後宮の【女千人】と呼ばないで!  〜最強の武装女官は、再会した幼馴染の近衛少将に溺愛される〜

 都で毎月開かれる歌会(うたかい)。十月は藤宮(ふじみや)五家のうちの安曇(あずみ)家の御殿がその場を預かっていた。
 宮中からそれほど離れていない安曇(あずみ)家私邸に若き帝(みかど)と五人の妃(きさき)その従者が集まる。
 前庭(ぜんてい)を三方から囲む六つの座間(ざま)。それぞれは御簾(みす)で覆われ互いの姿は見えない。彼らが視線を注ぐ前庭で琴などの楽器演奏、舞(まい)が演じられ歌会が始まるのだ。
 事(こと)はその歌詠(よ)みの最中(さなか)に起こった。前庭の塀外から放たれた一本の矢が大きく弧を描いて遠く離れた馬飼野(まかいの)家の座間の御簾(みす)を貫いた。
 藤宮本家の警備を担っていた武装女官の一人が誰よりも早く立ち上がり、姿も見えぬ射手(いて)の居場所に向かって塀を乗り越えた。
 前庭の石と松の太枝に足をかけて軽業師のごとく風のようにその姿は塀の外へと消えた。
 胸当てを身に着け襷(たすき)をかけた袴(はかま)姿の武装女官はすでに矢を射た場所に当たりをつけていた。そしてそこに烏帽子(えぼし)もつけず直垂(ひたたれ)の袖(そで)を捲(まく)っただけの軽装の男を見つけるや瞬時に間合いを詰めた。
「そこで何をしている!?」
 勇猛な武装女官は男に問いかけ、差していた刀に手をかけていた。
 男は振り返る。
 その顔がニヤッと笑ったように女官には見えた。
 男の手に弓はなかった。にもかかわらず武装女官は男が何か知っているものと判断し、事情を訊(き)こうと手をのばした。その振る舞いはすでに拘束の意図を隠していなかった。
 手ぶら丸腰の男は武装女官に襟(えり)を掴(つか)まれると不気味な笑みを口許(くちもと)に浮かべた——ように女官の目に映った。
 その刹那(せつな)——女官の体は宙に浮いていた。
 え!?
 女官の視界が空(くう)を巡(めぐ)り、気がついた時には天を仰いでいた。そして背中に激痛が走る。
 先に手を出した武装女官は逆に男に抑えられていた。
「相変わらず手が速いな。考えるのは動いてからか」
「く!」
 武装女官の目の前に男の顔があった。しかも鼻同士が触れる距離に。
「久しぶりだな織葉(おりは)。いや『女千人(おんなせんにん)』と言うのかな」
 その「通り名」を武装女官は嫌っていた。
 男の手を撥(は)ね除(の)け、後ろへと飛んで、間合いをとった。
「何者!?」
「俺だよ。颯登(はやと)だ」
 それが織葉(おりは)と颯登(はやと)の七年ぶりの再会だった。