐の一部は取り払われた。
「それ——矢の先につけなくて良いんだ?」
「もう呪はうつったわ。先につけたままだと仕掛けがバレるじゃない」
「なるほど」
矢を射るのは颯登だ。
「的ではなく、何もない虚空に向かって射て下さい」
「承知した」
言われた通りに颯登は的とは異なる方を向いた。
「そんなので当たるの?」織葉は半信半疑だった。
颯登は黙って弓を引く。剥き出しになった腕の筋肉がはっきりと浮き上がり金色に光ったように織葉には見えた。
矢が放たれ、弧を描いた。その動きは上下のみならず右へと傾いだ。そして見事に的に留められた組み紐を貫いた。
「信じられないけれど、当たったわね」
それで終わらなかった。
「今度は的を背にして射て下さい」燈子が薄ら笑いを浮かべていた。
「は?」
「わかった」颯登は楽しそうだ。
颯登は組み紐が仕掛けられた的の隣の的の前に立ち、本来射手が立つ場に向かって矢を放った。織葉と燈子は颯登の脇に立って見ていた。
放たれた矢は宙で向きを変え、戻ってきた。そして組み紐に命中した。
「なんてことなの!?」
織葉は突き刺さった矢を見た。
「威力は落ちるな」颯登が言った。
たしかに——二本目の矢は組み紐に刺さってはいるが一本目よりも明らかに浅かった。
「返り矢だから威力も落ちるか」
「殺傷力はなさそうね」
「向かい合っていなくても隣にいた者が放った矢が当たる。しかし威力はどうしても落ちるわね」
「当てようと思えばどこからでも当たるけれど致命傷は与えられない」
「殺すつもりなら矢の先に毒を塗るでしょう?」燈子が無気味に笑う。
「はじめから命を奪うことまで考えていないということか」
「そうなると自作自演説も捨てられないわね。あるいは単に騒ぎを起こしたかっただけ」騒ぎで安曇家や馬飼野家を貶めることは成功している——と織葉は思った。
「または——これは練習。本番は次——かもしれないな」颯登が言った。
「次ということは豊穣祭……」
藤宮家主催の豊穣祭。狙われるのは誰か。


